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11/17/2022, 10:59:28 AM

冬になったら


ぼくに命が吹き込まれたとき、ぼくはとっても嬉しかったんだ。だって君の笑顔がこんなにも近くで見れたんだから。
視界いっぱいに広がる君の笑顔は太陽よりも眩しくて、みてみてー、とぼくを自慢する姿がとっても微笑ましかった。
体は冷えきって寒かったけれど、君が触れるところから熱が伝わって、崩れそうになるぼくを君はたくさん補強してくれたね。
でも、日が経つほどに、だんだんとこの形を保つことが難しくなったんだ。そしたら君はいやだ、と大泣きしてぼくと君のママを困らせたんだ。
気休めにしかならないけれど、君はぼくのことを日陰に置いてくれた。
最後の最後まで君はぼくのとなりにいてくれたんだ。
最初は冷たかった体が、心がじんわりとあたたかくなって、溶けて。
だから、ぼくはこう言うんだ。冬になったら、また会いましょう、ってね。
冬が来たらまたぼくを作ってよ。雪が降る日にまた会えるんだから。

11/16/2022, 1:03:36 PM

はなればなれ


ふと思い出すことがある。
たとえば、小学校のときに仲のよかった友だちのことや中学校のときにいつも一緒にいた友だちのこと、高校のときにたくさん写真を撮ってアルバムに残った友だちのこと、大学のときに「また会おうね」と約束した友だちのことを。
ふと思い出すのだ。卒業して、はなればなれになって、少しだけ寂しい気持ちになるときに、友だちの顔が浮かぶんだ。
あの子は今どこで何をしているのかな、って。
私のことはもう忘れちゃっているのかな、って。
また会いたいな、なんて思いながら、その一言すら伝えられない自分がなんだか情けなくて、今日も伝えられないまま終わる。

でも、まだあなたが私のことを覚えてくれているのなら、また会いたい、なんていう言葉に嬉しく思ってくれるのなら、こんなにも幸せなことはないでしょう。
たとえ会えなくなったとしても、私はあなたたちと友だちになれてよかったと心から思うのです。
ともに日々を過ごしてくれて、ありがとう。
今度どこか一緒に出掛けようよ。

11/15/2022, 1:32:43 PM

子猫


通学路の近くには人の寄りつかない山があった。山奥にはボロボロになって今にも崩れそうな神社らしきものがあった。
危険だから近づいてはいけない、と村の子どもたちは教わる。もちろん自分も例外ではなかった。
だけど、子どもの好奇心とは素直すぎて厄介なものだ。
ある日、なんとなくとかいう気持ちでその山に入りいる。かろうじて道だとわかる少しだけ整備された道に沿って歩いていけば、神社に行き着いた。
木造のそれは所々腐っていていくつか崩れ落ちていた。危険だとわかっていながら、そちらに近づく。すると草むらから白っぽい塊が飛び出してきた。
それは社の真ん中で止まり、こちらを向く。
小さな子猫だった。曇り空みたいな毛色と瞳が綺麗な猫だった。
ゆっくりと近づいてみるが、逃げる様子はない。手を伸ばしてその柔く小さな体を撫でれば、子猫は嬉しそうにすり寄ってくる。
思う存分可愛がって、その日は暗くなる前に帰った。
それからは時々帰り道に山へ寄って、子猫に会いにいくようになった。ときには食べられそうな餌を持っていき、ときにはねこじゃらしを持って気が済むまで遊んだ。
抱きしめて、寄り添って、たしかに愛情を注いでいたのだと思う。
しかし、大きくなるにつれてだんだんと山に入る回数は減っていった。
それから大人になって、村を出てから幾年も経った。環境の変化に耐えきれず、とうとう体に限界が来たときだった。
実家に戻るため、電車に乗り込む。懐かしい風景が目の前を流れていくのをぼーっ、と眺めていた。

家に戻ってから、久々に来た村をゆっくりと散歩する。ひどく時間がゆったりと流れるこの場所が好きだった。
そんなことを思いながら、歩いていれば、足はあの山へと向かっていたようで、目の前に広がる草木を見て思い出した。
そういえば、あの子猫はどうなったのだろう。
人の寄り付かない山にたった一匹で、生きていけているのだろうか。いや、そもそも猫の寿命はそんなに長いものだっただろうか。
嫌な予感がまとわりつく中、もうほとんど道らしき道がない山を、記憶だけを頼りに登っていった。
行き着いた先には相も変わらず崩れそうな神社があった。ゆっくりと近づき、ボロボロになった柱にそっと触れてみる。
もう、あの猫はいなくなってしまったんだ、と思うと胸が痛かった。あんなに小さくて柔らかくて、それでも懸命に生きていたその命が尊かった。
ぶわり、と突風が吹き、木が軋む音が響く。何かがこちらを見ている気がして、振り返る。そこには見覚えのある姿の猫が見覚えのない大きさでこちらを見ていた。
曇り空を地上に下ろしてきたかのような毛色と瞳が懐かしさを抱かせるが、いかんせんその大きさに驚きが止まらない。
普通の猫よりも何十倍も大きい。あんまり見たことはないが、多分象くらいの大きさなんじゃないかと思うほどだった。
たっぷり数十秒見つめ合って、先に口を開いたのは向こうだった。
「おかえり」
少年のような少女のような大人のような老人のようななんとも形容しがたい声だった。だけど、今まで聞いたどの声よりもあたたかく包み込んでくれる声だった。
「……うん、ただいま」
込み上げてきた涙はそのままにして、その大きな体に抱きつく。顔をすり寄せてくるのが懐かしくて、嬉しくなりながらそのもふもふを堪能する。
そしてもう一つ思い出すのだ。電車に揺られながら何の気なしに調べた自分の村のことを。
はるか昔、この村は猫を崇めていた、と。猫の神様が村の山に住み着き、この村の平和は保たれていた。いつしか村の人たちは感謝を忘れ、自分たちが信仰していたものすら記憶の彼方へと置いてきてしまったのだ、と。
まさか、この猫が神様なんて言わないよね、と疑問を抱くが、きゅるんとしたその瞳の可愛さにばびゅん、と心を撃ち抜かれてその思考すらも手放した。

さてはて、その話が本当かどうかはその猫しか知らない。

11/14/2022, 1:00:05 PM

秋風


「もうすっかり秋だね」
久々に会った友人はそう言った。
「まあ、たしかに寒くなってきたもんね」
「そうだけど、そうじゃなーい」
不思議そうにしていれば、それを感じ取ったのかまるで先生のように教えてくれた。
「たとえばさ、風が運んできてくれる虫の声とか、銀杏の匂いとか。揺れ落ちる葉っぱが少しだけ触れてくるとか、紅葉をなぞって小さな手のひらに触れてみるとかさ。そういうのだよ」
「そういうのなの?」
「ふふ、うん。そういうのなんだよ。与えられたこの体で、与えられた感覚を精一杯使って味わうんだよ、季節を」
「栗とかおいもとかを食べてみたりとかでもいいの?」
「うん、もちろんいいよ」
「……なんかさ、今まで季節を味わうなんてしてきたことなかったんだよね。季節は過ぎ去っていくものだし、毎日は慌ただしいし。……でも、そっか。そうやって見る世界はたしかに綺麗だね」
「うん、綺麗だよ」
そう微笑む友人の瞳には綺麗な紅葉が映っていたが、彼女はそれを知らない。
目が合うようにこちらを向いた彼女には私が見えてはいない。
彼女の盲した瞳はそれでもなお、世界を映し続けていた。

11/13/2022, 12:43:27 PM

また会いましょう


「また会いましょう」
微笑みながらそう言ったそいつは踵を返す。
待て、と手を伸ばして止めようとしても空を切るだけ。ベッドから起き上がろうとしても満身創痍でボロボロなこの体じゃ何もできなかった。
ダメだ、行かないでくれ。あんたはここにいる誰よりもどんくさくて、弱っちいから。誰よりも優しくてあたたかい心を持っているから。頼むから行かないでくれ、俺を置いて。
こんな体じゃあんたを守ることもできない。お願いだから、戻ってきてくれ。
怖いから、なんて軍人らしくない理由だって、今なら怒らないし、からかったりしないから。だから、戻ってきてくれ。
でも俺はあいつのことを誰よりも知っている。
いざというときに頼りになるところも、仲間のためなら無茶してだって戦うところも、いつだって戦場で死ぬ覚悟のできている軍人だということも。よく知っている。
だから、生きて帰ってきてくれ。こんなのを最後にしないでくれ。まだまだあんたとしたいことがいっぱいあるんだ。
行きたがっていたカフェにだって付き合うし、偉そうにうんちくを語るのだって邪魔しない。もっと知らないことをいっぱい教えてくれよ。
まだ伝えられていないことがたくさんあるのに。死ぬな、死ぬなよ。生きて帰ってこい。
これは上官からの命令だ。必ず生きて、帰ってこい。

「会いに来たぜ」
そう言った男は手に持っていた花束をそっと置く。
「ほんと、相変わらずどんくさいなぁ。弱いし、俺がおらんと何もできんのに。……いっつもおれの言うことをなんだって、きくのに。めいれい、いはんや、ぞ」
だんだんと瞳にたまる涙をこらえるように、震える声でそう言った。
石に掘られた名前を愛しそうに撫でて、空を見上げる。
「つぎ会ったら覚悟しとけよ。絶対離したらんからな」
もし次の生があるのなら、もう一度あんたに会いたい。今度こそちゃんと愛を伝えて、何度だってこの想いをぶつけよう。
だから、次があることを願って、また会いましょう。

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