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11/12/2022, 1:41:52 PM

スリル


周りの音がだんだんと聞こえなくなって、自分の鼓動がやけにうるさく響く。
どうなるかわからないのに、そのわからないのが怖いのに。手だってこんなにも震えているのに。
なぜか口元には笑みを浮かべていた。心のどこかで期待している自分がいた。
ふっ、と息を吐いて、通りすぎていく足音に笑みを深める。
このドキドキとハラハラとした感覚が癖になりそうで、身を潜めたまま少し遠くに隠れる仲間に無事を伝えるため、親指を立てる。
相手もそれを見て親指を立てるが、あ、と口を開いたまま固まった。
え、と不思議に思う間もなく、後ろから声が聞こえた。
「みーつけた」
無邪気なのに、その言葉は今の自分にとっては最も恐ろしい言葉だった。

「罰ゲームありでかくれんぼしようよ」
そう誘ってきた鬼に快諾した五分前の自分に後悔した。

11/11/2022, 2:17:16 PM

飛べない翼


美しい人がいた。白く陶器のような肌に黒い艶やかな長い髪がよく映える満月の日だった。
「月に帰りたいの」
そう言ってはらはらと泣く姿はこちらの胸がぎゅっと痛くなるほどだった。
「翼を置いてきてしまったの」
月に、と見上げる頬には幾筋もの涙の跡があった。
「じゃあ、ぼくのを使っていいよ」
そう言えば、彼女は驚いてこちらを向く。
「でもそれじゃああなたが帰れなくなる」
「いいよ、ぼくここが好きだから。それに君が泣いてるのは見たくないんだ」
だから、いいよ。そう自分の翼を差し出す。彼女は申し訳なさそうに、でもとても嬉しそうに受け取り、月へと帰っていった。
もう飛べなくなってしまった翼を少し悲しい気持ちで見ながら、月夜に彼女のことを想う。

彼女が月に帰った日、その日月から兎が消えた。
その代わりに月には美しい女性の横顔が見えるようになった。

11/10/2022, 1:00:57 PM

ススキ


オーナメンタルグラス、観賞価値の高い草類のこと。
ススキはどうやらそれに分類されるらしい。
指をスライドさせて、出てきた何千ものオーナメンタルグラスを眺め見る。
光に透けるような穂があまりにも美しくて、ああ好きだなぁ、なんて頭に出てきた言葉を噛みしめる。
きっと、急いで歩いている途中でこういうのを見たところで何も感じないはずなのに、いやそもそも認識すらしていないのかもしれない。
でも明日からはちょっとだけ世界が綺麗に見える。
ただの草だとしても、それらが何気ない好きを運んできてくれるかもしれないから。
ほんの少しだけ増えた知識が世界を鮮やかに彩るから。
好きが増えた世界はきっと美しくて、愛しいから。

11/9/2022, 12:39:37 PM

脳裏


ふとしたときに、脳裏をよぎるのはいつだって彼女の笑顔だった。
くしゃっとした顔にえくぼができて、幸せを具現化したような笑顔だった。その笑顔が、好きだった。
「大丈夫だよ、たとえ生まれ変わったとしても会いに来るよ」
そう言って彼女は笑顔のまま最期の時をむかえた。
それからしばらく経って僕の時も終わりを告げた。会いたかったなぁ、なんていう未練だけが残ったまま目を閉じる。
時々思い出すそれは自分が経験した記憶ではないのに、やけに鮮明だった。

次に目を開けたとき、気がついたら目からは涙があふれていた。何度拭っても底がつきるのを知らないみたいに涙は止まってくれなかった。
「おはよう」
その声にハッとして顔をあげるとそこには彼女がいた。姿形はあの頃とは違うけれど、目が合って笑う顔はあのときと同じだった。
くしゃっとした顔にえくぼができる、その笑顔が、ようやく会えたのだと教えてくれた。
「会いに来たよ」
そう言って笑う彼女はどの記憶の彼女よりもいい笑顔をしていた。

11/8/2022, 1:38:39 PM

意味がないこと


「ねえ、本当にこんなことして意味なんてあるの?」
蝉がうるさく鳴く中、暑さにちょっぴりイラつきながら目の前に座る彼女にそう聞いた。彼女は銃を組み立てながら答える。
「さあ、どうだろうね。……意味なんてないのかも」
どこかおどけたような声音なのに瞳は真剣そのもので、思わず口をつむぐ。彼女はそのまま続ける。
「意味のないことだらけだよ、この世界はそういうものであふれていて、それに意味をつけて生きているんだ。……まあ、確かに『これ』は意味のないことかもね。大人たちにとっては。でも私たちは本気だ」
組み立て終えた銃を持って、彼女は立ち上がる。

夏休みが始まってまもなく、廃墟となった学校で彼女は小さな反抗を始めた。それは次第に町の子どもたちに伝わり、一人二人と仲間が増え、今では廃墟だとは思えないほど子どもたちであふれかえっていた。
「生きるためだ」
彼女は言った。
「大人たちに使われる道具なんかじゃない。私たちは私たちだ。大人から見たらちっぽけな反抗だ。でも、私たちは生き残るために戦う」
「言うことを聞くいい子でいるのはもう終わりだ。さあ、始めよう」
その一言で全員が頷く。各々が手に武器を持って、彼女を先頭にして歩いていく。向かう先は屋上、敵である大人たちはすでにグラウンドにたくさん集まっていた。

きっとこんな反抗をしたところで大人たちは変わらない。変われない。
いつか自分たちがそんな存在になることはわかっている。でも今だけはまだ抗っていたいのだ。

夏の日差しが照りつける中、まさに戦いにふさわしい日に私たちは声高らかに戦いを宣言する。
意味のない戦いだ、そう大人たちは言う。ざわざわと騒ぎ出す声にニヤリと笑って、言い返す。
「なら、意味をつけてよ。得意でしょ?」

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