飛べない翼
美しい人がいた。白く陶器のような肌に黒い艶やかな長い髪がよく映える満月の日だった。
「月に帰りたいの」
そう言ってはらはらと泣く姿はこちらの胸がぎゅっと痛くなるほどだった。
「翼を置いてきてしまったの」
月に、と見上げる頬には幾筋もの涙の跡があった。
「じゃあ、ぼくのを使っていいよ」
そう言えば、彼女は驚いてこちらを向く。
「でもそれじゃああなたが帰れなくなる」
「いいよ、ぼくここが好きだから。それに君が泣いてるのは見たくないんだ」
だから、いいよ。そう自分の翼を差し出す。彼女は申し訳なさそうに、でもとても嬉しそうに受け取り、月へと帰っていった。
もう飛べなくなってしまった翼を少し悲しい気持ちで見ながら、月夜に彼女のことを想う。
彼女が月に帰った日、その日月から兎が消えた。
その代わりに月には美しい女性の横顔が見えるようになった。
11/11/2022, 2:17:16 PM