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秋風


「もうすっかり秋だね」
久々に会った友人はそう言った。
「まあ、たしかに寒くなってきたもんね」
「そうだけど、そうじゃなーい」
不思議そうにしていれば、それを感じ取ったのかまるで先生のように教えてくれた。
「たとえばさ、風が運んできてくれる虫の声とか、銀杏の匂いとか。揺れ落ちる葉っぱが少しだけ触れてくるとか、紅葉をなぞって小さな手のひらに触れてみるとかさ。そういうのだよ」
「そういうのなの?」
「ふふ、うん。そういうのなんだよ。与えられたこの体で、与えられた感覚を精一杯使って味わうんだよ、季節を」
「栗とかおいもとかを食べてみたりとかでもいいの?」
「うん、もちろんいいよ」
「……なんかさ、今まで季節を味わうなんてしてきたことなかったんだよね。季節は過ぎ去っていくものだし、毎日は慌ただしいし。……でも、そっか。そうやって見る世界はたしかに綺麗だね」
「うん、綺麗だよ」
そう微笑む友人の瞳には綺麗な紅葉が映っていたが、彼女はそれを知らない。
目が合うようにこちらを向いた彼女には私が見えてはいない。
彼女の盲した瞳はそれでもなお、世界を映し続けていた。

11/14/2022, 1:00:05 PM