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11/2/2022, 1:11:34 PM

眠りにつく前に


寝る前はつい何かと色々考えてしまう。
たとえば、今日あった嬉しかったことや楽しかったこと。思い出せば心があたたかくなるのに、それを邪魔するように悪いことを思い出してしまう。
たとえば、嫌なことや悲しかったこと、後悔してること。
あのときああしていれば、こうしていれば、なんて変えられもしない起こったことに囚われて、思考の迷路から抜け出せなくなる。
そしてまだ見ぬ未来に対して不安を抱くんだ。ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう、って。心配するだけ無駄なのに。まだ起こってすらないことなのに、最悪を考えるのだけは上手になっちゃって。
そんなんで寝たところで、寝つきも寝起きもよくなくて、寝ることすら満足にできない。
こんなことすらできないの、なんてどこか冷静な自分が責めてくるから、どうしようもないな、なんて自分でも呆れるんだ。

だから、眠りにつく前に少しだけ祈ることにしたんだ。
明日がいい日でありますように、なんてことは思わない。ただ何事もなく、過ごせますように、なんて思うんだ。
それがどれだけ幸福なことかはよく知っているけれど、それでも願うんだ。
いい日じゃなくていい、楽しくて嬉しくて幸せな日じゃなくていい。
辛くも、悲しくもない、なんてことない日でありますように。不幸でなければそれでいいから。
どうか次に来る明日がやさしい日でありますように。

11/1/2022, 12:59:44 PM

永遠に


おやすみ、は永遠へとつながる言葉。
時は眠りにつき、ゆっくりと大事なものをしまっていく。たとえば、大好きなもの、大切な人たちとの関係、愛しい君のこと。
大事なものがつまったそれに鍵をかけて、おやすみ、を呟く。それらをずっと大切にするために、目を閉じて、想う。

おはよう、は永遠から覚める言葉。
止まっていた時は動き出し、大事にしまっていたものたちが目を覚ます。ときにそれは新しく生まれ変わっていることもあるだろう。しかし、根本は何一つ変わっていない。
大切にしたい、という心は永遠なのだから。

10/31/2022, 1:31:03 PM

理想郷


誰もが憧れ、その場所に行くことを望んだ。
とある冒険家は意気揚々と探しに行き、何年経っても戻ることはなかった。
ある人は言う。彼は理想郷を見つけることなく、故郷にも帰れず、見知らぬ土地で最期を迎えた、と。
ある人は言う。彼は見つけることができた。理想郷と呼ぶにふさわしい場所を、そしてそこで永遠に暮らすことにしたのだ、と。

本をぱたり、と閉じて隣に座る女性に問いかける。
「理想郷はどこにあるの?」
彼女は微笑んで、こう言った。
「北にあるのよ」

何年も前にした会話なのに、昨日のことのように思い出せる。だからなのか、気がついたら足は北を目指していた。
だんだんと寒くなる気候に、心がわくわくと子どものように高鳴る。
でも、北の最果てには何もなかった。あるのは地平線と大きな青い空だけだった。
そのまま北に歩き続けた結果、一周して戻ってきた。
「理想郷なんてなかったよ」
そう言えば、やっぱり彼女は笑った。
「探しているうちは見つからないのかもね」
「どうしたら理想郷に行けるの?」
「いつか、きっとわかる日が来る。そしたらきっと理想郷を見つけることができるわ」

それから何年も経って、病院から連絡が入った。慌てて駆けつければ、そこには随分と老いた母がいた。弱々しい体なのに瞳だけはあの頃と同じように優しくて。
泣きそうになるのをこらえるようにしていれば、彼女は微笑みながら、こちらに手を伸ばした。
「すこしだけ、北に行ってくるね」
「……え?」
「大丈夫よ。理想郷は、ここにある」
胸にそっと手を押し当てて、微笑んだまま彼女の時はとまった。
そして、彼女は北に行った。彼女の待つ理想郷はそこにあるから。
ああ、ようやくわかった気がする。理想郷は確かに北にあった。進み続けたその先にたどり着いたこの場所が確かに理想郷で、愛する人がいる唯一の場所だったのだと。
頭の中で思い浮かべていた理想郷とはひどく程遠いけれど、それでも泣きたくなるくらいに美しく、とても残酷な世界が愛しかった。

10/30/2022, 12:55:11 PM

懐かしく思うこと


たとえば、知らないはずの場所なのに、なぜか泣きたくなったり、知らないはずの曲なのに、口ずさむことができたり。
胸がぎゅっと締めつけられるような、そんな感覚。
でも決して嫌じゃない痛みで、心のどこかでほっとしてるのに、頭の中に霧があるみたいに何かを思い出さないといけないような、そんな気持ちになる。
夢で見たことのあるような景色に、心が勝手に惹かれて、それでいてそこが何処なのかなんて何もわからない。
それなのに、心が叫んでいるんだ。
この場所を知っている、って。涙が出るんだ。
郷愁、だれの記憶かもわからないけど、確かにだれかの故郷だったんだ。

10/29/2022, 12:53:09 PM

もう一つの物語


きっと君は知らない。
語りつながれてきたその物語が、その話の一部でしかないことを。その話の一つの面でしかないことを。
きっと君は知らないまま、いや知らされないままここまで来たんだろう。
物語にはどんなときにも正義があって、それに敵対するように悪があるんだ。

でも、その悪は本当に悪なんだろうか。
正義から見たら、それは確かに悪なんだろうけど、悪から見たら正義の方が悪に見えたりするんだ。
だから君が掲げる正義は、君にとっての正義で。
君にとっての悪は、みんなの悪ではないんだよ。
正義の反対は悪なんかじゃない。また別の正義なんだ。

これは君が知らない、悪役と呼ばれる人たちのためのもう一つの物語。

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