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10/28/2022, 3:20:00 PM

暗がりの中で


前も後ろもよくわからないくらいの暗がりの中で、ずっとさまよい続けていた。
だんだんと黒が濃くなって、気がついたときには光はどこにもなかった。
自分の手すらも見えない黒の中で境界線が曖昧になる。自分が黒の中に溶けていくようで。
あれ、私何をしていたんだっけ。
まって、私ってだれ?
私を形づけるものがわからなくなって、自分が本当に存在しているのかさえもわからなくなる。
流れ落ちたはずの涙も見えやしないから、何が本当なのかわからなくなってしまった。
それでも歩くのはやめられなかった。止まってしまったら今度こそこの黒にのまれてしまう気がして。
今日もありもしない出口と光を探してさまよっていた。

10/27/2022, 1:20:22 PM

紅茶の香り


赤いやかんに水をいれて火にかける。お湯になるまでの間にティーポットを用意して、棚から紅茶を選ぶ。
お湯ができたのを湯気が知らせてくれて、火をとめる。ティーポットの中に、今日の気分で選んだ紅茶のティーバッグを入れてお湯を注ぐ。
お気に入りのクッキーをお皿にのせて、カップと共にテーブルに並べた。
ちょっぴり奮発して買った素敵なワンピースに心を踊らせながら、優雅な仕草で椅子へと腰かけた。
気分はもちろんお茶会だ。
いただきます、と手を合わせてカップに手を伸ばす。こくり、と紅茶を飲めば、ふわっと香りが鼻からぬけていく。
どこかほっとするような気持ちになりつつ、クッキーをつまむ。

なんてことない、普通の日。それでもこんな風に特別にしたっていいじゃないか。
アンハッピーバースデー、お誕生日じゃない日を盛大に祝おうじゃないか。
毎日同じような日々だけど、同じ日は二度と来ないのだから。
今日はたった一度しか来ない、特別な日なのだから。

10/26/2022, 12:40:37 PM

愛言葉


好きも、大好きも、愛してるも素直に言えたらいいのに。
今日も口から出る言葉は全然違う音で、素直に愛を伝えてはくれない。
だから、その言葉たちに愛をのせることにしたんだよ。
おはようも、おやすみも、ありがとうも。
伝えたい想いは同じだから。まだ素直に言えない臆病者だけど、精一杯の愛をこめて伝えるんだ。

おはよう。
誰よりもはやくそう言って、

ありがとう。
感謝の気持ちとともに、

おやすみ。
あなたがよく眠れるように、ひどく優しい愛とかいう感情を君に伝えるんだ。

10/25/2022, 1:10:32 PM

友達


小さいとき、鏡の中には友だちがいた。
自分とまったく同じ姿形をしているのに、どこか別人に見えたその子に自分と似た名前をつけた。
その子と話している間は楽しくて、一人でいても寂しくはなかった。
ただ、寂しさをまぎらわすためのその友だちはいつだったか忘れてしまったけれど、鏡の中からいなくなってしまっていた。

人はそれをイマジナリーフレンド(空想上の友だち)と呼ぶ。
空想上の友だちだなんて、危ないんじゃないか、と思う人もいるだろう。しかし、実際には何も危ないことはなく、むしろ正常な現象なのだ。
イマジナリーフレンドは子どもの心の支えとして、存在し、やがて消える。発達の段階で起きる正常な現象であり、多くの子どもは人の姿をしたイマジナリーフレンドを持つが、動物や妖精といったさまざまな姿形をしたイマジナリーフレンドを持つこともあるのだと言う。

今でも鏡を見ると少しだけその子のことを思い出す。どんな話をしたのか、何をして遊んでいたのか、思い出せはしないけれど。
もう二度と会うことはないし、話すこともできないけれど、確かにそこに友だちがいたんだ。

10/24/2022, 1:00:38 PM

行かないで


「行かないで」
そう言った弱々しい声と優しすぎる拘束に、仕方ないなぁ、なんて思う。
どこにも行かないよ、と嘘をついてそっとその腕から逃げ出す。少し寒くなった体を縮こませながら、置いてあった上着を羽織る。
フローリングの冷たさが素足から伝わって、小走りでリビングへと急いだ。暖房器具の電源を入れて、はやくあたたかくなれー、と目の前で待機する。
徐々に暖かくなる部屋でお湯を沸かして、ココアを作る。出来上がると同時にのそのそと歩いてきたその人に捕まる。
「……さむい、ねむい」
そんな文句に、はいはい、と腕を軽く叩きながらココアを差し出す。猫舌のせいでちびちびとしか飲めないその様子を見て、自然と頬が緩む。
おはよう、そう言ってその腕の中へと飛び込む。
「うん、おはよう」
抱きしめ返された腕は相も変わらず優しかった。

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