Mey

Open App
11/29/2024, 1:40:50 PM

昨年まで、冬のはじまりになると自宅をイルミネーションで飾りつける家があった。
家主のセンスが素晴らしかったのだろう。
古い平屋の木造家屋が、冬のはじまりからクリスマスまでは『サンタの家』に変わる。
我が家が勝手にサンタの家と呼んでいると思っていたら、小学校の同じクラスで聞いてみると、ほとんどの家でサンタの家と呼んでいることがわかった。
屋根にはサンタが座り、寝転び、トナカイに引かれたソリに乗る。外壁にはハシゴやロープがたくさん掛けられサンタが何人も登る。プレゼントが入った白い袋はぱんぱんで、大きな赤いソックスや赤白のステッキもあった。
庭にもサンタが隠れ、プレゼントが忍ばせてあった。
家主はサンタの飾りつけをしたその時期だけ「ご自由にどうぞ」と庭に入ることも許可していたから、その時期は庭を散策する人たちでいっも賑わっていた。

毎年、冬のはじまりになるとサンタの家へサンタに歩いて会いに行った。
冬のはじまりが暗くなるのは早い。
お母さんは陽が落ちる前に私たちと出かけられるよう、いつもよりも1時間くらい早く帰って来る。
夕陽で空が赤く染まって、サンタの家以外が夜の闇に溶け込むまで。
お母さんや妹と手を繋いで、夕陽を受けるサンタクロースが間接照明にサンタクロースが浮かび上がるまで見上げる。イルミネーションでキラキラ光る植木の間をサンタクロースを妹と探しながら歩く。
年に数回の夕刻から夜にかけてのお散歩が、私にとって特別な日だった。

中学生になると、友人とサンタの家へ出かけるようになった。
妹も行きたいと言ったけれど、妹は母と出かけるようにし向けて、私は友人とサンタの家へ出かけ、帰りのコンビニで話し込んでから夕食に間に合わない時間に帰宅して母をいつも心配させた。

高校生のときに、サンタの家は建て替えをした。
平屋の和風建築から2階建ての洋風建築へ。
家は明らかに大きくなり、庭は狭くなった。
和風家屋にサンタクロースがミスマッチで良かったのになあ。
私は失礼なことを思いながら、秋の風を感じながら新築されたその家屋を眺めた。

その冬のはじまりに、洋風建築のサンタの家が初お目見えした。
私の考えは浅はかだったと思い知らされた。
2階建ての屋根にはサンタやトナカイが乗っていたし、外壁にもハシゴをかけたサンタがいた。
電飾がより多く飾られ真っ白な光がキラキラ眩しいサンタの家はよりサンタクロースに相応しい家になっていた。
学校帰りの自転車を道路脇に停めて、その家を見上げながら私はスマホで撮影した。

次の年も冬のはじまりを楽しみにしていたけれど、クリスマス当日になっても、サンタが飾られることはなかった。
サンタの家を見学に来る人が多すぎて、違法駐車など交通の妨げになって危険だから、というのがその理由だった。
警察からそうお願いされれば従うしかなかったのだろう。

サンタの家の家主は何を思ったのだろう。
きっとイルミネーションの構想を練りながら新築しただろうに、もう2度と今まで通りのイルミネーションを飾ることができないなんて。

妹と夕陽に照らされたサンタのいない家を見つめる。
もう二度とこの家にサンタはやって来ないのだ。

「お姉ちゃん」
「ん?」
「うちもイルミネーションで飾ろうよ」
「良いけど…サンタの家みたいに素敵にはならないよ」
「そりゃそうだよ。この家は特別だもん」

妹はクリスマスカードを郵便受けに差し込んだ。
サンタの家の家主へ、これまでの感謝を伝えるはじめてのメッセージ。

「日曜日、お母さんにホームセンターへ連れて行ってもらおうよ。小遣いある?」
「少しだけ。お姉ちゃんは?」
「私も少し。100均にしようか」
「だね」

私たちは、来年の冬のはじまりに自宅をイルミネーションで飾り付けているのだろうか。
今年上手に飾り付けられれば、きっと飾り付けているはず。
でもそれはサンタの家に敵わない。
だって、『サンタの家』は、私たち家族にとって特別な思い出だから。





冬のはじまり

11/28/2024, 10:42:30 PM

あたしには好きな人がいる。
彼は年上の外科医で…既婚者。
好きなことに気づいたときには既に失恋していたわけだけど、あたしは全然構わなかった。彼のことを好きな人は大勢いて、あたしはその内のひとりで良くて、彼の特別な存在になりたいとは思わなかったから。
右も左もわからない新卒ナースも1年間働けば、なんとなく業務をこなせるようになった。処置の介助に入るときは医師のやりやすいようにと考えながら動く余裕もだんだんとでてきた。それが好きな人なら尚更注意を払う。
あたしは処置の手順に沿って、必要物品を先生が使いやすいように介助する。ちゃんとできたときは、「やりやすかったよ」と頭にポンッと手を乗せてくれるようになった。ひゃあ、と思いながら、笑みが溢れてしまわないように我慢する。でもときどきは先生にクスッと笑われることがあって、あたしが喜んでしまっているのがバレたのかもと焦っている。

それから数年後、先生は開業するからと同じ病棟のナースを数人引き抜きにかけた。あたしは、そのメンバーに入らなかった。同期は引き抜かれたのに。
あたしの実力不足だ。あたしは患者の状況報告が苦手だった。看護師にとっては致命的だ。
来年度から先生はいない。でも、ここで頑張ろう。あたしは先生に告白する勇気もないまま、あたしの恋心がバレているかを確かめることもせずに、相変わらず医師と看護師の関係で仕事をした。

その頃、外科病棟50床のうちの25床を小児科の子たちが入院していた。小児科病棟の改装工事のための一時的な子どもたちのお引越しだ。
元々は小児科ナースになるのが夢だったあたしは、未経験の小児看護で緊張しながら、小児病棟から一時的に配置換えになった先輩ナースの指導を受けながら業務を覚えていった。
子どもの病状が悪化するスピードは速い。けれど、回復スピードも驚くほど速い。驚異的に完治していく子どもたちに感嘆しながら、子どもたちに安心してもらえる看護をする。子どもたちの反応は素直で、笑顔が可愛くて、癒されながらの看護は楽しい。
外科と小児科の混合病棟は、しばらく半月間のローテーションでそれぞれの看護を行なっていたが、そのうちあたしは小児科の担当を多く割り振られるようになった。
好きな人と一緒に仕事をすることがなくなってしまったのは寂しいけど、同じ病棟だから、廊下やナースステーションですれ違ったり、一言二言会話することはできる。それだけでも楽しかった。

冬が終わる頃、小児科病棟の改装工事が終わり、子どもたちは小児科病棟へ戻って行った。症状の軽い外科の患者さんが外科病棟へ舞い戻って、最近まで小児科病棟だった雰囲気はなくなった。
寂しいけど、私は外科病棟で働いていた看護師。本当に残り少なくなった先生との仕事時間を有意義に過ごそうと考えていた。

そんなある日、あたしが日勤を終えてナースステーション奥の休憩室に入ると先客がいた。先生が1人、コーヒーを飲んでいた。
「仕事終わった?」
「はい」
「コーヒー、残ってるけど飲む?」
コーヒーメーカーには1人分のコーヒーが残っていた。残っているって言うし、良いかな?不意に訪れた先生とのコーヒータイムにドギマギしながら、「はい」と返事をしてマグカップを掴むと、先生がマグカップにコーヒーを注いでくれる。なんて贅沢な時間。どこに座ろうと考えた結果、広いテーブルの奥に座る先生の斜め前の席に座った。
暫く雑談をした後、先生が「宮島さん」とあたしの名前を呼んだ。
「はい」
「宮島さん、1年目はどうなることかと思ったけど、よく頑張ったよね。よく成長したよ」
不意に、とても優しい声で、暖かな瞳でそんなことを言うから。
驚いたのと恥ずかしいのと嬉しいのとで、あたしの感情が一気にぐちゃぐちゃになった。
「ありがとうな」
初めて聴く感謝の言葉に、俯いてるあたしはまだ顔を上げられない。あたしも「ありがとうございました」と言うべきだし、言いたいのに感情が昂りすぎて、今はまだ声が震えそうで言葉にできない。先生はあたしの沈黙をどう受け取ったのかはわからない。少し沈黙が続いた後、質問された。
「宮島さんは、子どもが好き?」
「え?はい。そうですね」
「好きです」が子どもへかかる言葉でも、先生に口にするのは気が引けるし恥ずかしい。あたしは「そうですね」と咄嗟に答えた。
「だと思ったよ。小児相手にしている宮島さん、楽しそうだったから」
「え?」
「わからないことがたくさんあって緊張もしてたんだろうけど、でも、イキイキしているなって見てて感じたからさ。外科でも頑張ってくれていたけど、小児科が合うんだろうなって思った」
「…ありがとうございます」
先生から離れていたと思っていたのに、先生は見ててくれていた。驚きと嬉しさと。外科で頑張っていたと言いつつも、小児科が合うと言われる寂しさ。……自分でも気づかなかったわけじゃないけど、でも、あたしは先生と共に仕事をするためにずっと外科で頑張ってきたのに。
「佐々木先生の誘いを断ったんだって?」
「えっ?あ…はい…」
「残念がっていたよ。宮島さんと一緒に働きたかったのにって」
佐々木先生は小児科医で、来年、小児科を開業する。あたしは佐々木先生に一緒に仕事をしたいと誘われていた。嬉しかった。まだ小児看護に触れて間もないあたしを認めてくれて、一緒に働きたいと思ってくれるほど伸びしろを感じてくれていることが。だから正直、この病院を辞めて佐々木先生の下で働こうか迷ったけれど、転職するために引っ越さなければいけないということがネックになった。佐々木先生しか知り合いのいない土地で、看護師として働く。絶対に辛いことが起きる看護師の仕事を、引越しまでしたら、すぐに辞めることができない。
「誰も知らない土地、新しい仕事って不安だよな。でもさ、宮島さんと3年一緒に働いて感じるのは、宮島さんは努力家で困難なことも逃げ出さずに継続して自分のモノにできる人だよ。小児科の宮島さん、いつも笑顔で良かったからさ。佐々木チルドレンクリニック、もう一度考えてみなよ」
「…先生は、あたしは外科よりも小児科の方が合うと思いますか?」
「…そうだね。子どもの接し方が上手だから」
先生が微笑む。先生とのお別れの時間が近づいている。あたしが知らなかった仲間として大切にしてくれていた時間の終わりがすぐそこに。
「わかりました。もう一度、考えます」
安心したように先生が笑った。
「何かあっても、佐々木先生が助けてくれるよ。宮島さんは、佐々木先生のお気に入りだから」
先生はあたしの頭をポンッといつもそうするように叩いた。
先生が首から提げた医療用のスマホが鳴る。
「カップ、洗いますよ」
「悪い。じゃあ」
先生は外科医として休憩室を颯爽と去っていった。

佐々木先生のお気に入り、そんな言葉を先生から聴きたくなかった。まだ終わらせたくないのに「これで終わりだよ」と先生から幕を下ろされたような気持ちになる。

先生、終わらせないでください。

あたしの瞳から涙が溢れた。




終わらせないで

11/28/2024, 1:36:29 PM

私の癒しは末娘の背後から忍び寄って、彼女の肩に自分の頬をくっ付けること。
13歳の彼女はどう思っているのだろう。

「お母さんの癒し。ぴたっ」
「ヒィエエエエッ」
まるで自分がバケモノに遭遇したかのような発声だ。

(失礼なやっちゃな)と思いつつ、私に頬を触れさせたままでいるところを見ると、彼女はそれほど嫌がってはいない。
照れ隠しで奇声を発してるだけなのかも。期待してしまう。

お母さんの愛情を、娘が奇声を発して受け止める。

うん、平和だから良き。




愛情

11/27/2024, 12:13:08 AM



37.5℃。
私は腋から取り出した体温計の表示を見て溜息を吐いた。

昼休憩、病院の売店でコッソリ買った体温計で熱を測ってみたら、案の定微熱。
頭重感と倦怠感はあるけれど、このくらいなら仕事へのアドレナリンで乗り切れる。多分だけど。

今日は午後から日課の検温に加え、検査出し、オペ出しと受け入れ。合間には看護計画や退院サマリーの入力も進めたい。
早退してチームの看護師に迷惑をかけるか、就業終了まであと4時間、粘るか。
残業せずに帰宅できる仕事量ではないけど、でも、流石に今日は定時で帰ろう。帰らさせてもらう。

腹の決まった私は立ち上がった。
「よし、働こう」
「37.5℃。微熱っすね」
「……っ!」

背後から急に声をかけられて、心臓が一瞬止まるかってほどに驚く。
此処は会議室や事務室が並ぶ職員専用フロア。職員でさえも滅多に通らない廊下の隅でコソコソしていたのに。

あたしが驚きのあまり落とした体温計を、顔馴染みのレントゲン技師さんが拾ってくれる。
「ありがとうございます」と告げて返してもらおうと手を差し出したけれど、渡してはもらえなかった。

「看護師さんって、微熱は熱じゃないと思ってますよね」
「そんなこと…」
「ありますよね。普通の人は、37.5℃でこれから4時間以上も仕事しようなんて思わないですよ」
誤魔化すように笑うしかない。

先日、そういったことの積み重ねで、私は彼氏と別れたばかりだ。
だって、日々解熱剤を使わなければならないような高熱患者を看護してるのに、今更たかだか微熱で心配してくれない、冷たいとか機嫌がすこぶる悪くなられてもねえ?

「微熱って本当は辛いと思うんですよ。普段とは違う身体の状態なんですから。看護師さんに言うのも烏滸がましいですけど」

ベンチへ座るように促されて、確かに座っている方が楽だから大人しく腰をかける。技師さんも隣に腰掛けた。

このレントゲン技師さんとこんなに話をしたのは初めてだった。
普段は患者さんのレントゲン室への送迎時に挨拶をするだけ。

だけど。
私を心配してくれているのはわかる。
ぶっきらぼうな伝え方でも、どういうわけかわかる。

「…ありがとうございます」
「帰ります?」
「はい」
素直に頷く。
明日に回せる仕事は看護計画と退院サマリーくらいしかなくて、チームの皆んなには迷惑をかけてしまうけれど。

技師さんは体温計を私が座るベンチに置いた。
直接渡してもらえなかったことにわけが分からず訝しがりながらも手を伸ばす。

「あ、ちょっと待って。写真撮りたいっす」
「写真?」
ますますワケが分からず混乱した私を放置したまま、技師さんはスマホで37.5℃と表示された体温計の写真を撮った。

「俺もコレで帰ろうと思って」
「はぁ?」
仕事のサボりの口実に使うの!?

私のムカついた顔を見て、技師さんは慌てて首を横に振った。
「違います、違います。青木さん、電車通勤でしょ?
俺、車だから近くまで送って行ければと思ったけど、でも、考えたらキモイですよね。いつも挨拶程度だったのに」

技師さんは焦って慌てて言い募る。
なんかこの人って多分素直で良い人だ。
技師さんの胸ポケットに取り付けられた名札に目を凝らす。
木村さん。

「ですね。でも、駅まで乗せて行ってもらえると助かっちゃうかも。木村さんの昼休憩を潰しちゃうのは申し訳ないですけど」
何だろう。
少しだけなら頼って良いと思ってしまったのだ。
その方が、木村さんに心配をかけなくて良いのかなあと思わされてしまったのだ。
普段なら、身内や友人以外こんなこと頼まないことなのに。

「そんな、全然良いです!青木さんと一緒にいれ…っと、何でもないです」

木村さんは慌てて私から目を逸らして僅かに横を向いた。
でも横顔のせいでマスクで覆いきれていない頬や耳元がよく見える。その頬や耳元が紅く染まっているような気がする。見間違いでなければ。

「木村さん?」
「あの、青木さん。早く職場に伝えた方が良いと思います、」
「…ですね」
「俺、車を地下駐車場の方に回しておきます。その方が一目に付かないだろうし」
「わかりました。あの、LINE繋げても大丈夫ですか?ちょっと時間かかるようなら連絡取りたいですし」
「あっ、そうですよね。すみません」
「いえ、私こそ昼休憩潰してしまいそうで、すみません。ほんとに大丈夫ですか?」
「俺の心配はいらないっすよ」

私は職場へ向かうため立ち上がる。
多分、立ちくらみを心配してくれたのだろう。木村さんは何かあったら私を支えるつもりで両手を軽く伸ばしてくれていた。

「行ってきますね」
「はい。待ってます」

たかだか微熱と思っていたけど、人に優しくされると嬉しい。
微熱をアピールする気にはなれないけれど、でも、こんな優しさは身に染みる。

車に乗ったら、窓を開けて換気してもらおう。
この微熱の原因が何なのかわかりかねてるけど、木村さんには絶対に移さないように。

私は木村さんのことを考えながら病棟へ向かった。





微熱

11/26/2024, 9:06:48 AM

太陽の下で


キスをした。
誓いのキス。

キスした人をそっと仰ぎ見ると、
とても恥ずかしそうだった。

拍手と、冷やかす声と、祝福の声。


新郎のタキシードの白が、
太陽の光をいっぱいに受けて
眩しかった。


二人の指輪には、
今日の日付けと二人のイニシャル。

人前式での一コマ。
恥ずかしい、けど、とっても嬉しかった日。


陽射しが暖かくて眩しかった、あの秋の日。




太陽の下で

Next