昨年まで、冬のはじまりになると自宅をイルミネーションで飾りつける家があった。
家主のセンスが素晴らしかったのだろう。
古い平屋の木造家屋が、冬のはじまりからクリスマスまでは『サンタの家』に変わる。
我が家が勝手にサンタの家と呼んでいると思っていたら、小学校の同じクラスで聞いてみると、ほとんどの家でサンタの家と呼んでいることがわかった。
屋根にはサンタが座り、寝転び、トナカイに引かれたソリに乗る。外壁にはハシゴやロープがたくさん掛けられサンタが何人も登る。プレゼントが入った白い袋はぱんぱんで、大きな赤いソックスや赤白のステッキもあった。
庭にもサンタが隠れ、プレゼントが忍ばせてあった。
家主はサンタの飾りつけをしたその時期だけ「ご自由にどうぞ」と庭に入ることも許可していたから、その時期は庭を散策する人たちでいっも賑わっていた。
毎年、冬のはじまりになるとサンタの家へサンタに歩いて会いに行った。
冬のはじまりが暗くなるのは早い。
お母さんは陽が落ちる前に私たちと出かけられるよう、いつもよりも1時間くらい早く帰って来る。
夕陽で空が赤く染まって、サンタの家以外が夜の闇に溶け込むまで。
お母さんや妹と手を繋いで、夕陽を受けるサンタクロースが間接照明にサンタクロースが浮かび上がるまで見上げる。イルミネーションでキラキラ光る植木の間をサンタクロースを妹と探しながら歩く。
年に数回の夕刻から夜にかけてのお散歩が、私にとって特別な日だった。
中学生になると、友人とサンタの家へ出かけるようになった。
妹も行きたいと言ったけれど、妹は母と出かけるようにし向けて、私は友人とサンタの家へ出かけ、帰りのコンビニで話し込んでから夕食に間に合わない時間に帰宅して母をいつも心配させた。
高校生のときに、サンタの家は建て替えをした。
平屋の和風建築から2階建ての洋風建築へ。
家は明らかに大きくなり、庭は狭くなった。
和風家屋にサンタクロースがミスマッチで良かったのになあ。
私は失礼なことを思いながら、秋の風を感じながら新築されたその家屋を眺めた。
その冬のはじまりに、洋風建築のサンタの家が初お目見えした。
私の考えは浅はかだったと思い知らされた。
2階建ての屋根にはサンタやトナカイが乗っていたし、外壁にもハシゴをかけたサンタがいた。
電飾がより多く飾られ真っ白な光がキラキラ眩しいサンタの家はよりサンタクロースに相応しい家になっていた。
学校帰りの自転車を道路脇に停めて、その家を見上げながら私はスマホで撮影した。
次の年も冬のはじまりを楽しみにしていたけれど、クリスマス当日になっても、サンタが飾られることはなかった。
サンタの家を見学に来る人が多すぎて、違法駐車など交通の妨げになって危険だから、というのがその理由だった。
警察からそうお願いされれば従うしかなかったのだろう。
サンタの家の家主は何を思ったのだろう。
きっとイルミネーションの構想を練りながら新築しただろうに、もう2度と今まで通りのイルミネーションを飾ることができないなんて。
妹と夕陽に照らされたサンタのいない家を見つめる。
もう二度とこの家にサンタはやって来ないのだ。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「うちもイルミネーションで飾ろうよ」
「良いけど…サンタの家みたいに素敵にはならないよ」
「そりゃそうだよ。この家は特別だもん」
妹はクリスマスカードを郵便受けに差し込んだ。
サンタの家の家主へ、これまでの感謝を伝えるはじめてのメッセージ。
「日曜日、お母さんにホームセンターへ連れて行ってもらおうよ。小遣いある?」
「少しだけ。お姉ちゃんは?」
「私も少し。100均にしようか」
「だね」
私たちは、来年の冬のはじまりに自宅をイルミネーションで飾り付けているのだろうか。
今年上手に飾り付けられれば、きっと飾り付けているはず。
でもそれはサンタの家に敵わない。
だって、『サンタの家』は、私たち家族にとって特別な思い出だから。
冬のはじまり
11/29/2024, 1:40:50 PM