【72,お題:束の間の休息】
午後の喫茶店、昼食の時間というのもあって普段の賑わいに拍車をかけている
そんな中、浮かない顔で窓側のカウンター席に腰かけている青年が居た
日焼けしていない真っ白な肌に、良く目立つ白い髪
どこか浮世離れした容姿を持った彼の首もとには、首輪のような黒い機器が付けられていた
人工喉頭...様々な事情で声帯を摘出した人達の発声を補助する機器である
これを付けているということは、彼もまた声帯摘出の手術を受け
補助なしの発音が困難となった者の1人であるということ
そんな彼は今、大きな難題に直面していた
(あー、もう無理だよぉー...)
声に出さず脳内で叫び、ずざぁと机に突っ伏す
僕は今モーレツに困っている最中です...!
(接客業は全部ダメだったし...とはいえ、力仕事も向いてないからなぁ...僕)
そう実は僕、仕事を探しているのです!
ちなみに現在の成果は、.........全敗...(泣)...うぅ、何の成果もぉ!得られませんでしたぁ!
と、なっている訳なのであります
(やっぱ声のせいだよなぁ...上手く喋れないんじゃしょうがないか...手話とか習った方がいいのかな...)
僕は小さいときに、とある理由で声帯摘出の手術を受けていて、その影響で肉声を発することが困難なのです
ただでさえ、人と顔を会わせるのは苦手なのに、おまけに会話がしにくいなんて......これもう無理じゃん...
頼んだコーヒーにミルクと角砂糖を投げ込んで口を付ける
このカフェは前々からよく通っているお気に入りの店だ、街の喧騒は苦手だし
ホッと一息つけるこの場所は、かなりありがたい
(まあ、そんな急ぐ必要もないよね)
現に普通に生活できてるし、カフェに来るほど余裕があるんだから
(ぼちぼち頑張るかぁ...!)
そのためにも今は、束の間の休息を楽しまなきゃね!
【71,お題:力を込めて】
目を閉じて息を止めて
そして、もう二度と離れないよう、ぎゅっと力を込めて手を握る
もう絶対、あなたを1人にしない
二度とこの手を離さないから
崩れかけた城壁の中、2人の姉妹が身を寄せあっていた
互いにぴったりとくっついて、もう離れることのないように
「ねえ、...起きてる?」
掠れた声を上げたのは、姉の方だ
妹はなにも言わず、静かに目を閉じている
「あなたにずっと会いたかった」
それは酷く悲しい囁きだった
妹の耳に届いているかもわからないが、姉は続ける
「私、あなたに何もして上げれてない
お姉ちゃんらしいこと、何も出来てないのよ...」
...
「...おねえちゃんは...」
「!!」
「ずっと、私のお姉ちゃんだったよ...」
「一度も忘れてない、私に...タンポポの花冠、編んでくれたこと」
ふーっと長く息を吐き出し、弱々しく笑って見せる
最後に見せる顔にしては、驚くほど幸せそうな笑みだった
「今までのことはね、...全部どうでも良いの
こうして会えたから、もう全部どうでも良い」
曇り空が晴れて、光が差す
瓦礫と鉄の匂いが散乱する中、2人の周りだけが
まるでそこだけが、特別神に愛されたかのように美しく照らされた
「お姉ちゃん」
「なに?」
「一生のお願い、ここで使うね」
「何でも言って」
「手、離さないでね」
もう絶対、離れ離れにならないでね
「...ッ、うん!あなたも絶対離しちゃダメだからね」
「わかってるもん」
二度と別れることのないように、強く強く力を込めてその手を握る
大丈夫、2人なら怖くないよ 私たちは2人揃ったらサイキョーだもんね
これからはずっと一緒に居よう どこにも行かない、あなたとずっとずーっと一緒に居る
瓦礫の中、寄り添うように眠りについた
彼女達は、世界で一番幸せだった
【70,お題:過ぎた日を想う】
彼は丘の上に聳え立つ、1本の楓の木
見晴らしの良いその場所から、変わり行く風景を眺めながら彼は育った
彼が生まれたのはもうだいぶ前のことだろう
その頃はまだ仲間が多かった、この場所も緑が溢れ
動物や植物たちと共に、一日中太陽の光を浴びて過ごしたものだ
だが、幸せな日々とは長くは続かないもので
日差しの強かったある夏の日
空に激しい閃光が迸った
ピカッ...ドッガアアアッン
草木は焼け、建物は吹き飛び、人々の悲鳴が聞こえた
もうもうと煙と炎が広がるのを、彼はこの丘から静かに眺めていた
炎が広がる街から人々が逃げてくる
赤ん坊を抱えた若い母親が、泣き叫ぶ子供を安心させようと焼けた喉で掠れながら歌った子守唄
両目の潰れた男性を介抱している、友人と思しき青年
「痛い痛い」とうわ言のように呟いていた少女も、いずれ静かになっていく
街から逃げてきて、自分の足元で息絶えた数多の命達、彼は一度も忘れたことはない
この後も、火事で森が焼けたり 雷で幹が裂けることはあったが
あの夏の日の地獄に比べたらどうってことなかった
それだけ”あの日”は彼にとって忘れてはいけない日なのだ
それから何年もたった、人間達はあの日の悲劇を次第に忘れつつある
記憶の保管者である、この楓の木も
「景色の綺麗なこの場所にホテルを建てる」、という計画の礎となる運命なのだ
いよいよ明日、彼は人間達の手によってその身を刈り取られる定めにある
ぼんやりと過ぎた日を想いながら、彼は最後の夜を穏やかに過ごす
人間達よ、どうかこれ以上過ちを繰り返さないで
君たちのどうしようもなく醜い部分も、悲しいほどに優しいところも私は知っている
その他の生き物にはない、賢さという武器を持っていることも
だからどうか、使い方を誤らないで
貴方達は、きっとこの世を良く保てるはずだから
彼がその命を終えるときまで、想い続けたのはそれだけだった
【69,お題:星座】
「星って何万年も前の光が見えてるんだって」
そう言ったとき、兄はすごく驚いたような顔をして
少し狼狽えたあと「そう、なのか...和真は物知りだな」って、へにゃりとはにかんだ
まったく、腕っぷしは強いくせに何でこうも世間知らずなのか
俺に兄の記憶はない、実際に兄の口からそう告げられるまで知らなかったし
何なら今でも、からかわれてるんじゃないかとすら思っている
兄がいうには、俺が生まれる前に引き離されて俺は腹違いの兄弟らしい
自分に弟が居ることを知ってから、ずっと探してくれていたんだとか
兄がどんな人生を送っていたのか俺は知らない、でも顔や腕の傷を見るに
俺なんかよりもずっと大変な生活だったんだろう
「大変だな、生きるってのもさ」
真っ暗な中、2人で肩を寄せあって寒さを紛らわす、もう秋だ最近は随分と冷え込む
雪が降る前にちゃんと寝れる場所探さないと
「あ、ほらあれが秋の大四辺形、四角くなってるの見えるでしょ
んで、そっからこう斜めに行くと、カシオペア座そのとなりがペルセウス座」
眠ってしまうといけないので、得意な星座の話をしてみる
兄は全くわかっていないような顔をしながらも、あれも星座か?向こうのは何だ?と
沢山質問をしてくれた、今まであまり話を聞いてもらえなかったから少し嬉しかった
「和真は、星が好きなんだな」
「まあ、皆よりは知識はあるかな」
溢れんばかりの星が輝く夜に、空き地の草むらに踞って共に夜を明かす
もう何度目か、そろそろ慣れてきた
「俺らが見てる星は何万年も前の光って話、さっきしたじゃん」
「ああ」
「なんかそれって俺たちみたいだなって、何となく」
ずっと求められず、自我を殺して生きてきた
自分がどういったものなのか、自分ですらわからなかった
そんな自分を、兄はずっと探してくれていたんだ
腹違い、半分他人であるにもかかわらず
吐き出した息が白い、きっと数日後には雪が降るんだろう
「寒いね」
「...だな」
【68,お題:踊りませんか?】
綺麗な満月が空に浮かぶ、秋のとある日
冷たい空気を胸いっぱいに満たして、私は1人崖の上に立っていた
目眩がするほど高いこの場所に、しかも深夜に来たのにはちゃんと理由があった
薬草がほしい
私の母は病気だ、そして家は貧乏だ
医者に見せる金もない、そうなれば自分達でなんとかするしかないわけだが
生憎、私に医療の知識はない
どうにか治す方法をと、いろんな人に聞いて回って
なんとかかき集めた情報が
満月の夜に数時間、人目のつかない山奥の崖の上に咲く、と言うこと
場所は昼のうちに目星をつけ、今は開花を待っている状態な訳だが
何せ秋の山奥だ、寒いし夜に起きているせいで眠たい
「...ッダメ、寝るな私」
ズッと鼻を啜り、眠い目を擦ってどうにか目を覚ます
寒いからだろう、いつもよりも眠たい気がする
だがここで寝たら、薬草を持ち帰れないどころか私まで帰れなくなるかもしれない
「...~~♪~、~~~♪」
寝るわけにはいかない、目を覚ますために最近聞いた曲を口ずさんでみる
どこで聞いたんだっけ、ピアノのゆったりした曲で......ダメだ余計眠くなってきた
とりあえず無言になるよりはましだと思い、そのまま歌い続ける
夜の冷気が喉に染みて、途中に何度か咳き込んでしまった
ザッ...
「...!」
突然草を踏む音が聞こえ、私は口を閉じる
サァッと血の気が引くのを感じた、猪...熊だろうかどっちにしろ今は鉢合わせたくない相手だ
しかし、相手は予想だにしない人物だった
「こんばんはお嬢さん、良い夜だね」
「あな...たは?」
いつの間にか私の後ろにいた、白髪の青年
白いシルクハットとマント、道化師という言葉が似合うであろう背の高い青年は
ゆっくり私の方に歩いてくると、恭しく頭を下げ手を差し出した
「ぼくは...、ちょっと事情があってね、失礼かもしれないが名乗れないんだ
...こんなに月も綺麗なことだし、貴方の歌で1曲どうかな?」
「えっ、でもその...私踊ったことない...」
「大丈夫、ぼくがリードする」
軽く手を引かれて、ぽすんと彼の腕のなかに落ちる
顔を上げると穏やかな笑みで、歌ってと促す彼の姿があった
私がたどたどしく紡ぐメロディーに合わせ、彼はゆっくり身体を揺らし
驚くほど優雅な手付きでステップを踏んで見せた、きっと踊り慣れているのだろう
彼の動きに合わせると、自然と足が動くように感じる
「なんだ、上手じゃん」
月明かりの下の短い舞踏会
私が歌い終わったのと同時に彼の後ろで小さく花開くものがあった
「あっ、咲いた!」
パッと手を振りほどいて駆け寄る
淡い光に照らされ咲く小さな薄紫の花、間違いないこれだ
「良かった...これで母さんも...」
「えっ」
ふと後ろで面食らったような声が聞こえ、振り返ると
不自然な格好で固まっている彼の姿があった
「どう、しました...?」
「いやっ、何でもないよ...ぼくはもう行くね」
ザアッと風が吹き、顔を庇って下を向く
視線を上げた時にはもう彼はいなかった
最初から最後まで不思議な人だったな...
薬草を大事に抱え、暗い山道を下りながら考える
もしかして彼は、私が自殺しようとしてると勘違いしたのではないだろうか
だって普通ならば私のような年齢の人間が、1人で山になど入らない
止めようとしてくれて現れたのなら、彼は優しい人だ
家に着く、明かりがまだ点いていた
身体がよくないというのに、母は私を待っていてくれたのだろう
木で出来た扉を開けて光の中に飛び込む
「ただいま母さん、さっき凄く優しい人に会ったんだよ」