華音

Open App
9/1/2023, 2:58:50 PM

開けないLINE

「好きです。付き合ってください。」
君がいつしか言っていた。告白されるなら文面がいい。
僕は君のことがずっと好きだった。優しい声色。笑うと子供っぽくなるところも。いつも優しいところ。
そんな数え切れない程の想いを文に乗せて、送信のボタンを押す。
すぐには既読が付かないから、返信が来るまでの時間が、永遠に感じた。
何分?いや何時間?経って、着信音が来た。
僕は読み上げられた手札をとる如く、スマホを開いた。
案の定。君からのLINEだ。
急いでスマホにパスワードを入れるーーが、途中でピタりと手が止まってしまった。
もし、自分が望む結果じゃなかったら、立ち直ることができるのか。僕はもう何年も彼女に好意を寄せている。そんな積み重なった思いが、この一瞬で崩れ去る恐怖。
そんなことを感じていた。
しかし、きっとここで見なければ、結果は分からないし、それに彼女も勇気を出して返信してくれたはずだ。すー、と深呼吸をして目を軽く閉じる。気持ちを落ち着かせると、僕はパスワードをもう一度入れ直した。最後の決定ボタンヲタ押す手が、すごく震えていた。
すると、僕は目を疑うようなものを見た。
なんと、返信が削除されているのだ。
どうしよう。やっぱり僕から告白されるのは嫌だったか。いや、誤字をしただけで、もう一回来る。そんな思考がぐるぐると頭を占める。
さあっと、体が冷えていく気がする。
が。
突然、大きな着信音が耳に通る。かけてきた人は……君だった。
僕は震えを抑えること知らず、すぐに電話した。スマホを片手にとる。
すると、電話口から衝撃のことを言われた。
「公園で、待ってる。」
そう恥じらいのある声でそれだけ言って、電話を切られた。
……これは、期待してもいいか?
僕は、確かあの時「告白されるなら面と向かって」だと言った。しかも、今回の電話で「一人で来て」と言われている。
そしてあのトーン。ごめん。捨てられた子猫のような声で言われると、勘違いしてしまいそうだ。
僕は、服を着こなして、胸を張って外へ出た。
いま、こんないい展開を逃す訳には行かない。
これ以上開けない距離。
1歩近づく関係。
小さな一線、ラインの距離が開けない。
僕は、友達という一線を超えた関係になるために、1歩踏み出した。

8/31/2023, 2:42:41 PM

「不完全な僕」

腕に付けられたマーク。光が灯されていない目。
日焼けのない薄く白く細い肌。
これが僕。先生の元で暮らしている。
僕は先生といる時が1番いい。
食べ物は先生が作ってくれるコロッケ。先生が笑いながら食べているのを見ると、胸の当たりが温かくなっていく。
好きな事は先生とピクニックへ行くこと。太陽が程よく照らしていて、いやすい。
先生は白衣を着ていらっしゃる。僕のお世話をしてくれて、僕は、先生の近くにいると、胸の鼓動が落ち着く。
先生は、それを「大好きなんだ」と教えてくれた。
でも、僕には足りないものがあるらしい。「気持ち」と前に言ってくれた。
うれしい、こわい、たのしい、つらい。そんな言葉がこの世にはあるらしい。
でも、僕にはそれが分からない。胸の辺りの違和感を覚える事があっても、それが、くるしい、とかうれしいとか、そう思うことは無い。
どうすれば、それを明確に分かるんだろう。
むしろ、どうしていれば分かったのかな。先生に聞くと、先生は眉をぐっと寄せて、僕のことを見た。
そんなに、言いづらい事なのかな。僕、なにか昔取り返しのつかない事しちゃったのかな。
そう僕が思っていると、先生は、口をゆっくり開いて「愛情。それがあれば気持ちは生まれる」と言われた。
前に見た本でも、愛がなんたらと書かれていた気がする。
愛とは、なんですかと僕が聞くと、先生は「人によって違うけど、私は温かいものだと思う。」と笑いながら僕の頭を撫でた。
愛。温かい。先生がコロッケを食べている時と同じような胸の温かさが、愛というのだろうか。
もし、気持ちが生まれるほどの愛を僕が受け取ったら、そのあとも僕に愛は貰えるのだろうか。
もう、先生がコロッケを食べているところを見ても、温かいと思うことは無くなっちゃうんだろうか。
それは、何となく胸が締め付けられるみたいだ。だとしたら、僕は。
先生、僕は、気持ちが欲しいです。
でも、愛情の方が、たくさん欲しい。だって、先生と一緒にいると、胸が温かくなるから。
もし、気持ちが生まれて、そこから愛情を貰えなくなるのなら。
僕は、ずっと未完成のまま、不完全なままでいたいです。


先生side

私は、とある機械を専門にしている博士だ。つい最近まで、人間の形をしてAIを埋め込んだロボットを作ろうとしていた。
研究の最中、私は小さい子供を見つけた。
腕に付けられた火傷跡。絶望して光のない瞳。家から出られない。またはろくに食べさせられていないのか、薄く白く細い肌を持つ人。
そう、彼を見つけたのだ。
彼は、まるでロボットのようで。同じ人だとは思えなかった。顔の表情などから、考えている事を読み取る私にとっては、中々大変だった記憶がある。
それが彼が親に捨てられたということだった。私は無理やり私の所へ引き取った。
最初は、ロボットより何をするか分からない人間の研究にもなる。と思っていたが……
今は、彼が安心する居場所になりたい。そう思えた。
もちろん。生まれがあまりにも不遇だった。ということもあるが……それ以上に一緒にいて、もっと、彼に私の思う幸せを共有したいと思ったから。私の幸せと、彼の幸せは、きっと違うだろう。
でも美味しいご飯を食べて、他愛もない話をして。温かい風呂に入って。ふかふかの布団でぐっすり寝て。
そんな、何気ない日常に安心感を持たせたかった。
彼も、引き取る前は、こんな日常は、ありえない事だと思っていただろう。
だからこそ、私はまだ不完全な君に、色々な事を教えたいんだ。
君が、私の事を不要だと思う日まで、私はここにいるからね。

8/30/2023, 2:22:00 PM

香水

ネオン街に照らされる真っ黒な空。浮かぶアイスのような月が、窓に照らされている。その光景を、おれは小さな部屋の中で、ぼんやりと見ていた。
俺は、今日彼女と部屋で1日過ごす、いわばお泊まりデートをしていた。
俺の家に彼女が行きたいと言った時、少しびっくりした。
何せ、彼女のようにオシャレなものは何一つ置いてないし、なんなら生活に使うための最低限のものしかないから。それでも、俺の家で泊まりたいとお願いされ続け、最終的にこっちが折れることとなった。
せめて俺の思うオシャレなものを置きたい、と思ってホテルにあるような間接照明を買ったのは内緒。
まあ、そんな訳で今俺らは寝室にいる。彼女が今風呂に入っているから、俺はここで待ってるということだ。
やがて、彼女が寝間着姿で部屋に入ってくる。風呂上がりで熱いんだろうか。寝間着が少し薄い。温かかったよ。とメイクをしたキリッとした顔じゃなく、ふんわりとした笑顔で言った。
喉の奥が、こくりと鳴る。
やがて、彼女は俺の隣に座ると、すこし恥じらいを持ちながら言った。
いい香水はないか、と。俺は香水の専門店で働いてるから、いいのがないか聞いてきたんだろう。
俺は部屋から香水の雑誌を取りだし、説明をし始める。
でも、おれはこのままの匂いも好きなんだよなぁ。
シャンプーもボディーソープも、使っているものは一緒のはずなのに、何故かすごくいい匂いがする。
ふんわりしているというか、なんというか。
そんな匂いのまま近づかれて、長い髪を耳にかけようとすれば、俺はもうキャパオーバーな訳で。
しかし、そんなことは一切悟られたくない。俺は隠して説明を続ける。一通り説明し終えると、俺はどうしてそんなことを聞くんだ。と言った。
すると、彼女は余計に顔を赤らめ、下を向き始めた。
そんなに聞きづらい事なのか、と俺は彼女の方をじっと向く。やがて、蚊の鳴くような声で彼女は言った。
「いい香りがすれば、俺が余計に夢中になってくれると思ったから。」と。
勘弁してくれ、と俺ははぁと頭を抱えてため息をついた。
そんな事しなくても、俺はもうお前に夢中だっての。
そんな思いを込めて、彼女を後ろからぎゅっと抱きしめる。可愛いとかではなく、もはや愛おしいレベルまである。やがて俺は身体をはなすと、彼女の左手を持ち、自分の普段使っている香水をその細く白い手にシュッとかけた。その手に鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。
不思議だ。シャンプーもボディーソープも使っているものは同じなのに、こんなにふわふわといい香りがするのに。
香水だけは、匂いが一緒で。彼女の手から俺と同じ匂いがするのだと分かった時は、優越感が占めていた。
握った手が、ひどく熱く火照っている。
これは、風呂上がりのせいか。
──それとも、俺のせいか。

8/29/2023, 2:44:23 PM

言葉はいらない、ただ……

どうして、どうしてこんな上手くいかないんだろう。
学校ではたくさんの小さなミスをして、自分の事で手一杯で、私を支えてくれる家族に、何一つ恩も返せていない。それどころか、むしろ迷惑をかけている気がする。
本当、何をしているんだろうか。私はひとつため息をつく。息を吐くのと同時に、目が熱くなって、視界が揺らぐ。 しかし、こんな事で泣いてどうする。私は込み上げてくるものをぐっとおさえた。そうだ、私はまだ大丈夫。
気を紛らわせるために、私はスマホを取り出す。このモヤりとした気持ちを感じなくする為には、スマホでそういう時の名言を調べてみる。
何か、ピンとくるものがあるかもしれない。
そう思ったが、期待とはうらはらにのっているのは、山を乗り越えて来たひとたちの経験だった。
中には、私と同じような経験をして、それを乗り越えたという人もいる。
でも、そうじゃない。
確かに、この苦しみを乗り越えた先、後から思い返せば「あぁ、私頑張ったんだな」とか「乗り越えた今が楽しいから、あの苦しみはちっぽけなものだ」とか。そう思う日も来るのだろう。
でも、私が求めているのは、そうじゃない。
ただ、「今」を受け止めて欲しい。認めて欲しい。
「未来」を考える力なんて、今の私にはないんだ。
……なんて、そんな事を、ぽつり、ぽつりと、誰もいない──いや、ご先祖さまの前で話し始めた。
私は、生まれつきご先祖さまというか、私の親族限定で、亡くなっている人達が見える。でも、見えるだけで声は聞こえない。
私の家にあるのは、ひいおじいちゃんのお仏壇。
今日、私が帰ってきた時、心配そうな顔をしているのが見えたんだ。
だから、心配かけないように、この事を話してしまった。
もう死んじゃっている人だからか、両親よりかは話しやすかった。
ひいおじいちゃんはうん、うんと私の拙い言葉を聞き逃さないように頷き、そして、話終わるとにっこり笑った。
すると、私の近くに来て、肩を抱き、背中をとん、とんと優しく叩き始めた。
「泣いていいんだよ。」そう言われているような気がして。
私は、ついに抑えきれず、目から涙が溢れ出した。声も、同時に口から出ていく。
久しぶりに、声を上げて泣いた気がした。でも、そんな私をひいおじいちゃんは嫌がりもせず、私が落ち着くまでそばにいてくれた。
言葉なんて、必要ない。ただ、私は認めて欲しかった。
不甲斐ない私を許してほしかった。
ただ、そばにいて欲しかった。
そんな思いが涙となって溢れてくる私を、ひいおじいちゃんは何も話さず、横で寄り添ってくれた。
感じることは無いのに、背中にある手がひどく温かった。

8/28/2023, 2:15:22 PM

突然の君の訪問

机に向かって、ひたすらプリントと向き合う。
どう頑張っても、どう計算しても答えが合わない。そんなこんなで、数字が書かれた紙に向かい合って、もうどのくらい経っただろうか。
今日は全然勉強がはかどらない。この後ワークにも手をつけなきゃいけないし、レポートを作るための情報を集めなきゃいけない。
他にもやる事を思い出しただけで、憂鬱になってくる。
今日は青空いっぱいに広がるいい天気なのに。僕は一体何をしているんだろう。
僕は頭を抱えた。家の中で小さな机の上で、ため息を着く。
すると、突然僕の肩にふわっとした毛の塊が横を過ぎる。
この黒いフサフサした毛並み、狭い場所を器用に通る体。
ーー飼い猫のゴマだ。
ゴマは僕のプリントの上に我が物顔で乗っかってくる。まるで、ここは俺のスペースだとでも言うように。
「ゴマ〜……課題やるからどいてくれよ〜……」
僕はゴマの機嫌をとるように綺麗な毛並みを撫でる。しかし、ゴマはふん、と満足いかない顔をする。
……これは、ゴマなりの甘え方だ。
ゴマは気分屋で、意外と甘えたがりだが、「かまって」というアピールはしない。
代わりに、僕の作業を邪魔してくる。今回もそうだ。
本当は、課題もやらなきゃいけないけど……
「ゴマを優先しないとダメだな。」
僕はふっと笑って、ゴマを机からおろし、僕も椅子から立ちあがった。
突然の君の訪問。宿題をやらなきゃいけない僕にとっては不都合だったけど、君がいなきゃ僕は多分永遠に問題が解けなかったよ。

Next