星座
最初は、関係の無い個々としての存在だ。誰の力も借りず、衝突で生まれ、自らが光だし、その光が何かに届いた時、初めてそれを「星」と呼ぶ。
思えば、星座というのは人間の手で生み出されている。遠い昔の洞窟から真っ暗な空を見上げた人間から、望遠鏡を担いで観察をする研究者までも。彼らがいるから、いたから、伝説は生まれたのだろう。
そうして、繋がりのなさそうな点と点を関数のごとく結び、星座へと成っていったのだろう。
それは、星だけではないのだろう。
「えっ、お前もこのアニメ好きなの?」
それは、とあるアニメショップでの一幕。好きな作品の新作グッズが出たから、学校帰りに寄った時。
普段は多くの友達に囲まれ、教室の話し声の大半を占める彼が、1人でこの店に寄っていた。
そうだよ、と僕は頷くと、「嬉しい」という表情を隠しきれず手に持ったグッズをそのまま、隕石の如く近付いてきた。
「まじか!!俺この話題話せるの誰もいなかったからさー、めっちゃ嬉しいわ!」
意外だ。彼らの話をしっかり聞いていないが、このアニメの話をしているのかと思った。
「えっ、どの話が好き?てかさ、電車一緒だったよな?語りながら帰ろうぜ!」
僕の意見を無視したまま、流星群のように話を畳み掛ける。
でも何故かそれが、うざったらしくなくて、むしろ、輝いて見えて。
僕も欲しかったグッズを手に取ると、うん。と頷いた。
どうやら、人間がいないと星も縁も結べない。
この作品も、生み出されなければ、もっと言うと作者、人間がいなければ、僕達はここで話さなかった。
出会わなかった。そういう意味じゃ僕らも星なのかもしれない。
「ランダムグッズ、1個ずつ買って誰出たか見ようぜ。」
「いいねそれ。」
星の見えない真っ暗な空と、眩しすぎる街灯を浴びながら、僕と彼は横並び1列になった。
友情
広がるような青い空。
ラムネに綿あめを乗せたようなもくもくした入道雲が、あの山の方を覆っている。
下を見れば、ミニチュアが並べてある小さな街。
あの大きな駅も、よく行くコンビニも、公園も、全部が小さく見える。
学校の屋上で、私は2人分のベンチの端っこに座った。
季節はもう進路相談の時期。
大学なんてまだまだと思っていた私たちだけど、三者面談で「行きたい大学を決めておけ」と投げやりな先生の一言と共にプリントを何枚か渡された。
「んー」
改めて、配られた進路調査表を目にする。あの雲と同じくらい真っ白なそこに、真っ黒に書いた夢が乗るのだろう。
そこに、本当に幸せがあるのだろうか。
幸せなんてご大層な言葉は良い。そこに本当にいい未来があるのだろうか。
晴天とは似つかない乱層雲を隠して、はぁと一息風を吹く。
すると、秋に吹く涼しくて軽い足取りで屋上の扉がばん、と開いた。
「三者面談、終わった!」
小さい頃から見ているその笑顔にはもう見慣れたはずなのに、今の私にとっては羨ましくて眩しいほどだった。
その太陽は許可もなく、空いているもう端っこの方に座る。
「どうだった?」
「無理」
満面の笑みで買ってきたであろう炭酸を開け、勢いよく飲んでいく。
プシュッと音が、セミの音と共に鳴った。
ごくごくと喉を鳴らして飲んでいく。口を離した頃にはもう半分になっていた。
「今のままでも楽しいし、進路なんて考えたくないよ。」
「分かる。」
分かる。なんて言葉じゃ語れないほどの同意を、上手く言葉に表せずそれだけ言った。
まだまだやらなきゃいけないことがある。
むしろ、これからが本番だ。
夏休み中に分からなかった所を復習し、今より更に成績をあげなければならない。
そもそもなりたいものも分からないのに学ばなければならないのか。
「どんな職業でもなれるように勉強をしろ。」なんて言うけど、それじゃ机に向かう気力もない。
「ね、見てみて」
「ん?……って、ちょっとなにこれ!」
気持ちが雨模様な時、友達が不意に1枚の画像を見せてきた。それは、この間遊びに行った時帰りの電車で爆睡している私の写真だ。
「何で撮ったの!?消してよ!」
「やだ。だってこの寝方美しすぎない?」
「寝相を褒められても嬉しくないよ!!」
「いいじゃん。これは、あんたを脅す時に使う」
「何それ最悪……」
今度からもう絶対に友達の前で寝ない。心に決めた瞬間だった。
「あ、卒業したら遊園地行こーよ。あ!大学生だからホテル泊まれるんじゃね!?」
「ホテルか。いいね。奢りなら行くよ。」
「何それ割り勘だよ!」
「冗談。」
まだ行く約束すらしていないのに、もう行く前提で話が始まってしまった。
そうだ。この子と話す時はいつもそう。
大体は言葉だけの約束になるけど、「一緒に」という言葉を伝えてる。
そんな無責任な約束が、今はとても心地よかった。
さっきまで何で悩んでたか。それを忘れるほど軽くは無いけど、なんか声を出してスッキリした気がする。
許せないけど。
「ねぇ」
「ん?」
「卒業しても、仲良くしてよね。」
漫画のセリフのようなことを言った。スッキリした勢いで行ったのかもしれない。さっきまでは、この言葉を言うのですら喉の奥に引っかかったように、出てこなかった。
だって、お互い忙しくなって連絡をかける暇すらないのかもしれない。
でも、この子が未来友達じゃなくなるほど疎遠になるのは、なんだか苦しくなってきた気がした。
こんなにストレートで、気恥しいことを言ったことがなかったかもしれないな。
「当たり前じゃん?」
不安になったその思いを一掃するように、彼女はそう答えた。
「毎日あんたにスタ連してあげるから。」
ほら。また出た無責任な言葉。
でも、きっと彼女も同じ想いなのだろう。
「さいあく。」
ありがとうの想いを込めて、自然に上がった口角をそのままにして、悪態をついた。
彼女は、カバンからもう一本ジュースを出して私に手渡す。
受け取ると、私も同じように豪快に蓋を開けた。
同じように、この不安な思いを、雨雲を、押し潰すように。
プシュッと音を立て、私は思い切り飲み込んだ。
鳴り響いたその音が、いつもより爽快に聞こえた。
夢が醒める前に
「やったー!!!!春休みだー!!」
家へ帰って即こうなる。誰もいない部屋で俺は叫んだ。
横にあったプラモデルが「うるせぇ」と睨んでいる気がした。
ようやく、終業式が終わった。学校という名目からは逃げられないが、とりあえず今年度は終わった。よくやった俺。
新学年まで期間はそこそこある。無論夏休みより短いが。
とにかく、あの学校から一時的に解放された。最強になった気分だ。長ったらしい先生の話も、ライブで使うスピーカー並の声を出すクラスメイトの声も、しばらく聞かなくて済む。
自分が最強になった気分だ。
せっかくの休みだ。俺は引き出しの奥にしまっていた大きい箱を取り出す。
ずっと組み立てて見たいと思っていた新しいプラモデルだ。作りが複雑で、いつもの10倍くらい集中力が必要になりそうだと思って、作らなかったのだ。
疲れている中じゃ、手元が狂ってしまいそうで。
それから、机の上に置いてある本にも手を伸ばす。
本自体はそこまで分厚くないが、自分が読むにはかなり大変な文章が書かれている。
内容じゃなくて、文字の大きさ。
好きだった漫画の番外編が、小説で出版されたのだ。ずっと気になっていて、まだ1ページも手につけていない。
そういや、この漫画に出てきたパンケーキが家の近くのカフェに似たようなのものがあった。ぜひそれも食べてみたい。
新学期の文房具も買わなくちゃいけないしな。それ買うついでに食べてこようかな。
……あ、あの漫画にでてきた武器、かなりかっこいいから自分で作ってみようかな?
やりたいことが次々と浮き出てくる。またそうやって追い詰めて、大変になるのは自分なのだが。
だが、こうやって簡単に思い付いたものほどすぐに飽きてしまう。飽き性な俺の悪い所だ。
……なら、善は急げってことだよな?
やりたいことが思いついている間に、無関心になってしまう前に、飽きてしまう前に
「夢が醒める前に」今やれるべきことをやろう。
……とりあえず部屋片付けるか。
星が溢れる
「お疲れ様です。」
何とか日付が超える前に仕事を終え、営利な蛍光灯の明かりの下をくぐりぬける。
ガーと黒を包み込む自動扉をくぐりぬけ、私はオフィスを後にする。次の電車まで30分。ここからなら間に合いそうだな。まっすぐ最寄り駅へと向かう。冷たい空気が押し寄せる。肌を切り裂くような感覚が身に伝わり、思わずマフラーを手に握る。
目を閉じれば、液晶から出る光で頭がチカチカし、寒さで何も考える気になれない。
ここ最近は、ずっとこんな生活だ。
夜遅くまで仕事して、終電ギリギリの電車に乗り、コンビニのご飯を買って、シャワーを浴びて、寝る。
唯一の楽しみと言えば、この帰り道に見える宝石屋のショーケースのような夜景。夜空に照らし出される星空のような街並み。少し目が痛くなる眩しさだが、このまばゆさを見ると、少し心が癒される。
ただ、ほんの一時だけ。それが過ぎれば体が鉛のように重くなり、あとはベッドに沈むだけ。
このままじゃいけないな。なんて思いながら、いつの間にか着いていた駅の改札を抜け、駅のホームへと降りた。
ちょうどよく来た電車に、流れるように私は乗り込んだ。
街灯を頼りにしながら、ようやく家に着く。家のポストには沢山のチラシが入っている。どれも興味は無く、読まないので入れないで欲しいと不満が少したまる。
それでも取らないと空き巣に狙われるので、ぐしゃぐしゃに詰め込まれたチラシを手に取る。ピザやら賃貸情報やら相談窓口やら。見て欲しいならちゃんと丁寧に入れておけ。そう悪態を着くと、1枚書類が足元に落ちる。腰を落として拾うと、そこには私が見たあの輝きと似た写真が乗ってあった。
どうやら、駅前に新しい施設が建つらしい。それはプラネタリウム。
挟まれたチケットを見せると、無料で星空が見れるという広告だった。
何となくそれを見て、少し興味をそそられる。
想像する。突然真っ暗になったと思ったら、目の前には満面に広がる星々。
流れるそれは落ちる花弁のよう。広がるそれは金平糖のよう。もう心拍は上がっていく。
決めた、明日仕事終わりに見る。
楽しみなわけじゃない。ちょっとした気分転換だ。未だ素直になれない自分に溜息をつき、家の扉を開けた。
今日だけ、今日だけ何とか仕事を定時前に切り上げ午後の最後の公演に間に合わせる。
駅から数分のところだったのが唯一の救いだ。
いつも通る右側を左に曲がる。そこには見たことない建物が、大きな看板をつけていた。
こんな建物、いつ建ったんだろう。そんな疑問を抱えると同時に関心もそそられる。早く見に行こうと思い、建物の中へ入った。
チケットを渡し、「お好きな席へどうぞ」と促され、照明が小さくついて、非常口だけが照らされた場所へと足を運ぶ。
プラネタリウムなんて、行ったことないから分からないが……とりあえず真ん中らへんで見るか。人はそこまで多くなく、私の他に二、三組いるくらいだった。
カップルで来ている人もいれば、私と同じように仕事服のまま来ている人もいる。
最終日だから、多分ピークは過ぎたんだろう。私は椅子につき、背もたれにからだをあずけた。
きぃ、と音がして、思わず寝そうになる。いやまだ始まっていないけど。
しばらくすると照明が消えていき、アナウンスが入る。終わった途端、そこからは圧巻だった。
目の前には満天に広がる星々。私が普段見ている空とはありえない。油絵具で沢山混ぜたパレットのようだ。そこに点々と輝く星は、ホットケーキに出てくる気泡のよう。
流れるそれは子供が落とした金平糖。
作り物だと言うのに、本物では無いのに。
それはひどく私の心を揺さぶった。
多分、今私の目にはスノードームのように、星に包まれているんだろう。
気がついたら、もう終わっていた。
「足元にご注意ください」というアナウンスが入ったところで、私はハッとした。
あれで感動するなんて、相当疲れてるんだな、と苦笑いしてしまう。
しかし、初めて見るプラネタリウムは本当に、なんて言葉で表せばいいか分からないほどに美しかった。
……今度、本物の星も見てみるか。
スクリーン越しではなく、肉眼で見る星はもっと感動がでかいだろうな。
次の休みに、見に行こう。確か小さい頃買ってもらった望遠鏡があったな。それ使うか。
ついでに、インスタントラーメンでも食べるか?そんなこと考えたら楽しみになってきた。
いつもと同じ帰り道。足取り良く電車へ向かう。
そこには、さっき見た星空とは違う、街の中の星々が輝いていた。
愛言葉
私は、小さい頃ある男の子と遊んでいた。
きっかけは、お互い幼稚園が一緒で、テレビゲームが好きだったという。たったそれだけの共通点。
幼稚園では、新しいゲームを一緒に考えたり、当時流行ってる遊びを2人でやったりした。休日も、その子の家へ行って、夕方になるまでテレビとにらめっこしてたっけ。
とにかく、たったそれだけの共通点で、小学校になっても仲良くしていた。
今はお互い高校生。もう学校も違うから話すこともなくなったけど……でも、私にとってはいい思い出だった。
ただ、実は彼に対して疑問に思うところはある。
それは、ゲームの暗証番号だ。
私達がゲームをする時、お互いの持ってるゲーム機器を通信して遊ぶものだったが、そこで、本人確認のために暗証番号をうたないといけない。
設定をする時、私は2人の誕生月でいいんじゃないか。
という提案をしたが、彼は少し考えて、それを断った。そして、「33322」にしよう。といったのだ。
分かりやすいしなんで3と2なんだろう。と疑問に思った。勿論、当時の私もそう思っていたので、どうしてそれにするの?とだけ聞いた。
すると彼は、「もう少ししたら、その訳話すね。」とだけ言って、上手いことはぐらかされてしまった。
でも、3を3回。2を2回。シンプルだしいいなと思ったので、私はそれに賛成し、33322をパスワードにしたのである。
で、そこから数年以上たった今日。未だに意味が分からない。
まだ幼稚園だったので、お互いの連絡先なんて知らず。意味も聞けないままだ。
ふとそんな事を思い出し、スマホに映る数々の投稿をぼんやりとしながら指で流す。
小学校までは仲良くしていたのだが、中学にあがってから向こうの家が引っ越してしまい、そこから一切会わなくなってしまった彼。
毎日では無いが、元気かな。と考えることがある。
彼の事を思い出すと、毎回「33322」というパスワードを思い出す。
あの頃の私は、33322という数字の配列が大好きで、画用紙にクレヨンで33322というのを書いて、いつも持ち歩いてたくらいだ。
だって、この番号があれば、彼と遊べる。
パスワードを忘れてしまうから書いている。と言うより、パスワードが好きだから書いている。の方が正しかった。
あの頃が、急に懐かしくなる。
画面の目の前で目元を緩ませた私に、ぴこん。と1件の通知が入る。
友達からだ。私は連絡先に移動し、返信をする。
明日の講習会の集合時間は、いつかというものだった。メモすればいいのに。と私は笑いながら数字をうつ。
送ると、すぐに返信が来る。
「ありがとう!そういえば、クレープ好きだって言ってたよね?帰り一緒に食べよう!」と書かれたメッセージが目に映る。クレープは私の大好物だ。嬉しくなって、「好きー!食べる食べる!」と、画面から目を離さずに、キーボードは一切見ないでうった。
文をうち終わると、私はやらかしたな。と思った。
そう、私はひらがなに直さずに数字の配列にしたままうっていたのだ。
もう1回うち直さなければ。と思い、消そうとする。
すると、目に飛び込んできたのは、見覚えのある配列だった。
「33322……?」
1番最初の文字の配列が、33322だったのだ。
そして、私がうちたかった文は、「すきー!食べる食べる!」
まさか、まさか。私は33322……ひらがなの配列にもどし、数字の通りにうってみる。
「すき」
嗚呼。そういえば彼は、色んな電子機器を持っていたっけ……。 これは、偶然なんかじゃない。意図的に彼が仕込んだものだ。
小さい時、彼は私の事が好きだったんだ。
それを言えば、私だって。
幼い彼が出した暗号。上手く伝えられなかった彼からの愛の言葉。
私が使っていた合言葉が、いつの間にか愛言葉に変わっていたみたいだ。