華音

Open App

友情

広がるような青い空。
 ラムネに綿あめを乗せたようなもくもくした入道雲が、あの山の方を覆っている。
 下を見れば、ミニチュアが並べてある小さな街。
 あの大きな駅も、よく行くコンビニも、公園も、全部が小さく見える。
 学校の屋上で、私は2人分のベンチの端っこに座った。
 季節はもう進路相談の時期。
 大学なんてまだまだと思っていた私たちだけど、三者面談で「行きたい大学を決めておけ」と投げやりな先生の一言と共にプリントを何枚か渡された。
「んー」
 改めて、配られた進路調査表を目にする。あの雲と同じくらい真っ白なそこに、真っ黒に書いた夢が乗るのだろう。
 そこに、本当に幸せがあるのだろうか。
 幸せなんてご大層な言葉は良い。そこに本当にいい未来があるのだろうか。
 晴天とは似つかない乱層雲を隠して、はぁと一息風を吹く。
 すると、秋に吹く涼しくて軽い足取りで屋上の扉がばん、と開いた。
「三者面談、終わった!」
 小さい頃から見ているその笑顔にはもう見慣れたはずなのに、今の私にとっては羨ましくて眩しいほどだった。
 その太陽は許可もなく、空いているもう端っこの方に座る。
「どうだった?」
「無理」
 満面の笑みで買ってきたであろう炭酸を開け、勢いよく飲んでいく。
 プシュッと音が、セミの音と共に鳴った。
 ごくごくと喉を鳴らして飲んでいく。口を離した頃にはもう半分になっていた。
「今のままでも楽しいし、進路なんて考えたくないよ。」
「分かる。」
 分かる。なんて言葉じゃ語れないほどの同意を、上手く言葉に表せずそれだけ言った。
 まだまだやらなきゃいけないことがある。
 むしろ、これからが本番だ。
 夏休み中に分からなかった所を復習し、今より更に成績をあげなければならない。
 そもそもなりたいものも分からないのに学ばなければならないのか。
「どんな職業でもなれるように勉強をしろ。」なんて言うけど、それじゃ机に向かう気力もない。
「ね、見てみて」
「ん?……って、ちょっとなにこれ!」
 気持ちが雨模様な時、友達が不意に1枚の画像を見せてきた。それは、この間遊びに行った時帰りの電車で爆睡している私の写真だ。
「何で撮ったの!?消してよ!」
「やだ。だってこの寝方美しすぎない?」
「寝相を褒められても嬉しくないよ!!」
「いいじゃん。これは、あんたを脅す時に使う」
「何それ最悪……」
 今度からもう絶対に友達の前で寝ない。心に決めた瞬間だった。
「あ、卒業したら遊園地行こーよ。あ!大学生だからホテル泊まれるんじゃね!?」
「ホテルか。いいね。奢りなら行くよ。」
「何それ割り勘だよ!」
「冗談。」
 まだ行く約束すらしていないのに、もう行く前提で話が始まってしまった。
 そうだ。この子と話す時はいつもそう。
 大体は言葉だけの約束になるけど、「一緒に」という言葉を伝えてる。
 そんな無責任な約束が、今はとても心地よかった。
 さっきまで何で悩んでたか。それを忘れるほど軽くは無いけど、なんか声を出してスッキリした気がする。
 許せないけど。 
「ねぇ」
「ん?」
「卒業しても、仲良くしてよね。」
 漫画のセリフのようなことを言った。スッキリした勢いで行ったのかもしれない。さっきまでは、この言葉を言うのですら喉の奥に引っかかったように、出てこなかった。
 だって、お互い忙しくなって連絡をかける暇すらないのかもしれない。
 でも、この子が未来友達じゃなくなるほど疎遠になるのは、なんだか苦しくなってきた気がした。
 こんなにストレートで、気恥しいことを言ったことがなかったかもしれないな。
「当たり前じゃん?」
 不安になったその思いを一掃するように、彼女はそう答えた。
「毎日あんたにスタ連してあげるから。」
 ほら。また出た無責任な言葉。
 でも、きっと彼女も同じ想いなのだろう。
「さいあく。」
 ありがとうの想いを込めて、自然に上がった口角をそのままにして、悪態をついた。
 彼女は、カバンからもう一本ジュースを出して私に手渡す。
 受け取ると、私も同じように豪快に蓋を開けた。
 同じように、この不安な思いを、雨雲を、押し潰すように。
 プシュッと音を立て、私は思い切り飲み込んだ。
 鳴り響いたその音が、いつもより爽快に聞こえた。

8/27/2024, 5:32:28 AM