華音

Open App

「不完全な僕」

腕に付けられたマーク。光が灯されていない目。
日焼けのない薄く白く細い肌。
これが僕。先生の元で暮らしている。
僕は先生といる時が1番いい。
食べ物は先生が作ってくれるコロッケ。先生が笑いながら食べているのを見ると、胸の当たりが温かくなっていく。
好きな事は先生とピクニックへ行くこと。太陽が程よく照らしていて、いやすい。
先生は白衣を着ていらっしゃる。僕のお世話をしてくれて、僕は、先生の近くにいると、胸の鼓動が落ち着く。
先生は、それを「大好きなんだ」と教えてくれた。
でも、僕には足りないものがあるらしい。「気持ち」と前に言ってくれた。
うれしい、こわい、たのしい、つらい。そんな言葉がこの世にはあるらしい。
でも、僕にはそれが分からない。胸の辺りの違和感を覚える事があっても、それが、くるしい、とかうれしいとか、そう思うことは無い。
どうすれば、それを明確に分かるんだろう。
むしろ、どうしていれば分かったのかな。先生に聞くと、先生は眉をぐっと寄せて、僕のことを見た。
そんなに、言いづらい事なのかな。僕、なにか昔取り返しのつかない事しちゃったのかな。
そう僕が思っていると、先生は、口をゆっくり開いて「愛情。それがあれば気持ちは生まれる」と言われた。
前に見た本でも、愛がなんたらと書かれていた気がする。
愛とは、なんですかと僕が聞くと、先生は「人によって違うけど、私は温かいものだと思う。」と笑いながら僕の頭を撫でた。
愛。温かい。先生がコロッケを食べている時と同じような胸の温かさが、愛というのだろうか。
もし、気持ちが生まれるほどの愛を僕が受け取ったら、そのあとも僕に愛は貰えるのだろうか。
もう、先生がコロッケを食べているところを見ても、温かいと思うことは無くなっちゃうんだろうか。
それは、何となく胸が締め付けられるみたいだ。だとしたら、僕は。
先生、僕は、気持ちが欲しいです。
でも、愛情の方が、たくさん欲しい。だって、先生と一緒にいると、胸が温かくなるから。
もし、気持ちが生まれて、そこから愛情を貰えなくなるのなら。
僕は、ずっと未完成のまま、不完全なままでいたいです。


先生side

私は、とある機械を専門にしている博士だ。つい最近まで、人間の形をしてAIを埋め込んだロボットを作ろうとしていた。
研究の最中、私は小さい子供を見つけた。
腕に付けられた火傷跡。絶望して光のない瞳。家から出られない。またはろくに食べさせられていないのか、薄く白く細い肌を持つ人。
そう、彼を見つけたのだ。
彼は、まるでロボットのようで。同じ人だとは思えなかった。顔の表情などから、考えている事を読み取る私にとっては、中々大変だった記憶がある。
それが彼が親に捨てられたということだった。私は無理やり私の所へ引き取った。
最初は、ロボットより何をするか分からない人間の研究にもなる。と思っていたが……
今は、彼が安心する居場所になりたい。そう思えた。
もちろん。生まれがあまりにも不遇だった。ということもあるが……それ以上に一緒にいて、もっと、彼に私の思う幸せを共有したいと思ったから。私の幸せと、彼の幸せは、きっと違うだろう。
でも美味しいご飯を食べて、他愛もない話をして。温かい風呂に入って。ふかふかの布団でぐっすり寝て。
そんな、何気ない日常に安心感を持たせたかった。
彼も、引き取る前は、こんな日常は、ありえない事だと思っていただろう。
だからこそ、私はまだ不完全な君に、色々な事を教えたいんだ。
君が、私の事を不要だと思う日まで、私はここにいるからね。

8/31/2023, 2:42:41 PM