いちましろう

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8/7/2021, 5:37:42 AM

太陽が1個しかないなんて、ぜったいに嘘だ、と空をにらみつけ、太陽の位置を確認してやろうとこころみたが、うまくいかなかった。眩しさで、瞼があがりきらず、白い光を下の地面へと受けかわすほかないのだった。えい、暑い、と心のなかでほえた。ああ、暑い、でもなく、うう、暑い、でもなく、えい、暑い、だったことが自分のなかでやや面白く、やや和んだ。蝉がジュクジュク鳴いていて、いますぐ氷をなめて溶かしたいと思った。いつもは氷を噛み砕くタチだけど、いまはしつこくなめたかった。太陽が2、3個あったら、もう喉さえ渇かないだろうな、と思い、その前に太陽がなくなるほうが先か、と思い、いったい何を考えているんだろう、と思った。向こう側のこどもが、じっとこちらを見ていた。

7/22/2021, 1:36:46 PM

もしもあの時、と、不意を突かれることがある。もしもあの時こうしていれば、ああしていなければ。そんなもしもは虚しいものだと分かっていながら、だが、確実に思ってしまう。考えても望みのないこと。それを思うことに対して、いつからか、なんとなく、じぶんも含めて、ひとは冷ややかな態度をとる、無駄だという、非効率だという、いわなくてもはじめから決まっていることだと、している。なんだかそれはそれで雑だな、と思う。もうひとつの可能性についてあれこれ馳せるのは、もしもがよぎるのは、あの時を悔いるのは、たんなる過去への執着心で、生産性のないもので、それで? それで、なんなのだろう。なんなのかわからないのなら、まだ、もしもあの時、を掬いだし、もうひとりのじぶんを夢想するほうが、じぶんにとって誠実なこともきっとあるはずだと思った。タイムマシンに乗る前に、もしもあの時、の分岐点に立ち戻って、もうひとつの人生を思うこと。その気持ちに正しく乗ること。

7/19/2021, 4:15:36 PM

川がむこうから向こうへと。不揃いな石、擽ったい草。街というよりは町で、私というよりはわたしで。向こうからまたむこうへ。歪んで、広がった。もう町ではなくなり、岩になり、崖になり。削れた風景。休憩タイムに息を吐くと、ピーュと鳴った。なにか跳ねた。ギラギラって銀色のこと。ここの温度はつめたい。あんなとこに穴が。無言と無言。むこうはひっそりとつめたい。

7/18/2021, 11:17:20 PM

ぼくだけ、になった。そうおもって、こころがつんとしたけれど、めのまえにきれいなゆうやけがあって、ぼくはぼくだけなのをすぐにわすれた。いつのまにおれんじいろ? めとくちでゆうやけにきくと、さあね、といじわるくくもをおよがせた。いつまでおれんじいろ? まけじときくと、こんどはなにもこたえず、ぼくにおおきなせをむけた。せをむけてもゆうやけはきれいなおれんじいろだった。ぼくは、じゃあもうかえるね、とゆうやけのせなかにむかってつよいこえでいった。でもゆうやけはこちらをふりかえらずに、えらそうにくもをひきつれて、えらそうにぼくのまえをずんずんあるいていった。もしかしたらゆうやけもそっちのほうがくにいえがあるのかもしれないな、とぼくはおもった。ぼくはいえにかえるとまたぼくだけになることをおもいだし、またこころがつんとした。でもやっぱりゆうやけはずんずんあるいていった。しだいにぼくのいえがみえてきた。ゆうやけはひとあしさきにかえったとでもいうように、いえのかべをきれいなおれんじいろにそめていた。ぼくはいつもそうするように、いえのなかにむかって、ただいま、といった。

7/14/2021, 1:48:38 AM

くらべられるものではないだろう、と思うのだった。何についてそう思ったのだったか、まあ、どちらにしても、何にせよ、だ。ふいに。子どものときにした、正確には大人たちにさせられた、弟との背くらべ、その光景を光景として、遠目から、私はみつめていた。周りの大人たちは、何がおかしいのか笑い顔に満ちており、母もその例外ではなく、うしろで、つられて、薄くわらっていた。もーすぐで抜くのぉ、ほんまじゃほんまじゃ、いつのまにそんなに大きくなって、わしらもすぐに越されら、のぉ。大人たちの騒々しいガヤは、視線も含めて、おおかた弟のほうへ向けられていた。弟は、調子づいて、踵をあげたり、チョップの手をつくり空中を滑らしたり、ヘラヘラと、またチラチラと母のほうを向いたり、していた。これもまた、正確には大人たちに煽られるかたちで、させられていたようなところもあるが、弟には大人の要望に応えられる瞬発力が、あの時はたしかにそなわっていたように思うのだ。たかだか、といえば、たかだかだが。そんな光景を思いだしながら、今の弟(すっかり大人になり、あの時の大人たちが言っていた通り、私の頭一個分ほどは余裕で大きくなった)のことも思いだし、何か理由があるわけでもないが、すこし胸が痛んだ。だって私たちは、互いに、見事に、大人になった。あの時周りにいた大人たちに混じることなどいとも簡単にできてしまうくらいに、私たちはもう、おばさんに、おじさんだ。ただそれだけのことに、黄昏れることや打ちのめされることが、ばかばかしいことに、あるのだった。昼間の公園の横や、母校でもない学校の横をたまたま通りがかった時なんかに。それは、ふいに。

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