『現実逃避』
月まで続く線路を歩く
てくてく てくてく てくてくと
廃線となって久しい線路
冷たい空気に息が溶け込む
寂れた駅には星の欠片を
きらきら きらきら きらきらと
忘れ去られた星座が駅名
踏切は点滅の仕方を忘れてる
見飽きた星空に鼻歌を歌う
足先は常に月へと向ける
前を見るんだ
月だけを見るんだ
振り返ってしまうのは
自分が弱いせいなんだ
辿り着けないことなんて知っている
言われなくても分かってる
それでも それでも それでもと
欠けてく心が足を動かす
月まで続く線路を歩く
三日月 半月 満月と
形を変えてく月を望んで
『今日にさよなら』
記憶が爆ぜた
色とりどりの断片が
視界をこれでもかと覆い
喜怒哀楽の感情が
ごちゃ混ぜになって押し寄せる
ただ一言
「幸せだった」
棺が爆ぜた
ささくれだった木片が
自分をこれでもかと穿ち
めくれ上がった畳と血肉が
ごちゃ混ぜになって押し寄せる
ただ一言
「辛かった」
──が爆ぜた
爪が折れ
歯が砕け
目が潰れた
散り散りとなった心の欠片
その中の一片に映る負け犬が
騒々しくも遠吠えを繰り返す
『涙を拭え』
『足元の砂を払え!』
『乱れた髪なんてどうでもいい!!』
『立ち上がって前を向けッ!!!』
……何となくだ
何となく緩慢とした動きで立ち上がり
それはそれは気怠げに顔を上げる
折れた爪を剥ぎ取った
砕けた歯を吐き捨てた
潰れた目でギロりと睨み──
ただ一言
「いい人生だった」
『溢れる気持ち』
たまーにですよ?
ホントにたまーに消えたくなることがあるんです。
明るい人。
楽しそうな人。
笑顔の人。
いわゆる幸せそうな人達を見るのが、自分は好きです。
何だか元気がもらえますからね。
……本当ですよ?
けれど同時に、ほんの少しだけ羨ましくも感じてしまうだけなんです。
青春だとか恋愛だとか、キラキラしていて眩しいぐらいで、自分なんかでは直視するのも難しいんです。
頭では分かっていても、ついつい想像しては羨ましく思うんです。
やっぱり羨ましいんです。
自分には無いものだから。
自分なんかには無理なものだから。
なんだかんだと羨ましいんです。
なんだかんだと羨んで、それに気付いて虚しくなるんです。
それに気付いて虚しくなって、最終的には消えたくなるんです。
消えたくなるんです。
自分よりも恵まれない人達なんて、探せばいくらでもいるのに……こればかりは仕方が無いんでしょうね。
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【あとがき】
アプリを開けた時に、皆さんの『もっと読みたい』が届くことがあります。
なかなか投稿できていない時でも、読んでくれている人がいるのは本当に嬉しく思います。
何時もありがとうございますね!
※人によって不謹慎に感じる描写があります。
予めご了承ください。
過去作のリメイクです。
『海の底』 200
高台にある学校から帰ると、我が家が海に沈んでいた。
学校から大通りを真っ直ぐ下り、その右手側。
何時もならそこに我が家が見えてくるのだが……そこは既に海の中であった。
(そうか、もうここまで海になったんだ)
ちょうど一年ほど前だったか。
なんの前触れもなく海面が上昇し始めたかと思えば、それは急速に私達の町を呑み込んでいったのだ。
人も車も家も、町にあるものは全て同じように海に呑まれては消えていく。
なんでも、そのまま海の底で眠っているのだとか。
別にこの町だけの話では無く、世界中で同じ様な現象が起きているらしい。
……まぁ、あまり詳しくは知らないけれど。
というのも、別にニュースで報道されたりしている訳では無いのだ。
ネットで調べてみても出てくる情報は個人のSNSだけ。
海に沈んだ町並みを背景に、高校生ぐらいの子達が記念撮影をしている画像が並ぶ。
何だか分からないけれど、きっとそういうものなのだろう。
そうして海を眺めてボーっとしていると、後ろから声をかけられた。
「あー! 〇〇ちゃんちょうど良かったわ。
ちょっと待っててくれる?
一度家に戻るから!」
それだけ言うと、こちらの反応も待たずに急ぎ足で坂の上へ戻っていく女性。
母の友人で、何時も私にも親切にしてくれる△△さんだ。
数分後、何かを持ってこちらに歩いてくる。
「コレ、前に〇〇ちゃんのお母さんに肉じゃが頂いたのよ。
その時に預かったのを返そうと来てみたら、〇〇ちゃんのお家がもう海に沈んじゃってるでしょ?
どうしようかと思ってたの!」
渡されたのはタッパーだった。
そういえば前に母からそんな話を聞いた気がする。
「『肉じゃが美味しかったわ』ってお母さんに伝えておいてくれる?
〇〇ちゃんも待たせちゃってごめなさいね。
風邪、ひかないようにね……?」
そうして△△さんは、今来た道を引き返して家へと帰っていった。
△△さんを見送った私は、取り敢えず我が家に帰るため海に入る事にした。
右足から入って左足、腰、胴、肩……そして頭。
全身が海にすっぽりと入ったが、不思議と体に対して浮力は無く、地面に足をつけて歩く事が出来る。
……恐ろしさは感じなかった。
それどころか、心が落ち着いていく感覚すらある。
そのまま我が家の前まで来た私は、玄関の鍵を回し扉を開ける。
「ガポァイバァ ー《ただいまー》」
口から泡を出しながら声をかけると、廊下の奥から鮫が現れ、ゆったりとした動きでこちらに向かって泳いでくる。
そしてそのまま私の目の前を通り過ぎると、開けたままだった玄関から外へと出て行った。
玄関を閉めた私は自室へと鞄を放り投げると、台所にタッパーを浮かべる。
そのまま両親の寝室に行き、中を覗いてみれば……二人とも既に布団へ横になり眠っていた。
メモ紙が浮いている。
『〇〇へ
先に寝ています
父、母より』
(……それぐらい見たら分かるよ!)
私の両親は二人ともおっとりしていて、少し天然気味だ。
この話題になると何時も本人達は否定するが、私は間違いないと思っている。
……ともかく、私ももう寝る事にした。
自室でパジャマに着替えた後、掛け布団と枕を持ってくると、両親の間に割入って横になる。
普段は一人で寝るのだが、今日ぐらいはこういうのも悪くないだろう。
(次に起きたら、肉じゃがのこと教えてあげないとな)
少しずつ眠りに落ちていく私の鼻先を、小魚達がくすぐった。
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【慰霊の言葉】
自然災害によって亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
※人によっては不快な表現があります。予めご了承ください。
『寒さが身に染みて』
震える指で煙草を吸う。
とある田舎の一軒家。それを取り囲む塀にもたれかかりながら、ため息と同時に紫煙を吐き出した。
自宅前の道を挟んだ路肩にある、少し前に新調されたばかりの街路灯が、自分とその周辺をぼんやりと照らす。
時刻は既に0時を回り、冬の寒さに肩を窄めながら空を見上げれば、田舎特有の綺麗な星空が広がっていた。
「……何してんだろな」
ポツリと言葉が漏れる。
こんな時節に、薄手のシャツとジーンズのみを着て、一人外で煙草を吸っている自分を自嘲する。
地元の高校を卒業した後、夢を叶えるために上京し、お金を稼ぎながら努力した。
苦労はしたが、少しづつ夢に向かって近付いていく感覚はとても心地良く、自分はその熱に浮かされていたんだ。
……実家の母から父が罹患し倒れたと聞いたのは、それから数年後の事だった。
その時に聞いた母の悲痛な話し声が、今も脳裏から離れない。
急いで帰郷した自分を待っていたのは、こちらに対して気丈に振る舞う母と、病室のベッドに呆けた様子で座っている父の姿。
……血栓症による脳梗塞だった。
母だけで介護は無理だ。
父を独り施設に預けるのもしたくない。
田舎だから家までヘルパーを呼ぶのも難しい。
だから……だから自分は──
──夢を諦めて家業を継いだんだ。
これは自分の選択だ。
自分の決めた人生だ。
自分を育ててくれただけでなく、身勝手な夢まで応援してくれた母と父に、少しでも恩返しがしたかった。
そのためなら自分の夢なんてどうでもよかった。
……どうでもよくなったんだ。
そう思っていた筈なのに、未だに自分の中では微熱が燻っている。
自分に言い聞かせるように、小さな声で俯いてボヤく。
「誰だって妥協しながら生きてるんだ。
何も自分が特別な訳じゃない。
そんなに引きづることなんてないだろ?
……なぁ、そうだろう??」
震える指で煙草を吸う。
何時もより紫煙が長く尾を引いたのは……きっと寒さのせいだろう。