鯖缶

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2/25/2023, 4:46:05 AM

美智代は孫娘の陽奈と公園に遊びに来ていた。
(あぁ、いい天気。)
遊びにと言っても、美智代は日向のベンチに腰掛け、陽奈は同い年くらいの子とブランコをこいでいる。たぶん陽奈は母親、つまり美智代の娘に「おばあちゃんとお外に行ってあげて」とでも言われたのだろう。外に出て青空を見上げて初めて、寒くて長らく籠もりきりになっていたことに美智代は気がついた。
見るともなしに景色を見ていると、陽奈がこちらに向かって来ていた。一緒に遊んでいた子はいつの間にかいなくなっていた。
「陽奈ちゃん、何か飲む?」
「ううん、いい。」
それならもう家に帰るつもりだろうと美智代は両足に力を入れようとした。しかし陽奈はそのまま近づいてくると美智代の隣にぺたりと座る。
しばらく足をぶらぶらとさせていた陽奈だったが、美智代の方を見て目が合うと「おばあちゃん、ちいさいいのちってなに?」と少しすねたような顔で言った。
「ちいさいいのち?」
美智代の脳内で「小さい命」と変換される。
「あぁ、そうねぇ…よくお母さんのお腹に赤ちゃんができたときなんかは小さな命が宿った、なんていうけど…小さい命がどうかしたの? 何かあった?」
攻めるような口調にならないように、ゆっくりと優しく美智代はたずね返す。
「むしのいのちはちいさいの?」
そう問い返す陽奈の真っ直ぐな目から、美智代は目を反らしたくなった。小さな子供の質問は、世中に折り合いをつけてきた大人をたびたび答えに詰まらせる。
「虫の命は」
一寸の虫にも五分の魂、なんて言葉があるが、それは命の大きさについて言葉ではない。陽奈は純粋に
人間より虫の命は小さいのかと聞いているのだ。
「小さい。おばあちゃんにとってはね。」
「じゃあ、ひなはおばあちゃんよりちいさいから、いのちもおばあちゃんよりちいさいの?」
「ううん、大きいよ。」
美智代は陽奈をじっと見みつめながら、自分の中でたくさんの気持ちが集まって形になり、伝えたい言葉に変わっていくのを感じていた。
「おばあちゃんは陽奈ちゃんのこと大好きだから、陽奈ちゃんの命は、体の大きな象さんより、世界で一番偉い人より大きいのよ。」
「じゃあだいすきじゃなくなったちいさくなるってこと?」
しまった、そうなるかと美智代は穏やかな笑顔はそのままに心の中で頭を抱えた。子供との会話はなんて難しいのだろう。
「もし、もしよ、おばあちゃんは陽奈ちゃんのこと大好きだからね、もし大好きじゃなくなったとしてもおばあちゃんにとって陽奈ちゃんの命が大きいってことは変わらないと思う。」
陽奈は美智代を見たまま首を傾げる。
「命の大きさは、人それぞれ…人によって…おばあちゃんや陽奈ちゃんのお母さんや陽奈ちゃんのお友達や…みんながみんな違う命の大きさの価値観を持っていて」
「かちかんってなに?」
「えーっとね」
上手く言葉にできないのがもどかしい。
「例えばね」
自分と娘が崖にぶら下がっている光景が頭に浮かぶが、それを選ばせるのはまだ早い。そしてたぶん落ちるのは自分だ、と美智代は思う。
「陽奈ちゃんは何の動物が好き?」
「うさぎ!」
陽奈の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、うさぎと…カメレオンが木の上にいるんだけど、落っこちそうなの。陽奈ちゃんが一匹だけ助けられるとしたら、どっちを助ける?」
言いながら、色々突っ込みどころがある質問になってしまったことを美智代は後悔したが、陽奈はそれを気にすることはなく「うさぎかなぁ」と答えた。先程のように断言しないところに、美智代は陽奈の優しさを感じた。
「そうしたら、それは陽奈ちゃんにとってはカメレオンよりもうさぎの命が大きいってことになるんじゃないかしら? でも、カメレオンを大好きな人はきっとカメレオンを助けるでしょうね。そうしたらその人にとってはうさぎよりもカメレオンの命が大きいってことになる。」
陽奈の眉間にしわがより「うーん」と言いながら前を向く。
その様子を見て、美智代はそっと息をついた。命は比べるものではない。でもそれはただの理想だ。
脳みそを働かせ過ぎたのか、久々に外に出たからか、ベンチに座っていただけなのに美智代はずいぶん疲れていた。よいしょ、と立ち上がる。
「でも、これはおばあちゃんがそう思っているだけだから、他にも色んな考え方があると思うよ。さて、そろそろ帰ろうか。お家に帰ったら、お母さんにも聞いてごらん。」
すると陽奈もぴょんとベンチから降り立ち「おかあさんにきいたら、そういうことはおばあちゃんのがじょうずにおしえてくれるよっていったの」とこちらを見て笑う。
美智代は陽奈と手をつなぎ家路を辿る。
難しい話を親に丸投げした、陽奈と同じくらい大きな命を持つ、今は母となった娘をどうやって叱ってやろうかと考えながら。

2/23/2023, 2:32:55 PM

僕はこたつに寝転がってスマホの画面を凝視していた。
太陽のようと褒められたのに顔をしかめる女の子、なぜなら彼女は、彼女は…。
(あぁ、やっぱり駄目だ…。)
大筋はできているのに、文章がまるでまとまらない。僕は書き途中の文をすべて消して《君のこと以外思い付かない。》と打ち込むと画面右上の【OK】に軽く触れた。
スマホを腹の上に置き、目を閉じる。頭の中の像がより鮮明になる。君の顔。君の姿。君の…。
不意に腹が振動した。もとい、腹の上のスマホが一定のリズムで震えている。画面に表示された名前を見て、つい頬が緩んだ。僕が書いていることを知っている唯一の人。
「どうかした?」
『…って、どう…う…み?』
「ん? 何? よく聞こえないよ。」
言いながら声量を調整する。
『この、君って、どういう意味?』
公開したのはついさっきだ。本当に読んでくれていたのかという喜びと気恥ずかしさが同時に沸き上がり、気持ちを落ち着かせるのに返事が遅れてしまった。その沈黙を返事と解釈したのか、彼女は話を進めていく。
『そのさ、君がこれを書いているのを知ってるのってわたしだけ、なんだよね。』
そうだよ、と相槌を返す間もなく彼女は続ける。
『それでさ、こういう文を投稿するってことはさ、この、君っていうのはさ』
「あぁ、ソレイユだよ」
スマホは急に静かになった。画面が通話状態でなかったら故障かと思っただろう。
『ソレイユ…って、太陽と向日葵の意味のフランス語だよね』
「よく知ってるね」
『お題が出たときに調べたから』
不自然なくらい自然に通話が再開される。
「僕がいうソレイユは、姉貴が飼ってる猫のことだよ。茶トラの猫。話したことなかったっけ? もう一匹白い猫も飼っていて、そっちは月の意味のリュンヌっていうんだよ」
『あ、そうなんだ。へぇ…それは、よっぽど可愛いんだろうね。』
「うん。すごく可愛いよ。最近会ってなかったんだけどお題を見た瞬間、ソレイユのことが浮かんだんだ。その上、次の日が2月22日で猫の日だろ、もう頭の中でソレイユが跳び回っちゃってどうしようもなくて。」
『あ、そうなんだ。へぇ、そうなんだね、そっかぁ。でもさ、それならさ、猫って書いたほうがさ、わかりやすかったんじゃないかなぁ。』
「だって、他の人たちは憧れの人とか好きな人のことを書いてるのに自分は猫のことって、なんか恥ずかしくて…わざと書かなかったんだ。」
『あ、そうなんだね、恥ずかしかったんだねー。…あ、急に電話したのに長々とごめんね。そっか、うん、ソレイユのことだったんだね、うん、わかった、じゃあ、またね。』
返事をする間もなく、通話は終了した。
今、画面の向こうで彼女はどんな顔をしているんだろう。ビデオ通話なら顔を見て話せたのに、そうしなかったのは顔を見せたくなかったからか。
(まぁ、それはお互い様か。)
怒っているだろうか、呆れているだろうか。いや、たぶん自分の早とちりを悔やんで真っ赤になっていることだろう。
そんな彼女を想像してまた頬が緩む。
ソレイユは本当に可愛い猫だ。それでも書くとなったら話は別で頭からは簡単に追い出せる。
でも君は違う。
君の顔。君の姿。君の声。触れる手、髪、呼吸、仕草、何もかもが目に焼き付いた太陽の光のように僕の頭から離れてくれない。
「あーなさけな…」
独り薄暗い天井に呟きかけ、また目を閉じた。

そして夜、まさか今日のお題が【Love you】だとは。
もちろん浮かぶのは彼女のこと。
さすがに連続で《君のこと以外…》は使えない。猫で誤魔化すのも無理がある。
昨日の今日、むしろ、今日の今日では
《Ilove you.》でも伝わらなそうだ。

2/23/2023, 1:27:31 AM

君のこと以外思い付かない。

2/22/2023, 1:12:34 AM

気になって見に行くと、部屋はがらんとしていた。
「やっぱり」
自分と同じ間取りの、それほど広くない部屋。
元々物を置かない子だったけれど、からっぽのそこはずいぶん広く感じる。
正面にある掃き出し窓のすぐ下には1枚の紙が置かれていた。
拾い上げて目を通す。
《ごめんなさい。やっぱりあなたの隣りにはいられない。何もないわたしと、あるあなた。あなたとわたしは全然違う。》
「そんなこと、ないよ…」
白い紙にポタリと丸いシミができる。字が、にじむ。
「いっちゃん…」
急に後ろから声がかかり、とっさに涙を拭って振り向く。
「にぃくん。ごめん、やっぱりいなくなってた。わたし、いつも隣りにいたのに、全然、わかってあげられてなかっ」
「いっちゃんのせいじゃないよ」
そういって抱き締めてくれるあなたはいつもわたしの隣りにいてくれる。わたしたちの間に誰かが来たとしても、隣りはあなたなんだと信じていられる。
「大丈夫。必ず帰ってくるよ。君の隣りに僕がいるように。」
「うん…」
わたしの手から、ハラリと紙が落ちる。
わたしの隣りのあの子、0からの置き手紙が。





2/21/2023, 1:10:50 AM

あるドラマのワンシーンへの感想

その1
今にも涙が零れ落ちそうに瞳を潤ませて、目の前の男を睨み付ける美女。
『あんたなんかに同情されたくない…!』
『俺は…違う、これは同情なんかじゃない、これは』
「愛だよね〜」
「下心だな」

その2
しんと静まり返った会議室で一人スクリーンを見つめる男。コンコン、とドアが控えめに叩かれ一人の女が現れる。
『なんだ、何しにきた。その目は…同情か…? それとも落ちぶれた俺をわざわざ見に来たってわけか』
『わたし…わたしは』
「愛だな」
「打算ね」

その3
胸ぐらを掴まれた青年がガシャンッと金網に押し付けられる。青年は一瞬顔をしかめたが、すぐに目の前の、昔は親友と呼べた自分と同い年の男を睨んだ。
『…っにすんだよ!』
『お前、なんでこんな』
掴んだ手が、声が震え、男の目から涙が滑り落ちた。
『同情なんてするんじゃねぇ!』
「うわぁ、愛だわ」
「えっ? 愛なの? 葛藤とかじゃなくて?」


暗くなりそうなお題だったので、こんな感じですみません。







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