鯖缶

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僕はこたつに寝転がってスマホの画面を凝視していた。
太陽のようと褒められたのに顔をしかめる女の子、なぜなら彼女は、彼女は…。
(あぁ、やっぱり駄目だ…。)
大筋はできているのに、文章がまるでまとまらない。僕は書き途中の文をすべて消して《君のこと以外思い付かない。》と打ち込むと画面右上の【OK】に軽く触れた。
スマホを腹の上に置き、目を閉じる。頭の中の像がより鮮明になる。君の顔。君の姿。君の…。
不意に腹が振動した。もとい、腹の上のスマホが一定のリズムで震えている。画面に表示された名前を見て、つい頬が緩んだ。僕が書いていることを知っている唯一の人。
「どうかした?」
『…って、どう…う…み?』
「ん? 何? よく聞こえないよ。」
言いながら声量を調整する。
『この、君って、どういう意味?』
公開したのはついさっきだ。本当に読んでくれていたのかという喜びと気恥ずかしさが同時に沸き上がり、気持ちを落ち着かせるのに返事が遅れてしまった。その沈黙を返事と解釈したのか、彼女は話を進めていく。
『そのさ、君がこれを書いているのを知ってるのってわたしだけ、なんだよね。』
そうだよ、と相槌を返す間もなく彼女は続ける。
『それでさ、こういう文を投稿するってことはさ、この、君っていうのはさ』
「あぁ、ソレイユだよ」
スマホは急に静かになった。画面が通話状態でなかったら故障かと思っただろう。
『ソレイユ…って、太陽と向日葵の意味のフランス語だよね』
「よく知ってるね」
『お題が出たときに調べたから』
不自然なくらい自然に通話が再開される。
「僕がいうソレイユは、姉貴が飼ってる猫のことだよ。茶トラの猫。話したことなかったっけ? もう一匹白い猫も飼っていて、そっちは月の意味のリュンヌっていうんだよ」
『あ、そうなんだ。へぇ…それは、よっぽど可愛いんだろうね。』
「うん。すごく可愛いよ。最近会ってなかったんだけどお題を見た瞬間、ソレイユのことが浮かんだんだ。その上、次の日が2月22日で猫の日だろ、もう頭の中でソレイユが跳び回っちゃってどうしようもなくて。」
『あ、そうなんだ。へぇ、そうなんだね、そっかぁ。でもさ、それならさ、猫って書いたほうがさ、わかりやすかったんじゃないかなぁ。』
「だって、他の人たちは憧れの人とか好きな人のことを書いてるのに自分は猫のことって、なんか恥ずかしくて…わざと書かなかったんだ。」
『あ、そうなんだね、恥ずかしかったんだねー。…あ、急に電話したのに長々とごめんね。そっか、うん、ソレイユのことだったんだね、うん、わかった、じゃあ、またね。』
返事をする間もなく、通話は終了した。
今、画面の向こうで彼女はどんな顔をしているんだろう。ビデオ通話なら顔を見て話せたのに、そうしなかったのは顔を見せたくなかったからか。
(まぁ、それはお互い様か。)
怒っているだろうか、呆れているだろうか。いや、たぶん自分の早とちりを悔やんで真っ赤になっていることだろう。
そんな彼女を想像してまた頬が緩む。
ソレイユは本当に可愛い猫だ。それでも書くとなったら話は別で頭からは簡単に追い出せる。
でも君は違う。
君の顔。君の姿。君の声。触れる手、髪、呼吸、仕草、何もかもが目に焼き付いた太陽の光のように僕の頭から離れてくれない。
「あーなさけな…」
独り薄暗い天井に呟きかけ、また目を閉じた。

そして夜、まさか今日のお題が【Love you】だとは。
もちろん浮かぶのは彼女のこと。
さすがに連続で《君のこと以外…》は使えない。猫で誤魔化すのも無理がある。
昨日の今日、むしろ、今日の今日では
《Ilove you.》でも伝わらなそうだ。

2/23/2023, 2:32:55 PM