鯖缶

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3/17/2023, 5:56:10 AM

書きたい欲が落ち着いたので小休止します。
読んでくださった方、ハートをくださった方、
本当にありがとうございました。 
                   鯖缶

3/16/2023, 1:59:18 AM

夜中、初めて二人で寮を抜け出した。
15分ほど走って向かったのは穏やかに波が打ち寄せる砂浜だった。
わたしと翠(みどり)は裸足になり、砂浜を駆け回る。
走り疲れて、二人揃って倒れるように砂浜に寝転がる。髪も制服も砂まみれにして砂浜に寝転がる翠の姿を先生方はもちろん、ご両親ですら想像し得ないだろう。
「こうして寝転んでみると、より星々が美しく見えるわね。」
「そうだね。」
月明かりに照らされいつにも増して白く美しい翠の横顔にわたしは微かな憂いを感じ取ったが、何も言わず星空に目を戻す。
翠が卒業後どうするのか、何をするのか、わたしはそれを聞くことができないまま今日の卒業式を迎えてしまった。
「茜。」
翠が名前を呼び捨てるのは学校の外、二人きりの時だけだ。
「何? 翠。」
翠の名前を呼び捨てにしているのはわたしくらいだろう。わたしも人目のあるところではさん付けしている。でないと注意されるからだ。
法城寺家の翠お嬢様。
それが翠について回る堅苦しい呼び名。
「わたくし…わたしね、茜と高等部で知り合えて本当に良かった。茶葉が浮いたティーカップも、お湯を入れるだけのスープも、息苦しいくらい人が乗った電車も、並んで食べたラーメンも…茜と知り合わなかったらどれもこれも知り得ないことでした。」
「笛になるラムネもね。」
わたしは思い出してふふっと笑う。
吹き加減が分からなかった翠は口からラムネが飛んでいってしまい、口を覆って真っ赤になっていた。
「もう、それは忘れて下さいって言ったじゃないですか。」
口調とは裏腹に翠は穏やかな笑みを浮かべている。
「忘れられないよ。あんなに、楽しかったこと。」
隣で翠が身体を起こす。長く艷やかな黒髪から砂がパラパラ落ちていく。
「あんなに楽しかった…もう、過去のことになってしまうんですね。」
翠が砂を握り、少しずつこぼしていく。
砂時計の砂が落ちるようにさらさらさらさら。
輝いていた時間が過ぎ去っていく。
「ねぇ、茜。キスしてもいいかしら?」
寝転がっているわたしからは翠の後ろ姿しか見えない。でもわたしには翠の泣きそうな顔が見えた。
「いいよ。」
わたしは目を閉じて想像する。
月明かりの中で、翠が泣きそうな顔をして振り返り、風に乱された髪を耳にかける。
耳元でサクリと砂が圧される音がする。
わたしの顔の横に手をついて、翠の顔がゆっくりと近づく。星の光を宿す潤んだ瞳からは一粒の煌めく星がこぼれる。
わたしは重なった翠の体を、砂で作ったお城に触れるように優しく抱きしめた。


外部の大学に進学したわたしが、翠が結婚して海外で暮らすことを知ったのはそれから2ヶ月後、人伝でのことだった。

3/15/2023, 1:06:28 AM

彼はいつも、わたしたちを安らかな瞳で見守っている。

「ペロ。ペーロ!」
名前を呼ぶとペロは億劫そうに立ち上がり近づいてくる。わたしは門扉の隙間から手を入れて頭を撫でた。
大きくて怖い顔をしているけど、おとなしい犬。
小学校の通学路を少し離れた家にいて、最初は男の子たちが根性だめしに寄り道していたが、おとなしいとわかると単純に会いに来る子供が増えた。
門扉には番犬注意のステッカーが貼られているが、少しやんちゃな子が足や手を振り上げたり、門扉をガチャガチャさせてもどこ吹く風という様子で、番犬として役に経っているとは思えない。
「もうおじいちゃんだもんね。」
門扉の隙間から両手を入れて、ペロの顎の下から首周りをわしゃわしゃと撫でる。すると眠たげだったペロの目が、何かを捉えたのか、まぶたが少し持ち上がった。
「あの、この辺の子かな?」
後ろから急に男の人の声がして、わたしは頭だけ動かしそちらを見た。
「カナシロ公園にはどうやって行ったらいいか、知ってる?」
「うん、知ってる…。」
男の人はわたしのそばにしゃがみ込んで、笑顔を見せる。
「友達とそこで待ち合わせしてるんだけど、初めて来たから道がわからなくなっちゃったんだ。よかったらそこまで連れて行ってくれないかな?」
「でも、知らない人についていったらだめだから…。」
「うーん、そっかぁ、困ったなぁ。」
そう言って、男の人は周りをキョロキョロと見回すが、立ち去る様子はない。
わたしはペロから手を離し「あの、わたしそろそろお家に帰らないと…。」と門扉の隙間から手を抜いたときだった。
ガシャンと大きな音を立て門扉が揺れると同時に、お腹の底に響くような犬の声がした。
振り向くと門扉に前足をかけたペロが歯をむき出して吠えている。
ペロが吠えるたびに、ガシャンガシャンと門扉が揺れる。
男の人が「危ない犬だよ、行こうか。」と腕を引くのも構わず、わたしは激しく吠え続けるペロを茫然と見ていた。
「こら! ペロ! 何してるんだ!」
玄関から男の人が出てきて、ペロの首輪を掴み門扉から引き剥がす。
「ごめん、こんなことする犬じゃないんだけど、大丈夫? 噛まれたりしてない?」
男の人は門扉を開けて出てくると、青い顔をしてわたしに話し掛ける。
わたしの目からはボロボロと涙がこぼれ出していた。
ぼやけた視界の隅には、寝そべってあくびをするいつものペロの姿があった。

後日、わたしはお母さんとお父さんと一緒に、人間用のお菓子の箱と、ペロ用のお菓子の袋を持って田町さんの家を訪ねた。
ペロの尋常じゃない吠え声を聞いて2階の窓から様子を見た飼い主の男の人、田町さんは慌てて外に飛び出した。
わたしと一緒にいた男の人は玄関が開くと同時にそそくさと立ち去ったそうだ。
ペロを叱りつけた田町さんだったが、泣いていて分かりづらいわたしの話をどうにか理解すると、わたしを門扉の中に入れてくれ、ペロを抱きしめさせてくれた。
田町さんも優しい顔でペロを撫でた。
そして田町さんはペロと一緒にわたしを家まで送ってくれて、家にいたおばあちゃんに事情を説明し、警察に連絡までしてくれた。

わたしは今日もペロを呼ぶ。
しっぽがぱさりと動いた。
いつも通りの安らかな瞳。
ペロはわたしたちを見守っている。

3/13/2023, 2:09:20 PM

わたしがわたしであると自覚したときから、隣を見ると彼がいた。
わたしと彼はいつも一緒。
ずっと隣で笑い合ってる。
結婚式ではケーキ入刀のとき顔にクリームをつけてたね。
新居に移ってからもずっと隣で、時には向い合ったり、背中合わせになったり、でもいつも一緒。
ずっと変わらないわたしたち。

でも、家が突然真っ暗になったこの日、あなたは初めて隣からいなくなった。
少し離れた場所であなたの顔が光って見えた。あなたの目から涙が溢れてる。
どうか一人で泣かないで。いつも隣にいたあなた。
すると体がふわりと舞って、気づけばあなたの隣にいたの。
あなたの光がわたしに移り、わたしの目からも涙が出てきた。
いつも隣にいるあなた。
あなたの顔はもう見えない。
けれど今、わたしとあなたは隣にいるだけじゃない。
あなたとわたし、ぼくはきみ、きみもぼく、わたしがあなた、どちらがどちらか分からないくらい混ざり合って溶け合ってとうとうぼくらは1つになった。



「え? 停電?」
「じゃあ、これつかっちゃわない? 結婚式のケーキにのってたやつ。」
「点火!」
「おぉ~、蒼斗君が燃えてる…。」
「1人だと可哀想だから、美里も一緒に…。」
「人型のロウソクって、火を点けた後のこと考えなかったのかなぁ。」
「あんまり見ていていい気分ではないよね。」
「溶けてくね…。」
「うん。」
「あ、あれみたい。」
「あれって?」
「錫の兵隊とバレリーナの人形の話。燃えてひとつになるんだよ。」
「燃えてひとつに…? え? それは…激しい夜的な話なの?」
「童話です!」

3/13/2023, 10:42:04 AM

「僕は、君のことをもっと知りたい。」
オレは知られたくねーんだよ!
顔に伸びてきた手を躱し、後退りしてスーツの男から距離を取る。
男はオレの逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと両手を広げながら、ジリジリと近づく。
オレのお気に入りの場所にこの男が現れるようになって、どのぐらい経つだろう。
最初に目があった時から嫌な感じはしていた。
犬が、遊び相手を見つけた時のような目をしてじっとオレを見続けていた。
犬と違うのはいきなり飛びかかっては来なかったということだが、その後のことを思うとむしろその場で飛びかかって来るだけの犬のほうがマシというものだった。
男は初めてあったその日から、オレの前に度々姿を見せるようになった。停めっぱなしのオンボロバス、ばあさんが気まぐれにネコ缶を置く公園、カラスに襲われずに日向ぼっこできる塀、そしてここ、生ゴミが置かれる路地裏。
遠くから見ているだけだったのが、次第に近づいてきて、魚か肉らしい匂いの何かをチラつかせるようになり、匂いにつられて近づくようになったら途端にこれだ。
「大丈夫だよ、怖くないよ。」
怖いんじゃ!
オレは精一杯の威嚇を試みる。毛が逆立ち、フーッという声が出る。
「あぁ、人に媚びないその姿、素敵だ。」
いかん、こいつ目がヤバい。逃げよう。
広がった腕の下を通ると見せかけて、飛び上がったが、動きが読まれていたのか男の腕に飛びつく形になり抱えられる。
く、不覚…! 
己の不甲斐なさに意気消沈したオレは、男のなすがまま前足の付け根を両手で掴まれ持ち上げられる。
人間の子供がする「たかいたか〜い」みたいな感じた。なんという屈辱。
「あぁクイーン、やっと君に触れた…ん? 君、オス? 」
なんだ! オスで悪いか! 
男の表情が明らかに曇る。
「なんてことだ…。」
さっさと離せこの変態が!
オレはギラギラとした目で男を睨む。
「君はキングだったんだね! 僕はなんて愚かな間違いを。そのオスライオンの様な風格! 威厳!
それでいて気品溢れる美しさ、君はやはり僕の運命の猫だ!」
オレは抗う気力を失った。
ランランと輝きを増した男の目から目を逸らす。今のオレにできる唯一の抵抗だった。


タイムオーバー。

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