鯖缶

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「僕は、君のことをもっと知りたい。」
オレは知られたくねーんだよ!
顔に伸びてきた手を躱し、後退りしてスーツの男から距離を取る。
男はオレの逃げ道を塞ぐように、ゆっくりと両手を広げながら、ジリジリと近づく。
オレのお気に入りの場所にこの男が現れるようになって、どのぐらい経つだろう。
最初に目があった時から嫌な感じはしていた。
犬が、遊び相手を見つけた時のような目をしてじっとオレを見続けていた。
犬と違うのはいきなり飛びかかっては来なかったということだが、その後のことを思うとむしろその場で飛びかかって来るだけの犬のほうがマシというものだった。
男は初めてあったその日から、オレの前に度々姿を見せるようになった。停めっぱなしのオンボロバス、ばあさんが気まぐれにネコ缶を置く公園、カラスに襲われずに日向ぼっこできる塀、そしてここ、生ゴミが置かれる路地裏。
遠くから見ているだけだったのが、次第に近づいてきて、魚か肉らしい匂いの何かをチラつかせるようになり、匂いにつられて近づくようになったら途端にこれだ。
「大丈夫だよ、怖くないよ。」
怖いんじゃ!
オレは精一杯の威嚇を試みる。毛が逆立ち、フーッという声が出る。
「あぁ、人に媚びないその姿、素敵だ。」
いかん、こいつ目がヤバい。逃げよう。
広がった腕の下を通ると見せかけて、飛び上がったが、動きが読まれていたのか男の腕に飛びつく形になり抱えられる。
く、不覚…! 
己の不甲斐なさに意気消沈したオレは、男のなすがまま前足の付け根を両手で掴まれ持ち上げられる。
人間の子供がする「たかいたか〜い」みたいな感じた。なんという屈辱。
「あぁクイーン、やっと君に触れた…ん? 君、オス? 」
なんだ! オスで悪いか! 
男の表情が明らかに曇る。
「なんてことだ…。」
さっさと離せこの変態が!
オレはギラギラとした目で男を睨む。
「君はキングだったんだね! 僕はなんて愚かな間違いを。そのオスライオンの様な風格! 威厳!
それでいて気品溢れる美しさ、君はやはり僕の運命の猫だ!」
オレは抗う気力を失った。
ランランと輝きを増した男の目から目を逸らす。今のオレにできる唯一の抵抗だった。


タイムオーバー。

3/13/2023, 10:42:04 AM