学校の帰り道、リュックを持ったまま急ぎ足で進む。
バッグの中には、隠したゲーム機たちと沢山のお菓子、お気に入りの布団、友達のぬいぐるみそして大好きな本を詰め込んだ。
もうそろそろ春休みというところで、
授業数も先生の監視の目も甘くなってきた今が絶好の機会なんだ。
道を逸れて、懐かしいボロ家の中に忍び込む。
昔の俺の家。
火事で焼けて半分くらい消えた家。
俺の部屋だけ無事で、父さんと母さんは部屋と一緒に焼けた。
土地の権利はまだうち、というか爺ちゃんにあるみたいで未だに取り壊されない家に入り浸っている。
俺の部屋だけはそのままだから、
まだほとんどの時間をバレないようにそこで過ごしてる。
昔からあったぬいぐるみの中に新入りを混ぜて、ちょっと埃のかぶったクッションの群れに飛び込んだ。
そのままゲームとお菓子を引っ張り出す。
ひとしきり日課の素材収集とかデイリーをやったら、
布団と本を引っ張り出して夜を待つ。
本に飽きたら、今度は趣味のものづくりに没頭する。
母さんはよく綿が散ってるとか破片が落ちてるとか怒ってた。
父さんはそれをよく諌めてた。
もう聞けないけど。
俺の部屋の窓からは外がよく見える。
そこからみる外が一番綺麗で好きだった。
煤けた窓ガラスから、ぼんやりと月が浮かぶ。
もう二度と幸せになれない部屋を映し出す。
俺から秘密にしなきゃいけない場所。
記憶から消したほうがいい場所。
なかったことに出来たらいい場所。
秘密の場所。
でもなんだってどうにも出来ない。
過ぎた時間は戻せないし、人体はそんな都合よくできてない。
月がてっぺんまで登った。
こんくらいになると爺ちゃんが迎えに来る。
さっさと荷物をまとめて、余った時間でぬいぐるみを整える。
お菓子は結局食べなかった。
足音が聞こえる。
ベッド代わりになってくれたクッションを
綺麗に積み上げて、立ち上がる。
ドアが開いて、懐中電灯の明かりが俺を照らした。
秘密の場所とぬいぐるみに別れを告げて、手を引かれるままに帰る。
爺ちゃんはこの時だけ俺に何も言わない。
顔も見えないから何を考えてるのかもわかんない。
でも手は冷たくて、それでいてしっかりと握るから怖いだろうなと思ってる。
愛娘と義息子が死んだ家。
それに入り浸る孫がどう映って見えるのか。
道の途中で振り返る。
まだ焦げた秘密の場所。
ばいばいが言える日まで、後何日だろうと視線を戻した。
目に映る貴方はいつも歌っていたような気がする。
その姿が色濃く残っているだけなんでしょうけど、
それしか残んないくらい、よく歌ってたな。
いっつも違う歌を何個も歌っていたけど、
順番が違うだけでラインナップは同じだった。
気になってつい調べちゃったんだよなぁ、貴方の歌ってたやつ。
全部、死んだ人を思ったり後悔する歌だった。
誰にも吐き出せなかったか、閉じ込めることで解決しようとしたか。
結局歌としてこぼれていたみたいだけどね。
貴方が最後に歌ってたのは確か、火を付ける歌と子供を隠す歌。
連れて行ったんでしょう。
自分の弟も一緒に。
ガソリンをまいて、マッチに火をつけて、眠った弟を抱きしめて。
炭になって、性別の特定さえできなくなってたらしいよね。
どんな顔でそうしたの。
どんな顔で死んだの。
私の中には今でも貴方の歌が響いているよ。
安らかな寝床に火をつけるように、私を焼いてんの。
貴方を焼いた火の余波がさざめくように染み付いてる。
貴方の歌っていた歌を、今度は私が歌ってる。
染み付いた後悔。
貴方へ巡らす思案。
あなたと同じように。
きっと死に方も同じになるでしょうね。
貴方だけが色濃く残っているんだから。
私はお昼時に出歩くのが好きだ。
お昼時には、風がその家の食卓の匂いを運んでくれる。
一つ一つの家の情景、その家に住む、作った人と食べる人。
そういうのが伝わるようで好きなんだ。
風は、いつも私に「知らない」を教えてくれる。
遠い遠い旅路を歩んできた風が、無学な私の世界を広げてくれる。
子供は風の子、なら風は親で先生なんだ。
ひとしきり街を歩き終わったあと、家に帰る。
私には、ああいう食卓がない。
母親は早くに他界。父はそれで気を病んで病棟へ入った。
今の私は、近所の方のご厚意と遠方にいるらしい親戚のお金で生き延びている。
食卓は私の憧れだ。
みんなで囲むのは、もう私の家じゃ難しい。
だから、せめてお父さん。
帰ってきたら、もし合うことができたなら。
教えてもらったあなたの大好物を沢山並べて、
あなたの笑顔を見れる食卓を作りたい。
みんなと同じように、風に食卓を運んでほしい。
なんて願うんだ。
頭の中には唐突に問が出てくるものだと思う。
少なくともおれにとってその事象は身近なものだった。
道を歩いてるだけでもそれは出てくる。
おかげで退屈はしないが、染み付いたそれは「集中する」ということをさせてはくれない。
思考が滲む感じだ。
雨が降って屋根が濡れるくらい自然で、とめるのは難しい。
意味のない音になって響くもんだから耳をふさぎたくなる。
ふさいだって頭の中で響いてるから、おれが変なヒトになるだけだった。
紙に書きだしゃ少しはマシになったから、おれのポケットは何時もメモ帳で一杯だった。
部屋も、問だらけの紙っぺらで埋まってた。
全部、最後まで考えれたことはない。
感がてる途中で別の問が出てくるから、諦めるしか無かった。
質量保存の法則とやらを、おれの頭にも当てはめてほしかった。
そうこうしてるうちにメモ帳が一杯になった。
また買うのかぁ、と自分に呆れながら顔を上げる。
いつもの家。壁には今まで書きなぐった問と答え達。
一個一個見直して、今日浮かんだのと同じのがあったら
書いた紙をゴミ箱へ放り込んで、寝る支度をする。
今見てるの現実じゃなくて夢かもしれないという問だけ、
気づかないようにほっぽったまんま。
気付いちゃったら危ないから、
気づかないようにベッドの裏に捨てた。はずだった。
風かなんか押し出されてきたそれを、おれはちゃんと見てしまった。
なんだろうと思って、答えが知りたくて。
問が出てきたら、答えるまでがセットだ。
今までの唐突の積み重ねに動かされて、向き合った。
胡蝶の夢のようだった。
いつの間にか寝ていて、問の答えは出てなかった。
働かない頭で、自衛のためにその問を隠した。
学校に行っても帰り道でもそれは鳴り響いてうるさかった。
帰って、今度は地面を見ないように。
記憶だけでベットに飛び込み天井だけを見る。
父さんが首を吊った跡。
隠したそれと同じ事を考えてああなったのと覚えてる。
二の舞いにはなりたくないという答えが出たから、
今日からもその問を隠し続けた。
幾数年を経て、この寂れた駅に、荒れ果てた里へ帰ってきた。
民家はとうに朽ち果て、人の気配はない。
そのような場所でも、来た理由が私にはある。
約束を果たさねばならない。
あの日にした小さくて悲しい約束を。
彼女の墓へお参りに行くというだけの約束を。
たったそれだけを、やっといま叶えに来た。
荒れたあぜ道を進み、苔の生えた石階段を登り、山頂へ向かう。
ようやく登り終えたその先に、彼女の眠る場所があった。
里を一望できる山の上。
彼女の愛した大桜の隣に、彼女の墓標が立っていた。
桜によく似た紅葉李を供え、手を合わせ深く目をつむる。
彼女の約束を、よく覚えている。
「 私は長く生きられない。
あの桜の隣に墓を作るから、どうか来てほしい。」
ようやく叶えたそれはあまりにもあっけなかった。
墓標の隣へ座り込み、共に過ごした里を眺める。
もう思い出は何もでてこない。
貴女の声も、思い出すには時が経ちすぎてしまった。
別れを告げて、夕暮れの中駅まで戻る。
電車が来たその時、最後に見返したその故郷の中に。
よく見知った綺麗な黒髪が見えた気がしたのは、
気の所為ではないだろう。