大狗 福徠

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幾数年を経て、この寂れた駅に、荒れ果てた里へ帰ってきた。
民家はとうに朽ち果て、人の気配はない。
そのような場所でも、来た理由が私にはある。
約束を果たさねばならない。
あの日にした小さくて悲しい約束を。
彼女の墓へお参りに行くというだけの約束を。
たったそれだけを、やっといま叶えに来た。
荒れたあぜ道を進み、苔の生えた石階段を登り、山頂へ向かう。
ようやく登り終えたその先に、彼女の眠る場所があった。
里を一望できる山の上。
彼女の愛した大桜の隣に、彼女の墓標が立っていた。
桜によく似た紅葉李を供え、手を合わせ深く目をつむる。
彼女の約束を、よく覚えている。

   「      私は長く生きられない。
    あの桜の隣に墓を作るから、どうか来てほしい。」

ようやく叶えたそれはあまりにもあっけなかった。
墓標の隣へ座り込み、共に過ごした里を眺める。
もう思い出は何もでてこない。
貴女の声も、思い出すには時が経ちすぎてしまった。
別れを告げて、夕暮れの中駅まで戻る。
電車が来たその時、最後に見返したその故郷の中に。
よく見知った綺麗な黒髪が見えた気がしたのは、
気の所為ではないだろう。

3/4/2025, 4:08:22 PM