優しさ
ぼんやりと月を見上げる者がいる。
あなたのことである。
ぼんやり光る月を、同様にぼんやりと、
無感情で感情を考えるように見上げているあなたである。
ぼんやり光る月がある。
”大切なこと”である。
大切なことは、無論大切で、大変大切で、
核たるものになりえる大切なものなので、
後生大事に浮かんでいるのである。
しかし遠くにいるのだから。
そうであるのだから当然手は届かない。
しかし、霧だって泣いているし。
雨だって、大声をあげるのだし。
あの日の空は、とても弱くて薄く凍えたから。
多分、多分、きっとそういうことなのだろう。
守れはしない。
ぼんやりと、月を見上げるあなたなのである。
守れなくとも、見上げる、見上げているあなたなのである。
特別な夜
特になんともない深夜にこそ人は弱る。
何もないの状態異常が体を
締め上げて、溺れさせて、痺れさせて、視界を奪って、蝕んでいく。
そんな夜にあなたが偶然いた。
そんな夜にあなたは偶然私の隣に座った。
大丈夫だよ。
なにが、とかなんで、とか言われてもわからないけど、
でも大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ。
そんな夜に、あなたは偶然そう、言った。
言って、くれた。
それだけで今日は特別な夜。
私の状態異常が解けたそんな夜。
閉ざされた日記
私は空虚だ。実に空虚だ。
平々凡々な人間が平々凡々な日々を過ごす。
全くもって面白くない。
谷がないのは良いことだけれど、山がないのはよろしくない。
全くもってつまらない。
もしこれが演劇であるのならば、駄作間違いなしだ。
トマトも生ゴミも四方八方から投げ込まれることだろう。
途中退席者も出るだろう。怒号さえ飛び交うだろう。
いや、いや。
それさえも、ないのかもしれない。
私の空虚は、演劇には。
誰も、何も、観客がいないのかもしれない。
私の空虚は正しく空虚のまま、誰にも観測されず愛されることなく。
正しく、正しく空虚のまま。
空虚のまま。空虚のまま・・・。
私は、私は正しく、虚しい。
木枯らし
寒い木枯らしの吹く日にあなたは教えてくれた。
愛というものはね、最も手早くて簡易的な呪いなんだよ。
ずぶ濡れたコートみたいに、着ても脱いでも寒くって、
ぼろぼろの布団みたいに、あってもなくても苦しいの。
だから私は愛はいらない。
最初からなければ、知らなければなんともないのだから。
目の見えない人が、見えなくて可哀想
と言われてもわからないように。
耳の聞こえない人が、聞こえなくて苦しいね
と言われてもわからないように。
知らないことは、弱みだけれど大きな盾になってくれる。
だから愛を知らないままでいる。
これが私の選択。
でも、けれども。
木枯らしの吹く日にあなたが教えてくれたものは。
木枯らしの吹く日にあなたが与えてくれたものは。
あれは、愛ではないと言えるのか。言えるのだろうか。