私はお昼時に出歩くのが好きだ。
お昼時には、風がその家の食卓の匂いを運んでくれる。
一つ一つの家の情景、その家に住む、作った人と食べる人。
そういうのが伝わるようで好きなんだ。
風は、いつも私に「知らない」を教えてくれる。
遠い遠い旅路を歩んできた風が、無学な私の世界を広げてくれる。
子供は風の子、なら風は親で先生なんだ。
ひとしきり街を歩き終わったあと、家に帰る。
私には、ああいう食卓がない。
母親は早くに他界。父はそれで気を病んで病棟へ入った。
今の私は、近所の方のご厚意と遠方にいるらしい親戚のお金で生き延びている。
食卓は私の憧れだ。
みんなで囲むのは、もう私の家じゃ難しい。
だから、せめてお父さん。
帰ってきたら、もし合うことができたなら。
教えてもらったあなたの大好物を沢山並べて、
あなたの笑顔を見れる食卓を作りたい。
みんなと同じように、風に食卓を運んでほしい。
なんて願うんだ。
頭の中には唐突に問が出てくるものだと思う。
少なくともおれにとってその事象は身近なものだった。
道を歩いてるだけでもそれは出てくる。
おかげで退屈はしないが、染み付いたそれは「集中する」ということをさせてはくれない。
思考が滲む感じだ。
雨が降って屋根が濡れるくらい自然で、とめるのは難しい。
意味のない音になって響くもんだから耳をふさぎたくなる。
ふさいだって頭の中で響いてるから、おれが変なヒトになるだけだった。
紙に書きだしゃ少しはマシになったから、おれのポケットは何時もメモ帳で一杯だった。
部屋も、問だらけの紙っぺらで埋まってた。
全部、最後まで考えれたことはない。
考えてる途中で別の問が出てくるから、諦めるしか無かった。
質量保存の法則とやらを、おれの頭にも当てはめてほしかった。
そうこうしてるうちにメモ帳が一杯になった。
また買うのかぁ、と自分に呆れながら顔を上げる。
いつもの家。壁には今まで書きなぐった問と答え達。
一個一個見直して、今日浮かんだのと同じのがあったら
書いた紙をゴミ箱へ放り込んで、寝る支度をする。
今見てるの現実じゃなくて夢かもしれないという問だけ、
気づかないようにほっぽったまんま。
気付いちゃったら危ないから、
気づかないようにベッドの裏に捨てた。はずだった。
風かなんか押し出されてきたそれを、おれはちゃんと見てしまった。
なんだろうと思って、答えが知りたくて。
問が出てきたら、答えるまでがセットだ。
今までの唐突の積み重ねに動かされて、向き合った。
胡蝶の夢のようだった。
いつの間にか寝ていて、問の答えは出てなかった。
働かない頭で、自衛のためにその問を隠した。
学校に行っても帰り道でもそれは鳴り響いてうるさかった。
帰って、今度は地面を見ないように。
記憶だけでベットに飛び込み天井だけを見る。
父さんが首を吊った跡。
隠したそれと同じ事を考えてああなったのと覚えてる。
二の舞いにはなりたくないという答えが出たから、
今日からもその問を隠し続けた。
幾数年を経て、この寂れた駅に、荒れ果てた里へ帰ってきた。
民家はとうに朽ち果て、人の気配はない。
そのような場所でも、来た理由が私にはある。
約束を果たさねばならない。
あの日にした小さくて悲しい約束を。
彼女の墓へお参りに行くというだけの約束を。
たったそれだけを、やっといま叶えに来た。
荒れたあぜ道を進み、苔の生えた石階段を登り、山頂へ向かう。
ようやく登り終えたその先に、彼女の眠る場所があった。
里を一望できる山の上。
彼女の愛した大桜の隣に、彼女の墓標が立っていた。
桜によく似た紅葉李を供え、手を合わせ深く目をつむる。
彼女の約束を、よく覚えている。
「 私は長く生きられない。
あの桜の隣に墓を作るから、どうか来てほしい。」
ようやく叶えたそれはあまりにもあっけなかった。
墓標の隣へ座り込み、共に過ごした里を眺める。
もう思い出は何もでてこない。
貴女の声も、思い出すには時が経ちすぎてしまった。
別れを告げて、夕暮れの中駅まで戻る。
電車が来たその時、最後に見返したその故郷の中に。
よく見知った綺麗な黒髪が見えた気がしたのは、
気の所為ではないだろう。
ひゅうひゅうとという音につられ、上体を起こして窓の外を覗く。
季節はとうに秋になっていたようで、枯れ葉がひらりと風に手を引かれるように落ちていく。
見飽きた室内の中で窓の外は唯一私に娯楽を与えてくれた。
流され踊り舞う枯れ葉を目で追い続ける。
一枚、そしてまた一枚と落ち葉へ変わり無情にも片付けられる。
窓を開けて葉へ手を伸ばしたいが、鍵をかけられていて到底叶わない。
いつになったら、この病は治るのだろうか。
与えられた本は読み尽くした。
絵を書く紙もなくなった。
鉛筆も消しゴムもとうになくなった。
両親はいつの間にやらこなくなった。
看護師も必要最低限の用だけこなして消えていく。
枯れ葉はまだ舞っている。
これほどつまらない長生きならば、あの枯れ葉のように短く鮮やかに死んだほうがよほど良い。
退屈は人を殺す。
与えられた本の中にそういうフレーズがあった。
なんがしかの哲学書だったろうそれは落として怪我した日に捨てられてしまった。
あの本はどこへやられたんだろうか。
私の知らない遠くで誰かに読まれているんだろうか。
枯れ葉の数が減っていく。
木々はもう痩せこけて、冬を耐え凌ぐ用意をしている。
夏には凛と立っていた其れ等は見る影もない。
老人のようだ。私はそこまで生かされるんだろうか。
そこまでする意味はあるのだろうか。
気に入っていたあの本に、近いことを考えたものがあった気がする。
もう読み直すことも叶わない。
買い直すことも難しいだろう。
枯れ葉はもう落ちてこない。
窓を覗くのをやめて、上体を倒す。
真っ白な天井。繋がれた点滴。眩しいライト。
周りに散らばる遊び道具だったものたち。
もう一度、変化はないかと窓を見た時に気づく。
鍵がかかってない。窓を開けられる。
さっさと開けて手を伸ばしてみればよかったと後悔しつつ、思考はそこから発展していく。
ここは二階。下は芝生と低木。人通りは少ない。
降りることは、決して難しくはない。
そこまで思い至れば早かった。
点滴を無理やり外して、シーツをロープ代わりにして降りる。
初めての外は、ライトより明るくって、暖房よりも暖かい気がした。
ひらりと舞う枯れ葉が、木々が、芝生が。
窓の外の友人たちが私を歓迎してくれた。
私は本を読むのが好きなんです。
だって、その本には作者の価値観倫理観死生観が現れるんです。
特に、その主人公に。
今読んでいるこの本はそれが顕著に表れています。
私は主人公になりきるのが好きなのです。
次に呼んだこの本には、あまり其れ等が見られないね。
だからこそ高鳴ってくるんだ。
心の内を暴くような、強大な秘密を解き明かすような気分がする。
その次に読んだこの本は絵本なんだ。
ヒーローのお話だからめいっぱい書いた人の感覚が伝わってきて楽しいよ。
こういうふうに、さまざまな本を読み続けるのが好きなんですの。
それは俺自身の世界も広まっていくからな。
他人と脳を共有しているってゆーかんじ?なのかな?
不思議な感覚でまるで溶けてしまいそうになるよ。
まだ混ざるよ。
取り留めがないの。
辞め時を失ってしまってね。
・・・・あれまぁ。
わたしって、どなたかしら?