「束の間の休息」
好きでもないコーヒーを飲むが、その行動にかちを
「刹那」
多くの人がきしめきあい、互いが互いを牽制しあっている。誰もが互いの隙を疑い、今か今かと待ち構えている。
目の前の人々を選別し、どの位置につけばいいのか心理戦を繰り広げている。
かくゆう私もその心理戦を繰り広げる戦士たちの1人である。
私の予想では左前の男はかなりチャンスだ。少しだけではあるが焦りが見えるし、さらに言えば正面をまっすぐに向いているのは「つぎ」がある証だろう。
そして、その時はきた。
ーーチャンスだ…‼︎
目の前の男が動き出した。
私はすかさず荷物を片手にもち、右足を一歩前に出す。
勝利が間近と思われた瞬間、黒い影が目の前を通る。
「…‼︎‼︎⁉︎」
はやい。あまりにも速すぎる。
歴戦の戦士であろう壮年の男は私が踏み出す頃には既にポジションに入ろうとしていた。
ふざけるな。
どう考えてもソイツは私の獲物だろう…‼︎
私はイラついていた。ここでもしこの男を許してしまえば、次に私が安息を得るのはいつになるというのか。
ここで情けなく諦めるのか。
いや、そうではないだろう!!
私は自分の持つ全ての筋力をフル動員し、思いきり腰に捻りを入れた。
その刹那、男と私の目があった。
男はどこか讃えるような目をしていた。
ーーーー次は、中野、中野です。
アナウンスとともに私の尻は椅子についた。
ーー私は、勝ったのだ。
この椅子取りというデスマッチに。
どこか込み上げるものがあった。
もしかすると疲れてたのかもしれないが、とにかく何か大きな達成感を得た気がして私は泣きそうになっていた。
そうして涙を溜めながら座っていると、右手の扉から女性が乗車してきた。
「………」
その女性は少しだけお年を召していた。
「…………………」
その女性は杖をついていらした。
「………………………………席、お譲りします。」
遂に私は涙を落とした。
『もしも未来を見れるなら』
今日は失敗続きだった。
定刻通りに間に合うはずだったのに人身事故で会社に遅刻し、取引先の初顔合わせに向かったと思えば、鳩のフンが頭にかかり、ようやく家に帰れば食材が家に一つもない。
今はヤケクソでコンビニに向かっているところだ。
思えば俺は生まれてこの方運のない男だった。
なにをやるにもアクシデントが発生し、部活も受験も就活も、あるいはゲームだってうまく行ったためしはない。
もしも俺が少しでも先のことがわかれば俺の世界は圧倒的に変わっていたことだろうに。
「もし、そこのお方。『もしも未来を見れるなら』と考えませんでしたか?」
「うお!」
暗闇の中からぬっと黒いローブを着た男が現れた。
正直気味が悪い。
「誰だお前は!」
「まあまあ、誰であってもよいではないですか。それよりも、今、『もしも未来を見れるなら』と考えませんでしたか?」
「だとしたらなんだ?」
「いや、なに、貴方の望みを叶えようと思いまして」
「怪しい男だな、そんなことできるわけないだろう」
「いえ、できますよ」
「嘘をつくな」
「嘘ではありません」
「じゃあやってみろ!!」
正直その日はヤケクソだった。
ローブの男がニヤリと笑うと、あたりの景色がブワッ闇に覆われた。
「なんだこれは!!」
「また、一月後にお会いしましょう。」
俺の意識はそこで途絶えた。
ーーーーーーーーー
チリリリリリ…チリリリリリ…チンッ!
気づけば朝になっていた。
目覚まし時計のさす時刻は5時。出社は8時だから7時に家を出れば間に合うだろう。
俺は朝御飯を作りつつ昨日起きたことを振り返っていた。
「あのローブの男は…夢の出来事か?」
昨夜の出来事がどうにもあやふやだ。確かに俺はコンビニに夜食を買いに行ったはずだが、そのあとがどうにも思い出せない。
こうして家に帰れているので問題は無いと思うが、記憶にあるローブの男に家を荒らされていたらたまったものではない。
時間もそれなりにあるし少し家を点検しておくか。
いや、それをすると人身事故があるし遅れるな。帰ってきてからにするか。
俺はそんなことを考えながら、朝御飯をモソモソと食べていた。
…ん?
「人身事故があるだって?」
なぜ俺はそのようなことを思ったのだろうか。まるで、何かが見えていたかのように…
まあ、何にせよ早く行くことに越したことはない。
俺はいつもよりも30分早い6時半に家を出た。
そしてその日、俺が会社についたころ人身事故が発生し、同僚が遅刻した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
それからというもの、俺の人生は一変した。
トラブルは事前に防ぎ、用意は周到で、鳩のフンにはまみれない。
それもこれも、『未来』が見えるようになったからだ。
ようやく黒ローブとのやりとりを思い出したが、どうやらあの怪しげな男は本物だったらしい。
何をやるにしても見通すことのできるこの未来視をくれたあの男には正直に言って感謝しかない。
おかげで取引先から持ち込まれる仕事の話はふってくるようだし、この一月の成果をみた上司が俺の昇進を検討しているらしい。
俺の『未来』は安泰そのものだった。
そんな軽い足取りで、今日も無事に出社をしている時だった。
「きゃあああ!!」
そんな声を聞き、パッと声をした方を向けば目の前には勢いのついた車とそれを呆然とみる子供が。
『未来』が見えたんじゃなかったのか!!
俺は忙しいでかけだしたが、咄嗟に
ーーこの行動で人生が一変する。
そう『視えて』しまい、足がすくんだ。
ーーーー
「やあやあ、こんなところにいましたか」
月が綺麗な夜、俺が窓をぼーっと眺めていると、カーテンの陰から黒ローブがぬるっと現れた。
「……お前か」
普通にドアから入ってくることはできないのか。
俺は黒ローブを呆れた目で見たあと、また、窓をぼーっと見ていた。
「おや、最初のように驚いてはくれないのですね」
「まあ、病室ほど穏やかだとな。心も静かになるんだと思うぞ。」
結果として、あの轢かれそうな子供は助かった。
代わりとして俺は体の節々の骨をおり、無事病室入りとなった。
「どうでしたか?この一月は。」
「楽しかったぞ。万能感もあったし、実際生活は鰻登りでよくなっていった。…まあ、最後に一変したが。」
うちの会社は忙しい。
こうして俺がのんびり病室にいる間にも、取引先は新しいパートナーをみつけ、俺の代わりに誰かが昇進候補になっていることだろう。
つまり俺の一月は無駄になったわけである。
「お前はこの『未来』がわかっていたのか?」
「いえ、『未来』は誰にもわからないですから」
「…そうか」
そのあと、しばらくの沈黙が続いたあと俺は切り出した。
「未来視の能力なんだがな。できればなくすことはできないか?」
「おや、いいのですか?」
「ああ、俺には向いてないらしい」
俺はローブの男に顔を向け、話した。
「未来を見れるってのは便利なんだが、今を置き去りにしてしまうんだな。俺は、あの時、今起きていることと未来のことを天秤にかけてしまった。」
もしあと一歩遅れていたらあの子供は死んでいただろう。俺は自分の未来のために目の前の命を見捨てていたかもしれないのだ。
「それに、今まで『過去』や『未来』のことは考えてきたけど、『今』のことはなにも考えてなかったなって思うしな。未来視は邪魔なんだ。」
「そうですか」
「そうだ」
俺はそれだけいうとまた窓に目を向けた。
「これからどうするんです?」
「うーん、そうだな。今の会社は辞めると思うな。正直忙しすぎるとは思ってたんだ。あとは、本当にやりたいことを探すんだと思う。あるのかはわからないが。あ、学生時代はよく釣りとかしてたな…」
今と未来と過去が混ざり合っては消えていく。
向いてないと思っていたが、こういう楽観的な生き方も俺はできるらしい。
「なるほどなるほど。では未来視は返していただきましょう。」
「是非そうしてくれ」
「ところであなた」
「なんだ」
「人生が一変しましたね」
ん?と思って黒ローブの方を見ると、そこにはもうアイツはいなかった。
まあ、いいかと思いつつ、
俺はまた綺麗に輝く月を眺め始めた。
『ここではない、どこかで』
「すみません、一度お会いしたことはありませんか?」
学校の帰り道、急に女子学生がそう話してきた。
しかし、俺は見覚えがないので「違います」と否定した。
「ここではない、どこかであなたとあった気がします。」
これは所謂ナンパ、それも逆ナンというやつなのかもしれない。そのような経験は一度もなかったので、やや興奮をしつつ「もしかしたらそうかもしれません」と返した。
「少し、お話しませんか?」
女がそんなことを言ってきたので俺は二つ返事で了承し、近くの喫茶店へと入った。
「私はコーヒーにしようと思うのですが、貴方は何を飲みますか?」
女はよく見ると非常に綺麗な顔立ちをしていた。スラリとしたスタイルと、艶やかな長髪を持ち、つり目気味の目が非常に良い。
今までに男に困ったことなどなさそうなこの女に対して俺は少し誘いに乗ったことを後悔し始めた。
何かしらの罰ゲームか、あるいは詐欺のようなものを俺に対して行うのだろうか?
心配になってきた俺はチョコチップカフェモカフラペチーノを注文しつつ、女に美人局ですか?、素直に尋ねた。
「いいえ、違いますよ。単純に貴方に感じるものがあったんです。」
ついに俺にも春が来たらしい。
「貴方は普段何をやられてるのですか?」
俺は素直に脚色して答えた。
「普段は学校に行き、放課後に本を読んでいます。最近ハマっているのはニーチェのツァラトゥストラはこう言った、です。やっぱりなんていうのかな。虚無主義というか、神が死んだことに対するニーチェの虚無感がヒシヒシと伝わって凄いいいんですよね。うん。何度も読んでしまうっていうか。悲観的な感じに浸るのが、なんというかいいんですよね。」
俺はニーチェの本なんて一度も読んだことはなく、明らかに薄っぺらい感想になってしまったが、彼女は感動したと言わんばかりに何度も頷いている。
これは付き合えちゃうのでは?
「やはり、貴方は現実における真実を疑っているんですね。私の見込み通りだった。」
全言撤回だ。これは付き合っちゃいけないやつだ。
もしかして、宗教的なやつですか?と俺は素直に聞いた。すると、女は軽く笑った。
「いいえ、宗教勧誘ではないですよ。」
全言撤回だ。勧誘でなければ付き合ってしまおう。
女の笑みが可愛すぎた俺は完全に虜になっていた。
俺は、自分の名前を伝え彼女の名前を尋ねた。
「私ですか?私の名前は白河京子。
またの名を、卍緋彩のスカーレットナイト卍です。」
なるほど、少し時間をください、と俺は言った。
色々と頭の中の整理がおれにはできていなかった。何にせよよく分からないが、よく分からない世界が今目の前に広がっていることは理解した。
「田中太郎さん、いや、卍慟哭のクライベイビー卍」
ださ。流石にダサすぎるだろ。そのあだ名は。
というかさっきから気になってたんだが、コーヒー全然飲めてないな。絶対カッコいいって理由で苦手なのに注文したろ。
「その左手の包帯、右眼の眼帯でわかりました。私達は同志であると。」
ただの怪我である。
「私と共に世界を変えませんか?」
どうやってだよ。
いい加減にしろと俺は言いたかったが、あまりの勢いに俺はわかりました、と言ってしまった。
すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「では、わたしも色々準備がありますので、明日の8時にまたお会いしましょう。」
なんの準備をするというのか。
謎の支度と早すぎる集合時間を前にして、俺はこれから先に待っている未来に不安が募った。
「待ち合わせ場所はどこがいいとかはありますか?」
そこは選択権はあるのか。
少し考えを巡らせ後、俺はこちらを見ている周りの人を見渡してこう言った。
「ここではない、どこかで…」
『星空の下で』
ふと目を覚ましたら、あたりには何もなかった。
どこまでも平原が続き、身を貫くような冷たい風が頬を撫でる。
「ぶえっくしゅん!!」
周りを見てみれば乱れたスーツと鞄が散らばっている。
そうか、俺はいま半裸状態なのか。
ちょっとまて。
なんで半裸状態なんだ。
俺は急いで服を着てここに至るまでに何があったのか思いだすことにした。
今日はたしか、そう、呑み会があったはずだ。
毎年恒例の新年会を行って、後輩を励まし、同期と語り、上司に接待し、いい感じに締めたはず。その後に二次会に行ったが、そこで呑みすぎたんだろう。
記憶があまりないから何かしらあって今に至ると。
いや、なんでだよ。
どうやったらこんな大自然で素っ裸で寝ることになるんだ。
というかここどこなんだ。
俺はスマホを開こうとしたが、悲惨なことにスマホの充電は切れていた。
そのうち道路が見えてくるかもしれないので、俺は草原を歩いてみることにした。
もう、ヤケクソだ。
足を一歩進める毎にしゃりしゃりと音が鳴る。
夏じゃなくてよかった。幸いにも虫が少ない。
風は相変わらず冷たく、どこまでも草原は続いている。
「久しぶりだな」
子供の頃は良くいえばお転婆、悪くいえば野生児だったから、よく野原を駆け回っていた。
あの昆虫はなんだ、この植物はなんだと騒いでいた記憶しかない。
対して今はどうだろうか。
…今もたいして変わらないな。自分が好きなことをやって来たつもりだし、そうじゃなかったらこんなところで素っ裸になっていない。
どこに行っても、何をやっても俺は俺だ。
多分。
「ーーおおー!」
ふと立ち止まって、上を見上げるとそこには満天の星が広がっていた。
気づいていなかったが、俺はこんな美しい星空の下で素っ裸になっていたらしい。
「あ、思い出した。」
そう言った時、まるでタイミングを測ったかのように星たちが降り始めた。
キラキラと、あるいはギラギラと星たちは動き始める。
ーー今日は流星群が来るらしい。
そんな話を聞いて二次会を飛び出して来たんだった。
…なんで裸だったのかはわからないが
「…すごいな」
俺は星たちが放射線を描いて流れていく様をただ茫然と見上げる。
その日は、最後の星が流れるまで、眺めつづけた。
そして翌日、俺は風邪をひいた。