『ここではない、どこかで』
「すみません、一度お会いしたことはありませんか?」
学校の帰り道、急に女子学生がそう話してきた。
しかし、俺は見覚えがないので「違います」と否定した。
「ここではない、どこかであなたとあった気がします。」
これは所謂ナンパ、それも逆ナンというやつなのかもしれない。そのような経験は一度もなかったので、やや興奮をしつつ「もしかしたらそうかもしれません」と返した。
「少し、お話しませんか?」
女がそんなことを言ってきたので俺は二つ返事で了承し、近くの喫茶店へと入った。
「私はコーヒーにしようと思うのですが、貴方は何を飲みますか?」
女はよく見ると非常に綺麗な顔立ちをしていた。スラリとしたスタイルと、艶やかな長髪を持ち、つり目気味の目が非常に良い。
今までに男に困ったことなどなさそうなこの女に対して俺は少し誘いに乗ったことを後悔し始めた。
何かしらの罰ゲームか、あるいは詐欺のようなものを俺に対して行うのだろうか?
心配になってきた俺はチョコチップカフェモカフラペチーノを注文しつつ、女に美人局ですか?、素直に尋ねた。
「いいえ、違いますよ。単純に貴方に感じるものがあったんです。」
ついに俺にも春が来たらしい。
「貴方は普段何をやられてるのですか?」
俺は素直に脚色して答えた。
「普段は学校に行き、放課後に本を読んでいます。最近ハマっているのはニーチェのツァラトゥストラはこう言った、です。やっぱりなんていうのかな。虚無主義というか、神が死んだことに対するニーチェの虚無感がヒシヒシと伝わって凄いいいんですよね。うん。何度も読んでしまうっていうか。悲観的な感じに浸るのが、なんというかいいんですよね。」
俺はニーチェの本なんて一度も読んだことはなく、明らかに薄っぺらい感想になってしまったが、彼女は感動したと言わんばかりに何度も頷いている。
これは付き合えちゃうのでは?
「やはり、貴方は現実における真実を疑っているんですね。私の見込み通りだった。」
全言撤回だ。これは付き合っちゃいけないやつだ。
もしかして、宗教的なやつですか?と俺は素直に聞いた。すると、女は軽く笑った。
「いいえ、宗教勧誘ではないですよ。」
全言撤回だ。勧誘でなければ付き合ってしまおう。
女の笑みが可愛すぎた俺は完全に虜になっていた。
俺は、自分の名前を伝え彼女の名前を尋ねた。
「私ですか?私の名前は白河京子。
またの名を、卍緋彩のスカーレットナイト卍です。」
なるほど、少し時間をください、と俺は言った。
色々と頭の中の整理がおれにはできていなかった。何にせよよく分からないが、よく分からない世界が今目の前に広がっていることは理解した。
「田中太郎さん、いや、卍慟哭のクライベイビー卍」
ださ。流石にダサすぎるだろ。そのあだ名は。
というかさっきから気になってたんだが、コーヒー全然飲めてないな。絶対カッコいいって理由で苦手なのに注文したろ。
「その左手の包帯、右眼の眼帯でわかりました。私達は同志であると。」
ただの怪我である。
「私と共に世界を変えませんか?」
どうやってだよ。
いい加減にしろと俺は言いたかったが、あまりの勢いに俺はわかりました、と言ってしまった。
すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「では、わたしも色々準備がありますので、明日の8時にまたお会いしましょう。」
なんの準備をするというのか。
謎の支度と早すぎる集合時間を前にして、俺はこれから先に待っている未来に不安が募った。
「待ち合わせ場所はどこがいいとかはありますか?」
そこは選択権はあるのか。
少し考えを巡らせ後、俺はこちらを見ている周りの人を見渡してこう言った。
「ここではない、どこかで…」
4/16/2023, 2:14:29 PM