ぷんぷんまる

Open App

『もしも未来を見れるなら』

今日は失敗続きだった。

定刻通りに間に合うはずだったのに人身事故で会社に遅刻し、取引先の初顔合わせに向かったと思えば、鳩のフンが頭にかかり、ようやく家に帰れば食材が家に一つもない。
今はヤケクソでコンビニに向かっているところだ。

思えば俺は生まれてこの方運のない男だった。
なにをやるにもアクシデントが発生し、部活も受験も就活も、あるいはゲームだってうまく行ったためしはない。
もしも俺が少しでも先のことがわかれば俺の世界は圧倒的に変わっていたことだろうに。

「もし、そこのお方。『もしも未来を見れるなら』と考えませんでしたか?」

「うお!」

暗闇の中からぬっと黒いローブを着た男が現れた。
正直気味が悪い。

「誰だお前は!」

「まあまあ、誰であってもよいではないですか。それよりも、今、『もしも未来を見れるなら』と考えませんでしたか?」

「だとしたらなんだ?」

「いや、なに、貴方の望みを叶えようと思いまして」

「怪しい男だな、そんなことできるわけないだろう」

「いえ、できますよ」

「嘘をつくな」

「嘘ではありません」

「じゃあやってみろ!!」

正直その日はヤケクソだった。

ローブの男がニヤリと笑うと、あたりの景色がブワッ闇に覆われた。

「なんだこれは!!」

「また、一月後にお会いしましょう。」

俺の意識はそこで途絶えた。


ーーーーーーーーー


チリリリリリ…チリリリリリ…チンッ!

気づけば朝になっていた。
目覚まし時計のさす時刻は5時。出社は8時だから7時に家を出れば間に合うだろう。

俺は朝御飯を作りつつ昨日起きたことを振り返っていた。

「あのローブの男は…夢の出来事か?」

昨夜の出来事がどうにもあやふやだ。確かに俺はコンビニに夜食を買いに行ったはずだが、そのあとがどうにも思い出せない。
こうして家に帰れているので問題は無いと思うが、記憶にあるローブの男に家を荒らされていたらたまったものではない。
時間もそれなりにあるし少し家を点検しておくか。
いや、それをすると人身事故があるし遅れるな。帰ってきてからにするか。

俺はそんなことを考えながら、朝御飯をモソモソと食べていた。


…ん?

「人身事故があるだって?」

なぜ俺はそのようなことを思ったのだろうか。まるで、何かが見えていたかのように…

まあ、何にせよ早く行くことに越したことはない。
俺はいつもよりも30分早い6時半に家を出た。


そしてその日、俺が会社についたころ人身事故が発生し、同僚が遅刻した。


ーーーーーーーーーーーーーーー


それからというもの、俺の人生は一変した。

トラブルは事前に防ぎ、用意は周到で、鳩のフンにはまみれない。

それもこれも、『未来』が見えるようになったからだ。
ようやく黒ローブとのやりとりを思い出したが、どうやらあの怪しげな男は本物だったらしい。
何をやるにしても見通すことのできるこの未来視をくれたあの男には正直に言って感謝しかない。
おかげで取引先から持ち込まれる仕事の話はふってくるようだし、この一月の成果をみた上司が俺の昇進を検討しているらしい。
俺の『未来』は安泰そのものだった。

そんな軽い足取りで、今日も無事に出社をしている時だった。

「きゃあああ!!」

そんな声を聞き、パッと声をした方を向けば目の前には勢いのついた車とそれを呆然とみる子供が。


『未来』が見えたんじゃなかったのか!!


俺は忙しいでかけだしたが、咄嗟に

ーーこの行動で人生が一変する。

そう『視えて』しまい、足がすくんだ。




ーーーー


「やあやあ、こんなところにいましたか」

月が綺麗な夜、俺が窓をぼーっと眺めていると、カーテンの陰から黒ローブがぬるっと現れた。

「……お前か」

普通にドアから入ってくることはできないのか。
俺は黒ローブを呆れた目で見たあと、また、窓をぼーっと見ていた。

「おや、最初のように驚いてはくれないのですね」

「まあ、病室ほど穏やかだとな。心も静かになるんだと思うぞ。」

結果として、あの轢かれそうな子供は助かった。
代わりとして俺は体の節々の骨をおり、無事病室入りとなった。

「どうでしたか?この一月は。」

「楽しかったぞ。万能感もあったし、実際生活は鰻登りでよくなっていった。…まあ、最後に一変したが。」

うちの会社は忙しい。
こうして俺がのんびり病室にいる間にも、取引先は新しいパートナーをみつけ、俺の代わりに誰かが昇進候補になっていることだろう。
つまり俺の一月は無駄になったわけである。

「お前はこの『未来』がわかっていたのか?」

「いえ、『未来』は誰にもわからないですから」

「…そうか」

そのあと、しばらくの沈黙が続いたあと俺は切り出した。

「未来視の能力なんだがな。できればなくすことはできないか?」

「おや、いいのですか?」

「ああ、俺には向いてないらしい」

俺はローブの男に顔を向け、話した。

「未来を見れるってのは便利なんだが、今を置き去りにしてしまうんだな。俺は、あの時、今起きていることと未来のことを天秤にかけてしまった。」

もしあと一歩遅れていたらあの子供は死んでいただろう。俺は自分の未来のために目の前の命を見捨てていたかもしれないのだ。

「それに、今まで『過去』や『未来』のことは考えてきたけど、『今』のことはなにも考えてなかったなって思うしな。未来視は邪魔なんだ。」

「そうですか」

「そうだ」

俺はそれだけいうとまた窓に目を向けた。

「これからどうするんです?」

「うーん、そうだな。今の会社は辞めると思うな。正直忙しすぎるとは思ってたんだ。あとは、本当にやりたいことを探すんだと思う。あるのかはわからないが。あ、学生時代はよく釣りとかしてたな…」

今と未来と過去が混ざり合っては消えていく。
向いてないと思っていたが、こういう楽観的な生き方も俺はできるらしい。

「なるほどなるほど。では未来視は返していただきましょう。」

「是非そうしてくれ」

「ところであなた」

「なんだ」

「人生が一変しましたね」

ん?と思って黒ローブの方を見ると、そこにはもうアイツはいなかった。

まあ、いいかと思いつつ、
俺はまた綺麗に輝く月を眺め始めた。

4/20/2023, 2:28:34 AM