「刹那」
多くの人がきしめきあい、互いが互いを牽制しあっている。誰もが互いの隙を疑い、今か今かと待ち構えている。
目の前の人々を選別し、どの位置につけばいいのか心理戦を繰り広げている。
かくゆう私もその心理戦を繰り広げる戦士たちの1人である。
私の予想では左前の男はかなりチャンスだ。少しだけではあるが焦りが見えるし、さらに言えば正面をまっすぐに向いているのは「つぎ」がある証だろう。
そして、その時はきた。
ーーチャンスだ…‼︎
目の前の男が動き出した。
私はすかさず荷物を片手にもち、右足を一歩前に出す。
勝利が間近と思われた瞬間、黒い影が目の前を通る。
「…‼︎‼︎⁉︎」
はやい。あまりにも速すぎる。
歴戦の戦士であろう壮年の男は私が踏み出す頃には既にポジションに入ろうとしていた。
ふざけるな。
どう考えてもソイツは私の獲物だろう…‼︎
私はイラついていた。ここでもしこの男を許してしまえば、次に私が安息を得るのはいつになるというのか。
ここで情けなく諦めるのか。
いや、そうではないだろう!!
私は自分の持つ全ての筋力をフル動員し、思いきり腰に捻りを入れた。
その刹那、男と私の目があった。
男はどこか讃えるような目をしていた。
ーーーー次は、中野、中野です。
アナウンスとともに私の尻は椅子についた。
ーー私は、勝ったのだ。
この椅子取りというデスマッチに。
どこか込み上げるものがあった。
もしかすると疲れてたのかもしれないが、とにかく何か大きな達成感を得た気がして私は泣きそうになっていた。
そうして涙を溜めながら座っていると、右手の扉から女性が乗車してきた。
「………」
その女性は少しだけお年を召していた。
「…………………」
その女性は杖をついていらした。
「………………………………席、お譲りします。」
遂に私は涙を落とした。
4/28/2023, 12:35:07 PM