夢で見た話

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10/10/2023, 1:44:51 PM

奥女中の一人が、あの娘(こ)に縋って泣いていた。
はて、他の者なら好いた男を奪い合った末の修羅場にみえなくもない。が、あの娘(こ)に限っては無い話だ。
それに何だか様子がおかしい。

『おお、遂にやりおった!』

城主の覗きに付き合わされている状況もおかしい。
女中は涙に暮れて座り込み、あの娘(こ)の袴を掴んで顔を埋めている。十中八九は目を逸らす有り様なのに、この殿は何をやってるの?

『あの女中は近々、誰ぞに呉れてやるゆえ心配するな。』

近侍が数人やって来て女中の肩を支え、その内一人があの娘(こ)に付き添って去っていった。
残るは訳知り顔の殿ばかり。恐れながらと説明を求めると、知らんのか?と束の間呆れ、にたり、と人の悪い笑みを浮かべる。

『あの女中、あやつに懸想して一夜の情けを求めておったのよ。』

えっ?! 抱いてくれって?!?!?!
女人が、女の子に? イヤイヤ奥ではそういう事もあるとは知っているし、あの娘(こ)はいかにも男装の麗人という風だけれども!!!!!

薔薇は薔薇は気高く……いや百合か、などと混乱しながら急いで詰め所へ戻り、部下に報連相を問い質す。
面の皮の厚い(面一枚分!)部下は、まさかご存知ないとはと素っ惚け、

『恋敵に不自由はしませんぞ。腕の見せ所ですな。』

と、宣った。冗談じゃないよ!!!!!


【涙の理由】

10/9/2023, 12:44:17 PM

自分の事を情けない、なんて思うのはもう嫌だ。
一角の…とまでは言わないけど、誰の目にも恥ずかしくない男になりたい。傷だらけになっても僅かな銭を投げるように施される日々で、よくそんな事を思ったなぁ。
土の上に大の字で転がって、碌でもないあの頃を思い出す。

『今日は終いだ。』

着ているものを洗っておけよ、だって。
上司ってものは容赦がない。キビシイ。毎日ボロボロくたくたになるまで鍛錬鍛錬、出来なきゃ死ぬぞなんて何度言われたっけ?
でも、決めちゃったしなぁ、この人についてくって。
初めて、自分で。

顔に冷たいものが触れて、唇がビリッとした。目を開けると白い手拭い。あと、白い、細い手。
えっ、やだなぁ。そんな心配そうな顔しないでよ。

『…ありがと。』 うわ俺、声ガッラガラ!!!

少なくとも今は、よっぽどまともだ。毎日扱かれて死に体なのも自分だけじゃないし、傷を作れば可愛い女の子が診てくれるし。…たまに、二人だけでお団子でも食べに行きたいなぁ、なんて夢も見られる。
日陰者には違いないけど、まだヘボだけど、まともな人間に成れたような気がしてる。だんだん嬉しくなってきて、笑ったらまた唇がビリビリいって泣き笑い。
ごめん、手拭い汚しちゃって。 …え? 君のじゃないの?

『あいつ、本気で辛い時ほどヘラヘラしやがる。』

上司が…あの人がぁ? 言ってたって?

……だめじゃん、俺!!!
まともどころじゃない、一角の男にならないと!!!
とっておきの、秘密兵器の、バッチリ決まった、懐刀の、…
とにかく、右腕にならないと!!!!!

今までずっと触れずにいた手をぎゅっと握って飛び起きた。


【ココロオドル】

10/7/2023, 1:53:34 PM

弓を引く。繰り返し、繰り返し。
幼い内に身に付けたことは、長く自分を助けてくれる、とは父の言だ。その通りだったと改めて思う。

『精が出るね。』

振り返り、声の主に一礼。すぐに気付く。憂いの気配。
あの女はまだ目覚めぬらしい。

数刻前、あれは死装束に解いた髪、死人の顔色で担ぎ込まれた。死んだ、と思った。ぐにゃりとした体を抱き抱え、医師を呼ばわる獣じみた光る眼を見るまで。

上司は、手持ち無沙汰な様子で縁側に腰掛けた。眼は平素の落ち着きを取り戻していたが、視線は力なく、肩は落ちている。親しい者にしか気付けぬ程の変化。
おそらく、付き切りの看護をできる人間からあぶれてしまったのだろう。元来我々の仕事は、性質(たち)が違うから仕方がない。…仕方ない、が。

できることが、ない。その苦しみを知っている。
この方がかつて生死の間にあった時、私はどっち付かずの若造で、側で世話をすることも仕事を肩代わりすることも、他の何も、何も、できなかった。
持っていた弓を差し出す。その場凌ぎの、稚拙な気休めに。
上司は目を見開き、少し笑って手を揺らした。気を遣うな、と言うように。

『お前の事はいつでも、頼もしいと思っているよ。』

いいえ、わたしは、あのひから、
いつだって、これしか、おもいつかないのです。

妬み嫉み羨みは、不思議とない。
代わりに、堪らない切なさが胸から吹き出した。

おい、馬鹿女。解っているのか。
この方に想われていることを。私に認められていることを。
その幸甚を。

やり場のない感情は矢尻の形を取り、巻藁を強く貫いた。


【力を込めて】

10/6/2023, 6:02:26 PM

ふと目覚めた。そして眠っていたと気付いた。
上がってきた部下からの報告書に目を通したのは覚えている。取り纏めて明朝一番に上司へ届けるつもりだった。

『こんな所で寝て、お前。仕事熱心も大概だよ。』

その上司が背後に居るものだから、思わずびくりと体が跳ねる。文机に肘をぶつけた。
自分相手に気配を殺しきれる者はそう居ないが、その一人が直属の上司なのだからタチが悪い。
まあ、そうでなくては、別の意味で頭が痛いに違いないが。

『いいよいいよ。仕事は終えてくれたんだし。』

お疲れさま。貰っていくね、と件の報告書を揺らして立ち上がり、出て行きながら言葉を次いだ。

『あ、そうそう。先刻お前の家に使いを遣ってね。』

久方ぶりに父と会えると、子供たちが喜んでいる頃だよ。
告げられた突然の休暇に再度驚き、慌ててその背中を呼び止める。振り向いた上司の目は、緩く弧を描いていた。

『頑張ったらね、その分ご褒美が有るものらしい。』

私も欲しいから、邪魔をするんじゃないよ。
そう言って今度こそ、彼は去っていった。
今まですっかり忘れていた、うたた寝の夢の断片が蘇る。
大切な御方。もう会えない人。
あの上司が甘えることを許されたであろう、最後の人。

幼かったあの頃のように、あの子に口添えしご褒美を呉れる女(ひと)が居るのです、と彼の人へ伝えたい。
…いや、次は必ず伝えよう。きっと死ぬまで繰り返し、夢で会うだろうから。

ごゆっくり!と、見送ってくれた部下の笑顔を背に家路につく。上司がその恋人へするように、早く帰って妻の髪の香を吸いたい。


【過ぎた日を想う】

10/5/2023, 2:07:37 PM

向き合っていた書面から顔を上げると、眉間が皺を刻み目の疲れを訴える。
夜が本領の身とは言え、最近はすっかり昼の人となった。

数日前に行われた月見の宴を思い出す。
秋の訪れを感じさせる落ち着いた設えを手前に、煌煌と照り輝く満月。その姿は、十分に日を浴びて実った果実にも似て、今にも果汁が滴り落ちるかと見えたものだ。
しかし酒が入れば常ならむ、と言おうか。
次第に、酔いにまかせた歌声と合いの手、笑い声の轟く飲み騒ぎとなっていった。

そんな様子を、どうかお笑いください、としたためた所だったのだ。

首を数回傾けて解すと、夜風にあたりながら目を休めようと部屋を出る。
月は既に傾き、星が輝いていた。
貴女は眠っているだろう、と、不意に意識が語りかける。
自分の文に間を空けず、律儀に返事をくれる貴女は。

思えばあの日も、同じ人を想っていた。
中秋の名月ともなれば、きっと彼女も見上げていただろう。
けれど。
その健やかな眠りを守る星、瞳と髪に照り映える陽。
その下に同じく自分も居る事を思えば、全ては等しく特別な事象。
そこまで思いを巡らせて、頭を一つ振り考えるのを止めた。
文に込めるべき思いを、空へ馳せていても意味がない。

一度、強く目を閉じ、また開いた。
星は変わらず輝いている。
文机の上のものを書き上げて、朝には馬借へ託さなければ。
貴女と同じ夜の中で、少しでも長く眠りたい。


【星座】

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