貴方は眩しい人でした。
自信に満ちた笑顔で、目はギラギラと輝いており、その斬新なアイデアで常に周りを驚かせてきました。
世間は貴方のような人のことを、「天才」と呼ぶのでしょう。
そんな貴方に憧れて、この職に就いた者も数多くいると伺いました。
ええ、私もその一人でございます。
しかし、私が最も惹かれたのは、貴方の功績や才能ではなく、その突き抜けた明るさでした。
私は昔から暗い性格で、友人なんてものはいませんでした。
だからでしょう、多くの人に囲まれ、笑顔で語り合う貴方に強く憧れたのは。
その様子こそ、私の理想でした。
ただ、貴方は私が思ったような、明るい人ではありませんでした。
貴方の元で働くようになってから、気づいたのです。
その明るさは、いわば虚構。
貴方の中には、常にドス黒い何かが渦巻いておりました。
そのせいで、貴方は時折壊れてしまう。
その度に、私に縋ったり、距離を置いたり、時には八つ当たりとも言えることもしてきました。
常に瞳孔が開き、指先を震わせながら笑う貴方を間近で見て、私は察しました。
貴方の笑顔は、蓋だったのでしょう。
ただ、それももう限界に近い。
私が来た時、貴方は心底安心したでしょう。
貴方のことを人一倍慕っている私も、貴方の秘密を、後ろめたいことを、一緒に隠してくれるだろうと。
これでまだ、耐えられると。
ええ、そうです。
私は貴方の味方です。
喜んでお手伝いいたしましょう。
そんな申し訳なさそうな顔をしないでください。
大丈夫です。
太陽のような姿も、無様に私に泣きつく姿も、
どちらも私の、理想の貴方ですから。
忘れもしない、十二月二十三日の冬の宵。
私が友人と交わした最後の夜のことでした。
当時私は葉巻を燻らせながら書物づくえの前に座り、目の前の原稿をウンウンと唸りながら睨んでおりました。
何せ当時は私の作品が世間に広まり、仕事も増えていたものですから、何を書こうかと思いを巡らせ、頭を痛くさせておりました。今思えば、嬉しい悩みだったのかもしれません。
ふと、女房が呼ぶ声が聞こえてきました。
いつもは私の仕事中は絶対に声を掛けない彼女が、あまりにも急に呼ぶものですから、私はすぐに返事を返しました。
どうしたのか、何か不都合でもあったのかと聞きますと、女房は、そうではない、客人が来たのだと言います。
季節は朝露も凍る冬至の季節でありました。こんな夜遅くに尋ねて来る友人を、私は持った覚えがありませんでした。
女房に返事をし、持っていた万年筆を机に転がして、玄関に向かいますと、一人の男が立っておりました。
色褪せて皺だらけの羽織を着ており、穏やかな顔つきではありましたが、痩せていて、顔色の悪い男でした。
物書きには不健康そうな者が多かったですから、記憶の照合に時間がかかりました。そしてようやく、目の前に立っている男が、私が女房をもらう前、同じアパートで共に住んでいた、物書き仲間の清水だということに気づいたのです。
「久しぶりだな。どうしたんだ急に」
と、声を掛けますと、清水は申し訳なさそうに
「いきなり尋ねて申し訳ありません。ただ、ふと会いに行こうと思ったのです」
と言います。穏やかで、しかしどこか無気力な声色でした。
数年ぶりの再会でしたから、家に上がるよう、女房と勧めてみましたが、清水はそこまで迷惑をかける訳にはいかないと断り続けるのです。
ならばせめて一本と葉巻を勧めると、清水は観念したように、渋々框に腰掛け、葉巻を咥えました。
葉巻を持つ指はインクで黒くなっており、手首の方まで色がついているようでした。
清水からは、最近の私の活躍を讃える言葉と、少しの思い出話が出るくらいで、ほとんどは今の状況への謝罪だったような気がします。
清水は昔と変わらず、お喋りな奴でした。一向に自身の事を語ろうとしないので、彼の近況が気になった私は彼に話を振ってみました。
すると、物憂げな、決まりが悪そうな表情で、ポツリポツリとこう語るのです。
「いやはや、物書きの方はさっぱりでして。満足に仕事も貰えず、ただ自宅で原稿用紙を眺める日々でございます。俺には、才能などなかったのでしょう。
"物書きで食っていけるのは、ほんの一部、お前になんかはできやしねぇ"と、親父には強く言われました。実際、今の俺もそうだと思っています。勘当されるのも当然でしょう。
しかし、物事をよく知らない愚かで純粋だった俺は、まぁ素直に大先生たちに憧れて、この世界に飛び込んだわけで。 その結果がこういうわけでございます。
金もなく、ろくに飯も食えず、歳だけ無駄に食って、しまいにゃ精神さえ蝕まれるのです。
今からやり直そうったって、俺にはもう遅すぎるのです。いっそ、かつての芭蕉先生のように、自身も病に伏し、そのまま深い眠りにつければいいのにと、なんとも失礼な考えも浮かぶわけですが、どうも身体だけは昔から強く、それすら叶わない現状であります。」
葉巻を口から外し、私が彼にかける言葉に迷っていると、彼は再び謝罪の言葉を紡ぐのです。
「申し訳ない。嫌味ったらしくなって、申し訳ないです。
しかし、あなたの功績は本当に素晴らしい物だと言った俺の言葉は嘘ではありません。
いや、本当におめでとうございます。」
清水は深々と一礼すると灰皿で一口しか吸っていない葉巻の火を消し、すっと立ち上がりました。
「それでは、俺はこの辺りで失礼します。どうも、こんな夜遅くにお邪魔しました」
再び一礼すると、彼は戸の方へ歩いて行きます。
彼の背中から感じる哀愁になんとも耐えきれなくなって手を伸ばしました。
しかし、先の言葉を思い出すと私と彼の間に分厚い透明な壁があるように感じ、とうとう私の手は彼に触れることなく、彼はまた一礼をして戸をピシャリと閉めてしまいました。
それから七日経った日、私の元に訃報が届きました。
年も暮れる慌ただしい時期に、かつての大家の奥さんが私の家へと転がり込んできたのです。
奥さんは大変気が動転している様子で、女房が宥めてやっと話せるといった具合でした。
奥さんの口からは、清水が息をしていないと、警察は呼んだもののどうしたらいいか分からず、同居人であった私の元に駆けつけたと、それだけは聞き取れました。
灰皿は、七日前と同じ状態でした。
翌日の朝には警察署まで女房共々連れられ、事情を探られました。大晦日の忙しい時期だったからか、思ったよりあっさりとしたやり取りでした。
一通り受け答えが済んだあと、清水はこのあとどうなるのですかと尋ねると、身寄りがないから役所へ渡して火葬場が閉まる前に事を執り行うだろうと言われました。
それを聞き、私の口からは遺体を引き取る旨の言葉が飛び出していました。
警察はその言葉を待っていたと言わんばかりに、ドサっと私の目の前に手帳を置き、その中から一枚の書類を渡してきました。
それに印を押すと、警察から軽い労いの言葉をかけられ、またもやドサっと、今度は木箱を一箱置いて行きました。中を見れば、何枚もの積み重なった原稿用紙と、空になった薬の瓶が入っておりました。私はそれがすぐに清水の部屋にあったものだと察しました。
一番上の原稿用紙には、『慌ただしい師走の時期に、身勝手に命を断つものをお許しください。』と、几帳面な彼らしい、丁寧な文字が並んでいるだけでした。
箱を持ってみれば、見た目によらず、ずっしりとした感覚が妙に残りました。
清水の遺体はその日のうちにアパートの一室に置かれ、私は番をするために懐かしいアパートへ足を運びました。年も暮れだし、私一人だけでいいと言いましたが、女房が自分も行くと聞かないものですから二人で部屋の戸を開けました。
インクの匂いが染みついた部屋は、かつて男二人で住んでいたことが嘘のように、面影も感じられないくらいに何もなく、ただ、中央で布団に包まり、静かに眠る男がいるだけでした。
女房が面布を外せば、その顔はどこまでも穏やかで、今にも涼しい顔をして起きてきそうなものでした。
まるで今の状況が正解だというような、そんな気さえ思わせるのです。
ふと、女房が啜り泣く声が聞こえます。女房は人一倍感受性の高い女でしたから、例え殆ど関わりがない男であっても、その死がなんとも寂しいものだとでも思ったのでしょう。私はその様子を只々ぼんやりと見つめておりました。
しばらくすると、大家とその奥さんが部屋にやってきました。大晦日だというのに、わざわざ通夜に参列してくださったのです。元々、子供のいない二人でしたから、若かった私たちを息子のように気にかけてくれていたのもあるのでしょう。
そのまま空が暗くなるまで昔の話に花を咲かせていました。
清水という男は、丁寧で控えめな性格だったが、機嫌が良い日は大口を開けて笑っていたこと。
清水という男は、文学のことになると誰よりも熱くなっていたこと。
清水という男は、酒を飲めば顔を真っ赤にしながら、松尾芭蕉の句を読んでいたこと。
など、思いだせば懐かしく、同時に後悔の念に襲われるようでした。
また、二人は最近の清水の様子も教えてくださいました。
確かに顔色は少し悪いように見えたが、それでも昔と変わらず丁寧で物腰の低い青年であったと言います。
時々、部屋から何か呻く様な声が聞こえたと言いますが、翌日尋ねれば清水は穏やかな顔で、なんでもないと答えたそうです。
その様子を想像すると、何か喉に渦巻くものがあるように感じました。
途中、奥さんが涙を流す時もありましたが、私はその背中を支えてやることしかできませんでした。
話が一通り済み夜も更けた頃、私の身体は十二月の寒さを突然思い出したかのように震え出し、思わずくしゃみが飛び出してしまいました。
何せ、私たちは警察署からそのままこのアパートに来たもんですから、夜の支度を何にもしてこなかったのです。
女房が家へ帰り、夜着を持ってこようと申し出ました。
しかし、空はこんなにも暗いのです。女一人外へやるわけにはいかんと思い、清水には申し訳ないが、私も行こうと立ち上がりました。
ですが、大家がそれを止め、自分が私の女房について行こうと言います。老いてはいるが、男も居れば夜道も少しは安心だろうと。おそらく、私を気遣っての提案でしょう。少々気が引けましたが、女房もそれがいいと言うので、私と奥さんで二人を見送ることにしました。
二人が出ると、今度は奥さんが蕎麦でも茹でようかと言います。通夜とはいえ、世間は大晦日なのです。夕飯もまだだから丁度いいと言い、奥さんは自分の部屋へ帰って行きました。
部屋は再び、静寂に包まれました。相変わらず、中央には寂しい男が横たわっているだけです。
広くなった六畳の一室に寒さがより一層染み渡り、なんとも居心地が悪く、私は落ち着きがなくなって行きました。
ふと、警察署から持ってきたあの木箱のことを思い出し、私は清水の枕元でそれらを漁り始めました。
中にはあの遺書と瓶の他に、幾つもの原稿用紙の束がありました。懐かしく、見覚えのあるものでした。私は夢中でそれを読み進めました。
最初のものは、綺麗な原稿用紙にどこか希望に満ちた、誠実すぎる文章でありました。ただ、下にいくにつれ、段々と物憂げな雰囲気を纏っていきます。原稿用紙にも、心なしか皺が増えていくように感じました。けれども変わらず、几帳面で素直な文章でした。清水は昔からこういう男でした。
しかし、箱の下の方になっていきますと、段々と異変が増え始めます。文が途中で切れているものや、文字が震えているもの、仕舞いには乱暴に破られたものさえあるのです。
その中の一枚に、どうも目の惹かれるものがありました。文字は方眼を無視し、インクは滲み、白いところが見えない程書き込まれておりました。
手に持ってみると、乾いてはいるものの普通の原稿用紙よりずっしりとした感触がありました。
乱雑な文字は殆ど読むことができませんでしたが、ところどころ「生」だの「死」だの「望」だの文字があり、頭の中をそのまま書き殴ったようなものでありました。
それを見ると、当時の彼の絶望が頭の中に直接入ってくる様であり、私はしばらく寒さを忘れ、その真っ暗な紙から目が離せませんでした。
ふと、あたりが先ほどより寒くなっていたような気がします。嫌な予感がして、振り向けば、先刻まで高く上がっていた線香の煙が、今はすっかり見えなくなっているのです。私は黒い原稿用紙を懐へしまい、慌てて新しい線香に火をつけました。震える手でようやく灯った火から、煙は再び高く高く上がります。
そのまま、思わず清水の布団を捲り、その腕を掴みました。身体は冷たく、もう随分と硬くなっておりました。
しばらくすれば、奥さんが五人分の蕎麦を持ってやってきました。奥さんは私を一目見て何か変に感じたらしく、どうしたのかと聞きました。私は清水から手を離し、線香を消してしまったことだけを伝え、それからは俯いていました。
奥さんは何も言わず、私に蕎麦を差し出してくれました。
受け取ると、丁度大家と女房が帰ってきたのか、何やら物音がします。二人を迎えるためでしょう、奥さんがパタパタと駆け足で部屋から再び出ていきました。部屋には暖かな太い湯気がたちのぼっていました。
遠くの方では丁度、鐘が鳴り始める頃でした。
そこからはあっという間でした。四日には寺から僧を呼び、経をあげて貰えばあとはすぐ火葬、といった具合でした。
棺には彼のペンや、生前愛読していた松尾芭蕉の本を入れて、そのまま荼毘に付されました。
私の手元には、小さな壺と、彼の遺作たちだけが残りました。
葬儀が終わったあと、あの黒い紙が忘れられなかった私は、どうにか彼の無念を果たせないかと、原稿に手をつけず、しばらく頭を痛くさせていました。
そして、ついに私は出版社に彼の作品を持ち込むことにしたのです。
今思えば、あれほど自分勝手な行動はないでしょう。
出版社の人間は、突然持ち込まれた無名の作家の作品を見て難しい顔をしていましたが、私の熱意に折れたのか、面倒くさそうな顔をしながら渋々承諾し、やがて彼の作品は念願の本になることができました。
今日、清水の作品は悲劇の作家が残したものとして、その遺書と共に段々と名が広まるようになって参りました。
しかし、本当にこれが彼が望んだものなのだろうかと、今も考えてしまうのです。
現に、あの黒い原稿用紙のことは誰にも話しておらず、私以外のどの人間も、その存在を知らないのです。
「こんにちは、帽子屋さん」
「やあ! お砂糖ちゃん、また遊びに来たのかい?」
「もう! 私はお砂糖なんかじゃないわ! アリスよ!」
「女の子はみんなお砂糖ちゃんなんだよ、お砂糖ちゃん」
「それ知ってる。ナーサリーライムでしょう?
『女の子を作るもの
女の子を作るもの
お砂糖、スパイス、
それから素敵なものがいっぱい
それが女の子を作るもの』」
「ワオ! すごいなお砂糖ちゃん、詩の暗唱ができるのかい?」
「このくらいできて当然よ! なんなら私はこの詩を全部言えるわ!」
「いやあ、すごいな。僕はあんまり物覚えが良くなくてね。
あ! そうだ、その詩で思い出した」
「どうしたの?」
「これからお茶会をやるから、紅茶を準備するように三月うさぎから言われているんだ。 でも、肝心な砂糖とスパイスをヤマネが全部使ってしまったみたいでね」
「まあ! 大変、それじゃお茶会ができないじゃない!」
「そうなんだよ、お茶会の時間まであと少ししかない。 お砂糖ちゃん、よかったら、手伝ってくれない?」
「ええ、もちろんよ! 困っている人は放っておけないもの!」
「ああ、よかった! 君ならそう言ってくれると思ったよ、お砂糖ちゃん」
「それで、どこに行けばい――」
「おい、帽子屋。今日は随分とティーポットが重いじゃないか。何入れたんだ?」
「…………ギッチギチで、中で眠れやしない… むにゃ」
「いつも通りさ。 砂糖にスパイス、あとは素敵な隠し味」
「はあ、なるほど。 だから中に青とか黒のリボンがいっぱい入っているのか。」
「……………白と黄色も………………むにゃむにゃ」
「そういうこと。しかし、自分で用意しておきながらあれだが、今日の紅茶は好みじゃないな」
「そうか? 強気で、生意気で、賢い……まるでジンジャーのような風味が強くていいじゃないか」
「お前みたいな、気性の荒い三月うさぎにはピッタリなのかもな。僕はもう少し落ち着いた味の子が好みだ。今日のスパイスは気が強すぎる。」
「これだからお前の目はダメなんだ、もっと狙わなきゃいけない。お前が狙うなら、お淑やかで、静かで、少し引っ込み事案で…………」
「僕たちのお茶会を影からこっそり覗いているような……………
やあ、そこの君。 紅茶はいかがかな?
歓迎するよ」
「レオナルド・ダ・ヴィンチは、鳥を空へ放つために鳥を買ったらしいよ」
目が潰れるくらいに澄んだ空を見上げると、かつての親友の話を思い出す。
彼はよく、屋上で空を飛ぶ鳥たちを見上げながらその話をしていた。
いろいろ諸説はあるが、一人の天才がかつて鳥籠の鳥を解放した話を。
いわゆる偉人の美談というやつを、彼は何処か期待に満ちた目で語っていた。
「とっても慈悲深い人だったんだろうね」
話の最後で彼は決まってこう言った。
でも僕は、いつも決まってその話に嫌悪感を感じた。
鳥は、かの天才のエゴを押し付けられたんじゃないかと思わずにはいられない。
その鳥は、もしかしたら人に飼われることが前提で育てられたのかもしれない。
それなら、人々にとって自由の象徴であったあの広い空が、その鳥にとっては厳しい現実になる。
今でも空の鳥を見てると、そういう考えばかり浮かぶ。
そもそも何故、人間は空を自由の象徴だと思うのか。
僕にとって、あの無限の空は恐怖の対象でしかない。
永遠に広がり続けて、何処へだっていけるのに、何処にも正解なんてない。
そんな空が怖くて仕方がない。
正解のないものが怖い。
……目的地くらい教えてくれれば良いのに。
今までだってそうだった。
手塩にかけられて、
期待されて、
躾けられて、
急に何もない世界へ放り出される。
……僕らもあの鳥と案外似ているのかもしれない。
実際のところ、僕にはあの鳥が幸せだったのかわからない。
僕にとっては恐怖でしかない空も、
あの鳥、または他の生き物にとっては自由の象徴かもしれない。
かつての親友だって、
いつも、何処か悲しい目をした彼だって、
空に焦がれてたのかもしれない。
だから彼は飛んだのだ。
一人で、
正解なんて求められない空へ。
彼にとって、空は自由な場所だったのだろうか。
……これは、僕のエゴかもしれないが、
彼が、僕らの頭上で無限に広がる遠くの空へ
無事に飛んでいけたことを願う。
それが飛べない僕に、唯一できることだから。
「『竜宮城に来てみれば
言葉にできない美しさ』」
「見たことあるのかい?」
「ないよ」
「じゃあなんで知ってるの?」
「知らないから言葉にできないんじゃないか」
「そもそも」
「ん?」
「歌詞が違う。“言葉”じゃなくて“絵”だ」
「なんで知ってるの?」
「そりゃあ、僕は歌詞を見たことあるから」
「じゃあさ」
「なに」
「“絵”ってなぁに?」
「何って、描かれたやつだよ」
「なんでそれを知ってるの?」
「見たことある」
「嘘だ。君は“絵”を見ることはできない」
「なぜそう言える?」
「だってここには言葉しかないじゃない」
「確かに」
「言葉しかないここは、想像でしか見ることができない」
「否定はできないな」
「絵も、竜宮城も、歌だって想像に過ぎない」
「そうかも」
「そして話している人だって」
「二人じゃ無いかもしれない」
「そもそも話している人はいるのかな?」
「いなかったら、僕は何になる?」
「そりゃあ、“文字”だろ」
「冷たいな」
「所詮、会話は文字でしかない」
「じゃあ、僕たちは話し続けないと消えてしまうのかい」
「そうさ、言葉にできなかったらここには存在しない」
「世知辛いな」
「まあ、言葉にすることは大事ってことだよ」
「急に適当だね」
「適当でいいじゃない」
「ねえ」
「ん?」
「言葉にできないと存在しないと君は言ったね」
「言ったとも」
「それは僕らも例外じゃないんだね?」
「そうさ。そもそも今この瞬間ですら、存在しているか怪しい」
「その理論だったら、沈黙はどうなる?」
「黙ってみたらわかる」
「黙ったら、僕は消えちゃわないかい?」
「試せばいい」
「どうだった?」
「壁と同化した」
「壁なんてあったのかい?」
「言ったもん勝ちだろ」
「おっと、一本取られた」
「ところで」
「うん」
「もうすぐ言葉のストックがなくなりそうだ」
「ああ、そう」
「焦らないのかい?」
「本と同じさ。読み終わったら終わり」
「僕たちだって?」
「君たちが一番下まで来たから、もう終わり」