「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」
爛漫と咲くこの花を見るたびに、俺の頭ん中はその言葉で埋め尽くされる。
とある男が、美しい桜を信じることができず、苦肉の策でこの結論に至ったのだとか。
俺の目の前には、桜がある。
よく見る、花見会場に咲くような奴らじゃない。
一本の、それはもうでっかい枝垂れ桜だ。
たまに来る人間どもは、この花を見て「綺麗」だとか、「美しい」だとかいう安っぽい感想を並べて、酒を交わしたり、写真を撮ったりしている。
俺だって、前はそうだったさ。
しかし、毎年、昼も夜もこいつが咲くところを見ると、どうも嫌悪感というものが湧く。
ろくに明かりもない、だだっぴろい草原。
その中で、アイツは首を垂れながら堂々と立っている。
昼はまだ綺麗かもしれないが、夜はそうでもない。
いかにもな雰囲気が出る。
近づいてはいけないような、引き込まれるような
そうだ、柳だ。
夜の糸桜は柳みたいだ。
樹の陰から、白い服を着た髪の長い女が覗いてこっちを恨めしそうな目で見てたっていう話を聞いても、俺は驚かない。
——とにかく
夜の桜はマトモじゃない
あの男も、桜を疑った。
だから桜を、死体と結びつけた。
今なら、俺もその男の気持ちがわかるかもしれない。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。」
……まあ、あの男もあながち間違っていないかもしれない。
あーあ。
いつになったら俺の身体は日の目浴びることになるのやら。
もう俺の身体はとっくに朽ち果て、この地の栄養になっちまった。
どんなに綺麗でも、毎年同じ景色を一人で見るのは堪えるものがある。
何も知らない奴らが、楽しそうに宴会をしている様を見ると、沸々と湧き上がるものがある。
吐き出せない血反吐が、身体の奥に溜まり、腐っていく。
このままだと、いつか狂ってしまいそうだ。
それでも、
春爛漫
その言葉が似合う時期になると
奴らは桜の下で笑みをこぼす。
——俺の屍体の上で。
『拝啓、空色の貴女へ
私の気持ちを伝えるために、手紙を書いてみることにしました。
こういった手紙を書くのは、あまり慣れていませんし、正直言ってとても恥ずかしいです。
でも、どうしても貴女に伝えたい。
貴女はまさしく空のような人です。
貴女の髪は、優しく広がる夜空のように、
深い黒色。
貴女がよく着る、夕焼け色の服だって、
浅黒い肌にとても似合う。
貴女の目は、夜空に浮かぶ月のよう。
見ていると、なんだか安心する。
そして、貴女の笑顔はまさに太陽。
卑屈で、臆病者の私の心は、
何度も貴女に照らされてきました。
それはもう、目を開けられないほどに。
私の心の雲は、
いつだって貴女が晴らしてくれました。
勝手なのは分かっていますが、
これからもどうか、私の太陽となってくれないでしょうか。
そして、貴女の心に雨が降った時、
私に傘を任せてもらえないでしょうか。
私は太陽にはなれないかもしれません。
それでも、貴女のそばにいたいのです。
私は貴女のことが、誰よりもずっと……』
「おい、何勝手に読んでるんだ」
「きゃあ! びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ。勝手に僕の部屋に入ってるんだもん」
「えへへ、机に置いてあったこれが気になって。ロイリーニョが紙をクシャクシャにするなんて珍しいじゃない?」
「はあ、だからって勝手に見るなよ。ほら、それはゴミだろ? 早くよこしなよ」
「えー! いやよ、こんなに素敵なラブレター、捨てるのなんて勿体無い!」
「本当にやめてくれモレーナ、それは僕にとっては黒歴史なんだってば!」
「何が恥ずかしいのよ? こんなに素敵な文なのに!」
「お願いだからやめてくれ! ほら、早くこっちによこしなさい!」
「あ! ちょっと!
もう、相変わらずシャイなんだから」
「ふん、悪かったね。僕は君みたいな性格じゃないからね」
「本当に可愛くないわね」
「それで結構」
「ねえ」
「なに?」
「あの手紙の最後、なんて書いてあったの?」
「は?」
「だって、消しゴムの跡があったもの。バレバレよ」
「……モレーナ」
「……なーに? かしこまっちゃって」
「僕は……僕はね」
「うん」
「誰よりも、ずっと君のことを……」
「……」
「……だめだっ! やっぱり言えないっ!」
「ええー! なにそれ! 今のはいう流れでしょ!?」
「本当に無理だ! ごめん!」
「ほんっとにシャイボーイね!」
「悪かったよ……」
「まあ、いいんじゃない? 可愛いし」
「……やめてくれよ、情け無い……」
「じゃあ、一つ約束して」
「ん?」
「さっきの続き、いつか絶対聞かせてね」
「……うん、約束するよ」
「今度は逃げないでね、待ってるから」
「大丈夫、絶対伝えるから」
「ねえ、やめてよ、こういうの。
アタシ何か悪いことした? 怒らせちゃった?
アタシ、チヒロちゃんが大好きなのになあ。
チヒロちゃんも、そうでしょ?
アタシに嫌な思いさせたくないよね。
だって、優しいもんね。
あ、わかった!
1人にしちゃったから怒ってるんだ。
チヒロちゃん大人しいから、昔はずっと1人だったよね。
でもアタシだけは仲良くしてた、でしょ?
他に頼れる人も、助けてくれる人だって、いなかったよね。
急に1人になってびっくりしたんだよね?
アタシが嫌いになっちゃったわけではないんだよね?
……ね?
大丈夫! ちゃんとこれからも仲良くしてあげるから!
これからも、ずっと親友! ずっと一緒!
約束する! 絶対に、絶対に!
だから――
お願い
お願いだから……
おうちに帰して……」
「ほんとに真っ赤だね」
「んね、燃えてるみたい」
「うちさ、赤い空って好きなんだよね」
「え、急に?」
「夕陽が沈む時とかさ」
「続けんの?」
「なんか、空って青いのに急に真っ赤になるとさ、非日常感があってワクワクする」
「非日常…………ね」
「ねえ、私がどう思おうが勝手じゃん」
「えー? だってさ、今空赤いのに非日常感なんて言われちゃあねえ?」
「この状況だって十分非日常だからいいじゃん!」
「まあ、確かに」
「…………世界の終わりって、ほんとに空が赤くなるんだねえ」
「それな、なんか感動」
「ね、生きているうちに世界の終わりと対面するとは思わなかった」
「あんたライブ行ってたじゃん」
「そっちのセカオワじゃねえよ」
「あはは!」
「…………メンタル強すぎん?」
「アンタも大概だかんね、なんで急に好きを語りだすのよ」
「世界の終わりだからこそ告白をするものよ」
「やっすい告白、もっとディープなのをしなさいよ」
「どんなのよ」
「ツ◯ッターでひたすらアンチとレスバしてたとか」
「ねえ! やめて! 忘れてたのに!」
「してたんかい」
「アンタもなんか告白しなさいよ! 世界の終わりにはディープな告白をするもんなんでしょ!?」
「あー…………」
「何よ! 私にさせておいて自分だけしないとかなしだからね!」
「…………じゃあ、この際だからするけど、引くなよ?」
「鼻で笑ってやるよ」
「やめれ」
「あはは! じょーだん、じょーだん!」
「…………あんね」
「うん」
「アタシ、あんたのことがずっと好きだったんよ」
「…………へ?」
「…………」
「マジ?」
「ああ! もう隕石落ちるまで後1分だって!」
「誤魔化すな! ちゃんと説明しろ!」
「いや、ほんま勘弁して…」
「じゃあ、せめていつから、いつから好きだったん!?」
「…………中3の時」
「わお! 思ったより前!」
「いや、マジ、もう忘れて」
「えー? やだ、忘れない」
「…………マジ勘弁」
「え? どうする? 最後に手でも繋いどく?」
「ムリ」
「どうせ最後だから、何してもいいじゃん」
「…………」
「あはは! 手ぇアッツ!」
「うるせえ」
「可愛いじゃん」
「黙れ」
「…………地球が終わっても来世ってあるのかな」
「さあ、死んだらわかんじゃない?」
「冷たっ! 態度冷た!」
「…………」
「ねえ、もし来世があったらさ」
「ん」
「そこでは付き合ってあげてもいいよ」
「…………バカ」
「ロマンチックっしょ?」
「…………そうね」
「ねえ、じゃあさ、こんな湿っぽい終わりは無しにしよっ!」
「まあ、それは賛成」
「じゃあカウントダウンしよ! 隕石が落ちるまで!」
「年越しかよ」
「似たようなもんでしょ!」
「まあね」
「じゃあ5秒前からね!」
「ん、おっけー」
「……5!」
「4」
「3!」
「2」
「1!」
「オキュロフィリア、ってご存知ですか?
眼球そのものの造形や、視覚を通じた官能に異常なほど執着する性的嗜好。
まあ、簡単に言えば眼球愛好者ってところでしょうか。
お恥ずかしながら、私もそういう性癖を持っている人間でして、好きな目を見るとどうしても手に入れたくなる。
あなたの目を初めて見たとき、思わず足を止めてしまいました。
色、形、大きさ……全てが私の理想通りで
『ずっと見つめていたい。』そう思ったのです。
私は、自分の本能に従順すぎるらしいのです。どうしても、あなたの目を手に入れたい。
でもね、私は学びました。過去の経験から。
目っていうのは、人の体から離れると死んでしまうんです。
まあ、中には死んだ目が好きだという人もいるようですが、私はダメでした。
あんなに好きで好きでたまらなかった眼球たちも、ホルマリンに沈めた途端、ただのガラクタに見えてしまう。
何度も試しました。
けれど、すべて無駄でした。
試行錯誤の末、ようやく気づいたのです。
私が欲しかったのは、“生きている目”なんだと。
……だから、方法を変えました。
あなたは記念すべき、私のコレクションの第一号、ということですね。
大丈夫、健康管理はお任せください。あなたには、長生きしてもらわないといけないので。
ああ、部屋は少し狭いし、身動きはほとんど取れませんが、これもあなたの美しい瞳を守るためなんです。
おや、どうしました? そんなに震えて。
……ああ、やっぱりあなたの目は美しい。その感情に溢れた目、生き生きとしている!
大きく開いた瞳孔。震える視線。滲んだ涙。
……どれも、たまらない。
これだから、目は生きている方が好きなんです。
…おや、少し話しすぎましたね。もうこんなに遅い時間になってしまいました。
あなたも寝た方がいいですよ。寝不足は目に悪いですからね。
それでは明日、またあなたの瞳に会いに来ます。
おやすみなさい。」