いい夜を

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4/5/2026, 4:18:12 PM

「うわぁ! キレー! やっぱりこの山にしてよかったね! すっごい綺麗な星空!」


「ああそうかい、そいつはよかったな」


「本当に綺麗。全部見てるみたい。」


「そんなもんだろ、星なんて」


「たっちゃんも見てみなよ!  今見とかないと損だよ?」


「俺は深夜に叩き起こされて最悪なんだよ。 満足したら帰るからな」


「もう、相変わらず冷たいんだから!」


「こんな時間に起こされれば誰だってこうなるって。 ほら、さっさと降りるぞ」


「ああん! 待ってー」


「それ、俺が持つよ」


「え? ああ! いいよ、自分で持つ。結構重いし、たっちゃんにこれ以上負担はかけられないよぉ」


「叩き起こされた時点で限界なんだよ。いいからよこせ」


「あ……相変わらず乱暴!」


「るっせ」


「じゃあ帰りの車は私が運転する!」


「ばっか、車の方が任せらんねぇって。 また俺の仕事を増やす気か?」


「だって、それだったら私何にもしてないじゃない!」


「だからなんもするなって!  大人しくしてろ!」


「頑固者!」


「そっちだって」








「ねえ、たっちゃん」


「ん?」


「次はどこ行く?」


「はぁ?  お前まだ俺を振り回す気なのかよ」


「いいじゃん! どうせたっちゃん引きこもりなんだから!」


「うるせえ! 俺はもう行かねえからな」


「ねえ、私ニュージーランドに行ってみたい」


「話聞け」


「ニュージーランドってね、星空の世界遺産があるんだって」


「そうか、1人で行ってこいよ」


「ひっどーい!  たっちゃん星空好きでしょ?  行こーよ!」


「俺はもうお前の衝動に振り回されるのは勘弁なんだよ」


「えー?  でも2人だったらきっと大丈夫だよ! いつもみたいに!」


「俺が大丈夫じゃねえの!」


「私たっちゃんのこと大好きなのに!」


「な…… 馬鹿野郎! そんなことでっかい声で言うな! ほら、さっさと乗れ!」









「たっちゃん、たっちゃん」


「ん?」


「ごめんね、いつも振り回しちゃって」


「いや、本当に」


「でもさ、こんなわがまま聞いてくれるのも、頼れるのもたっちゃんだけだからさ」


「……ん」


「たっちゃん








ありがとね、








いつも死体の処理手伝ってくれて」


「おう」


「大好き」


「…うん」

4/4/2026, 5:24:56 PM

 仕事から帰って、家の鍵を開けたら同居人がドアの前でうずくまってた。

 おそらく外に出ようとしたんだろう。いつもスウェットを着ていた彼は珍しく服を着替えて、靴を履いていた。

 足元から荒い息が聞こえる。本人は、今の状況に精一杯のようで、なかなか顔を上げようとしない。

 「ゆうくん?」

怯えている小動物に触れるように、彼の名前を呼んだ。

ゆうは顔をなんとかあげた。
涙に濡れた目で、助けを求めるようにこちらを見る。

 「さ、さと、くん、ごめ、ぼ、僕、ひと、で、」

乱れた呼吸のまま、必死に何かを言おうとしている。言い訳みたいに。

 「大丈夫、落ち着いて。一回呼吸を落ち着かせようか。息、吐ける?」

 その場にしゃがみ、ゆうの目線に合わせる。 過呼吸の対処はよくわかる。相手を落ち着かせるために、優しい声で語りかけ、吸いすぎた息を吐くように促す。

 背中を一定のテンポでさする。
少し骨ばった背中、少し力加減を間違えたら折れてしまいそうだ。 

 しばらく背中に手を当てていると、上下の動きが少なくなり、ゆうの呼吸が一定になってきたことがわかる。顔も心なしか先ほどより穏やかになった気がする。

「落ち着いた?」

 一瞬、2人の呼吸の音しか聞こえなくなる。
次の瞬間、ゆうの顔が一変した。
焦ったような、怯えたような顔に。

「さ、佐藤くん! ごめ、ごめん。また、君に迷惑かけちゃって。あの、このままじゃダメだって、いつまでも佐藤くんに甘えてちゃダメだって、思って、1人で外に出てみようと思ったんだけど、できなくて。ごめん、ごめんなさい、勝手なことしなきゃよかった。ごめんなさい。」

 ゆうの口から勢いよく謝罪の言葉が飛び出す。おおかた言い終わった後、彼の目から、堰を切ったように涙が溢れる。

 もう話せないようだ。必死に涙を拭こうと、袖で目を擦っている。

「大丈夫だよ。ちゃんとわかってる。怖くなっちゃったんだよね?」

 できるだけ優しい声で話しかける。先ほどとは少し違う、小さい子供を慰めるように。

「ごめん、ごめん、変わろうとしたんだけど」

 またゆうの口から言葉が出る。先ほどの勢いはなく、小さく、消え入りそうな声で。

「大丈夫だよ。無理に変わろうとしなくて。そのままでいいよ。」

 震える肩を抱き寄せる。腕の中の熱が、自分のものになったような気がした。

「でも、めい─」

「迷惑なんかじゃないよ。俺はゆうくんの助けになれたらそれでいいからね。それに、外は怖いんでしょ? じゃあ無理に出なくていいじゃない。ここだけは、安全だよ、絶対にね。ゆうくんのことを1番わかってるのは俺だしね。」

 ゆうはポカンとした後、目線を下に落とした。考え込むみたいに。

「ねえ、今日はもう疲れたでしょ? 少し休みなよ。大丈夫、俺がいるから」

ゆうの両手を取り、移動を促す。

「そう、そうだね… そうするよ」

俺が立ち上がれば素直にゆうも立ち上がる。
ゆうが振り返ったので、隣に立ち背中に手を回した。

 こういう日には慣れている。今までにも何度かあったから。

 しかし、まさか外に出ようとするとは思わなかった。前々から、ずっと外のことを話してはいたが、実際に行動に移すことはなかった。

 迷惑なんてちっともかけてないのに、そこにいるだけでいいのに、ずっと謝ってくる。

 …どうしたら









 どうしたら君にとっての安全地帯は、俺の家だけだって、ちゃんとわかってもらえるかな。

 そんなことを考えながら、忘れないうちに鍵をかけた。

4/3/2026, 3:39:07 PM

「一つだけ、あと一つだけ、なあ、頼むよ」

「またそんなことを言って。一体、これで何回目なんでしょうね?」

「こ、今度こそ、今度こそ最後だ、なあ、どうせ持ってるんだろ?」

「うーむ、どうしましょう」

「お、おい! いま、今更渡さないとか言うなよ? わ、私はお前のお得意様だろ?」

「いやね、確かに貴方にはよくうちの商品を買っていただいている」

「じゃ、じゃあ」

「だからこそオレはこれを売りたくないんですよ」

「…は?」

「貴方、覚えてます? オレが最初に言ったこと」

「な——」

「まあ、そんなに必死じゃ覚えてないか…

いいですか? 物にはね、なんでも限度があるんですよ。やりすぎは毒ということです。
水だって、摂取し過ぎれば命を落とす。これだって一緒、このまま使用を続ければ貴方は確実に壊れてしまうでしょう。お得意様が使い物にならなくなれば、こちらだって損が生じる。」

「そ、そんなの、
そんなのお前の都合だろっ!
……ふざけるな。
……ふざけるなよ!
お前の! 都合なんて知ったことか!
出せ、早く出せよッ!!」

「人の話は最後まで聞く物ですよ、先生」

「っ…」

「なぁに、オレは意地悪をしにきたわけではありません。 ただ、一つ提案をしにきたんです。
先生、新しい商品に興味はおありで?」

「…」

「沈黙は肯定とみなします。うちのボスの方針なんです。
最近、うちの開発部が新しい商品を開発しましてね、体へのダメージは前のものより軽減、でも効果は前より強く、長く効きます!」

「…そんなものが」

「はい! 
実は…… 本日、なんと! たまたま! 新商品のサンプルを持っているのですよ!
よかったら差し上げます。 無料で」

「…あ」

「では先生、また来ます。 次もまた、金曜日の深夜に。 その時までにお返事を考えておいてください。 今後とも、よろしくお願いしますよ」










「おや、貴方、うちの商品に興味がおありで?」




「おーい、無視はひどいなぁ。」




「貴方ですよ、貴方、先ほどオレたちのやりとりをずぅっとみていたでしょう?」

「残念ながら、サンプルはもうないんです。
だから、また金曜日の深夜にお会いしましょう。」

「あ! そうだ、オレから一つアドバイスを」


「あまり盗み聞きはするもんじゃないですよ







——見せもんじゃねえんだぞ」






「……それでは、おやすみなさい」