「うわぁ! キレー! やっぱりこの山にしてよかったね! すっごい綺麗な星空!」
「ああそうかい、そいつはよかったな」
「本当に綺麗。全部見てるみたい。」
「そんなもんだろ、星なんて」
「たっちゃんも見てみなよ! 今見とかないと損だよ?」
「俺は深夜に叩き起こされて最悪なんだよ。 満足したら帰るからな」
「もう、相変わらず冷たいんだから!」
「こんな時間に起こされれば誰だってこうなるって。 ほら、さっさと降りるぞ」
「ああん! 待ってー」
「それ、俺が持つよ」
「え? ああ! いいよ、自分で持つ。結構重いし、たっちゃんにこれ以上負担はかけられないよぉ」
「叩き起こされた時点で限界なんだよ。いいからよこせ」
「あ……相変わらず乱暴!」
「るっせ」
「じゃあ帰りの車は私が運転する!」
「ばっか、車の方が任せらんねぇって。 また俺の仕事を増やす気か?」
「だって、それだったら私何にもしてないじゃない!」
「だからなんもするなって! 大人しくしてろ!」
「頑固者!」
「そっちだって」
「ねえ、たっちゃん」
「ん?」
「次はどこ行く?」
「はぁ? お前まだ俺を振り回す気なのかよ」
「いいじゃん! どうせたっちゃん引きこもりなんだから!」
「うるせえ! 俺はもう行かねえからな」
「ねえ、私ニュージーランドに行ってみたい」
「話聞け」
「ニュージーランドってね、星空の世界遺産があるんだって」
「そうか、1人で行ってこいよ」
「ひっどーい! たっちゃん星空好きでしょ? 行こーよ!」
「俺はもうお前の衝動に振り回されるのは勘弁なんだよ」
「えー? でも2人だったらきっと大丈夫だよ! いつもみたいに!」
「俺が大丈夫じゃねえの!」
「私たっちゃんのこと大好きなのに!」
「な…… 馬鹿野郎! そんなことでっかい声で言うな! ほら、さっさと乗れ!」
「たっちゃん、たっちゃん」
「ん?」
「ごめんね、いつも振り回しちゃって」
「いや、本当に」
「でもさ、こんなわがまま聞いてくれるのも、頼れるのもたっちゃんだけだからさ」
「……ん」
「たっちゃん
ありがとね、
いつも死体の処理手伝ってくれて」
「おう」
「大好き」
「…うん」
仕事から帰って、家の鍵を開けたら同居人がドアの前でうずくまってた。
おそらく外に出ようとしたんだろう。いつもスウェットを着ていた彼は珍しく服を着替えて、靴を履いていた。
足元から荒い息が聞こえる。本人は、今の状況に精一杯のようで、なかなか顔を上げようとしない。
「ゆうくん?」
怯えている小動物に触れるように、彼の名前を呼んだ。
ゆうは顔をなんとかあげた。
涙に濡れた目で、助けを求めるようにこちらを見る。
「さ、さと、くん、ごめ、ぼ、僕、ひと、で、」
乱れた呼吸のまま、必死に何かを言おうとしている。言い訳みたいに。
「大丈夫、落ち着いて。一回呼吸を落ち着かせようか。息、吐ける?」
その場にしゃがみ、ゆうの目線に合わせる。 過呼吸の対処はよくわかる。相手を落ち着かせるために、優しい声で語りかけ、吸いすぎた息を吐くように促す。
背中を一定のテンポでさする。
少し骨ばった背中、少し力加減を間違えたら折れてしまいそうだ。
しばらく背中に手を当てていると、上下の動きが少なくなり、ゆうの呼吸が一定になってきたことがわかる。顔も心なしか先ほどより穏やかになった気がする。
「落ち着いた?」
一瞬、2人の呼吸の音しか聞こえなくなる。
次の瞬間、ゆうの顔が一変した。
焦ったような、怯えたような顔に。
「さ、佐藤くん! ごめ、ごめん。また、君に迷惑かけちゃって。あの、このままじゃダメだって、いつまでも佐藤くんに甘えてちゃダメだって、思って、1人で外に出てみようと思ったんだけど、できなくて。ごめん、ごめんなさい、勝手なことしなきゃよかった。ごめんなさい。」
ゆうの口から勢いよく謝罪の言葉が飛び出す。おおかた言い終わった後、彼の目から、堰を切ったように涙が溢れる。
もう話せないようだ。必死に涙を拭こうと、袖で目を擦っている。
「大丈夫だよ。ちゃんとわかってる。怖くなっちゃったんだよね?」
できるだけ優しい声で話しかける。先ほどとは少し違う、小さい子供を慰めるように。
「ごめん、ごめん、変わろうとしたんだけど」
またゆうの口から言葉が出る。先ほどの勢いはなく、小さく、消え入りそうな声で。
「大丈夫だよ。無理に変わろうとしなくて。そのままでいいよ。」
震える肩を抱き寄せる。腕の中の熱が、自分のものになったような気がした。
「でも、めい─」
「迷惑なんかじゃないよ。俺はゆうくんの助けになれたらそれでいいからね。それに、外は怖いんでしょ? じゃあ無理に出なくていいじゃない。ここだけは、安全だよ、絶対にね。ゆうくんのことを1番わかってるのは俺だしね。」
ゆうはポカンとした後、目線を下に落とした。考え込むみたいに。
「ねえ、今日はもう疲れたでしょ? 少し休みなよ。大丈夫、俺がいるから」
ゆうの両手を取り、移動を促す。
「そう、そうだね… そうするよ」
俺が立ち上がれば素直にゆうも立ち上がる。
ゆうが振り返ったので、隣に立ち背中に手を回した。
こういう日には慣れている。今までにも何度かあったから。
しかし、まさか外に出ようとするとは思わなかった。前々から、ずっと外のことを話してはいたが、実際に行動に移すことはなかった。
迷惑なんてちっともかけてないのに、そこにいるだけでいいのに、ずっと謝ってくる。
…どうしたら
どうしたら君にとっての安全地帯は、俺の家だけだって、ちゃんとわかってもらえるかな。
そんなことを考えながら、忘れないうちに鍵をかけた。
「一つだけ、あと一つだけ、なあ、頼むよ」
「またそんなことを言って。一体、これで何回目なんでしょうね?」
「こ、今度こそ、今度こそ最後だ、なあ、どうせ持ってるんだろ?」
「うーむ、どうしましょう」
「お、おい! いま、今更渡さないとか言うなよ? わ、私はお前のお得意様だろ?」
「いやね、確かに貴方にはよくうちの商品を買っていただいている」
「じゃ、じゃあ」
「だからこそオレはこれを売りたくないんですよ」
「…は?」
「貴方、覚えてます? オレが最初に言ったこと」
「な——」
「まあ、そんなに必死じゃ覚えてないか…
いいですか? 物にはね、なんでも限度があるんですよ。やりすぎは毒ということです。
水だって、摂取し過ぎれば命を落とす。これだって一緒、このまま使用を続ければ貴方は確実に壊れてしまうでしょう。お得意様が使い物にならなくなれば、こちらだって損が生じる。」
「そ、そんなの、
そんなのお前の都合だろっ!
……ふざけるな。
……ふざけるなよ!
お前の! 都合なんて知ったことか!
出せ、早く出せよッ!!」
「人の話は最後まで聞く物ですよ、先生」
「っ…」
「なぁに、オレは意地悪をしにきたわけではありません。 ただ、一つ提案をしにきたんです。
先生、新しい商品に興味はおありで?」
「…」
「沈黙は肯定とみなします。うちのボスの方針なんです。
最近、うちの開発部が新しい商品を開発しましてね、体へのダメージは前のものより軽減、でも効果は前より強く、長く効きます!」
「…そんなものが」
「はい!
実は…… 本日、なんと! たまたま! 新商品のサンプルを持っているのですよ!
よかったら差し上げます。 無料で」
「…あ」
「では先生、また来ます。 次もまた、金曜日の深夜に。 その時までにお返事を考えておいてください。 今後とも、よろしくお願いしますよ」
「おや、貴方、うちの商品に興味がおありで?」
「おーい、無視はひどいなぁ。」
「貴方ですよ、貴方、先ほどオレたちのやりとりをずぅっとみていたでしょう?」
「残念ながら、サンプルはもうないんです。
だから、また金曜日の深夜にお会いしましょう。」
「あ! そうだ、オレから一つアドバイスを」
「あまり盗み聞きはするもんじゃないですよ
——見せもんじゃねえんだぞ」
「……それでは、おやすみなさい」