仕事から帰って、家の鍵を開けたら同居人がドアの前でうずくまってた。
おそらく外に出ようとしたんだろう。いつもスウェットを着ていた彼は珍しく服を着替えて、靴を履いていた。
足元から荒い息が聞こえる。本人は、今の状況に精一杯のようで、なかなか顔を上げようとしない。
「ゆうくん?」
怯えている小動物に触れるように、彼の名前を呼んだ。
ゆうは顔をなんとかあげた。
涙に濡れた目で、助けを求めるようにこちらを見る。
「さ、さと、くん、ごめ、ぼ、僕、ひと、で、」
乱れた呼吸のまま、必死に何かを言おうとしている。言い訳みたいに。
「大丈夫、落ち着いて。一回呼吸を落ち着かせようか。息、吐ける?」
その場にしゃがみ、ゆうの目線に合わせる。 過呼吸の対処はよくわかる。相手を落ち着かせるために、優しい声で語りかけ、吸いすぎた息を吐くように促す。
背中を一定のテンポでさする。
少し骨ばった背中、少し力加減を間違えたら折れてしまいそうだ。
しばらく背中に手を当てていると、上下の動きが少なくなり、ゆうの呼吸が一定になってきたことがわかる。顔も心なしか先ほどより穏やかになった気がする。
「落ち着いた?」
一瞬、2人の呼吸の音しか聞こえなくなる。
次の瞬間、ゆうの顔が一変した。
焦ったような、怯えたような顔に。
「さ、佐藤くん! ごめ、ごめん。また、君に迷惑かけちゃって。あの、このままじゃダメだって、いつまでも佐藤くんに甘えてちゃダメだって、思って、1人で外に出てみようと思ったんだけど、できなくて。ごめん、ごめんなさい、勝手なことしなきゃよかった。ごめんなさい。」
ゆうの口から勢いよく謝罪の言葉が飛び出す。おおかた言い終わった後、彼の目から、堰を切ったように涙が溢れる。
もう話せないようだ。必死に涙を拭こうと、袖で目を擦っている。
「大丈夫だよ。ちゃんとわかってる。怖くなっちゃったんだよね?」
できるだけ優しい声で話しかける。先ほどとは少し違う、小さい子供を慰めるように。
「ごめん、ごめん、変わろうとしたんだけど」
またゆうの口から言葉が出る。先ほどの勢いはなく、小さく、消え入りそうな声で。
「大丈夫だよ。無理に変わろうとしなくて。そのままでいいよ。」
震える肩を抱き寄せる。腕の中の熱が、自分のものになったような気がした。
「でも、めい─」
「迷惑なんかじゃないよ。俺はゆうくんの助けになれたらそれでいいからね。それに、外は怖いんでしょ? じゃあ無理に出なくていいじゃない。ここだけは、安全だよ、絶対にね。ゆうくんのことを1番わかってるのは俺だしね。」
ゆうはポカンとした後、目線を下に落とした。考え込むみたいに。
「ねえ、今日はもう疲れたでしょ? 少し休みなよ。大丈夫、俺がいるから」
ゆうの両手を取り、移動を促す。
「そう、そうだね… そうするよ」
俺が立ち上がれば素直にゆうも立ち上がる。
ゆうが振り返ったので、隣に立ち背中に手を回した。
こういう日には慣れている。今までにも何度かあったから。
しかし、まさか外に出ようとするとは思わなかった。前々から、ずっと外のことを話してはいたが、実際に行動に移すことはなかった。
迷惑なんてちっともかけてないのに、そこにいるだけでいいのに、ずっと謝ってくる。
…どうしたら
どうしたら君にとっての安全地帯は、俺の家だけだって、ちゃんとわかってもらえるかな。
そんなことを考えながら、忘れないうちに鍵をかけた。
4/4/2026, 5:24:56 PM