お題『手を繋いで』
2日目の夏季補習が終わり。家に帰る為電車に乗車した。昼前だというのに今日はやけに乗客が多く、目に入るのは仲睦まじい恋人同士である。
『あぁ。あたしも彼氏が出来たらあの人達のように手を繋ぎたいなぁ』
萌香は心の中で思った。目に映る恋人同士は互いの指と指が絡まった恋人繋ぎなのだ。
4、5分程乗車していると【浜独活岸前(ハマウドがんまえ)】という駅で多くの恋人達は電車を降りた。
あっという間にガラガラになった車内を見て、気になり携帯で駅名をネット検索してみた。
公式HP(ホームページ)を発見し読み進めていく。
どうやら今日は浜独活湾岸でサマーフェステバルが開催されている。
開催日程期間は……。今日まで、当日限りカップル様限定企画。しかも小さな文字で20歳未満は入場禁止と表記されている。会場ではお酒を無料で振る舞うらしい。
頭の中で合点がいく。だから電車はいつもより混んでいた。それに飲酒するなら車は運転出来ないからだろうなぁと思う萌香だった。
End
お題『ありがとう、ごめんね』
3月上旬。兄、源星(りげる)の中学校卒業式が終わった翌日の夕方。当時小学4年生だった真珠星(すぴか)は学校から帰って来ると赤いランドセルを家の玄関に近い廊下に置いたまま遊びに行く癖があった。
真珠星と入れ違いにパートから帰って来た母親がそのランドセルを見て腹を立たせた。
母親「あの子は!何度言えばわかるの!?」
数年前から夫の転勤が多く幾度となく繰り返される引っ越し、近所からの冷めた眼差し、そしてワンオペ状態の子育てに長男の反抗期が重なり精神的に病んで泣いてばかりいた母親の姿は今、見る影もないくらい本来の活発な性格を取り戻している。
何故、精神的に病んでいた母親(彼女)が看護のパートに就けたのか。それは真珠星が小学2年生の頃、夫の転勤がようやく落ち着いた半年まで遡る。夫が彼女(妻)の姿を見かねて上司に相談したところ、会社の役員が長期在籍を承諾してくれたのだ。
上司「今まで会社の為を思って勤務に励んでくれてありがとう。そして君の家族を巻き込んでしまって申しない」
上司は部下である夫(父親)に頭を下げた。
それから半年後つまり1年経った頃今のパートに就職が決まり現在に至る。
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真珠星は午後18時頃家に帰って来た。玄関を開けると腕を組んで仁王立ちで待っている母親が居る。怒られる気配を感じた真珠星は、そっと玄関のドアを閉めようとしたが、逆におもいっきりドアが開らかれ逃げ出さないよう真珠星の腕を掴み引っ張り上げて部屋の中へ押し込んだ。そして––––。
低く唸るような声で話す。
母親「何処へ行(ゆ)く」
リビングで正座させられ説教の時間が始まった。一方的に喋る言葉の数々。時折聞き慣れない四文字熟語が飛び交う。真珠星は反論したくてもその隙がないので、下を向いたままうん、うんと頷くだけである。
最後に母親は言った。
母親「廊下に置かない!!誰かが怪我をするでしょ。ランドセルは机の横に付いているフックにかける。それくらいやってから遊びに行きなさい!」
真珠星「…………。」
母親「返事は?」
真珠星「……はい」
母親「他にもいうことあるでしょ」
真珠星は部屋の隅に置かれた勉強机に目をやった。するとランドセルが机の上に置かれていた。
真珠星「ランドセル、ありがとう。そしてごめんなさい」
母親「はい。……次からはしないでよ」
と言ってキッチンに向かい夕食の調理に戻った。
End
お題『部屋の片隅で』
1日めの夏季補習から家に帰り、自分の部屋へ行くと部屋の片隅で黒い塊が見えた。
不思議に思った大神は、部屋の照明を点け確認してみるとそれは自分の掛け布団だった。
その布団は大きく丸く膨れ、時折ゴソゴソと動いている。
大神は溜息をつき、丸くなっている掛け布団を勢いよく剥ぎ取った。すると中から小柄な少女が現れた。
大神「小真莉(こまり)。俺の部屋で何してんねん!」
小柄な少女、小真莉は瞳に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔をして上目遣いで大神を見た。
小真莉「朝、起きたらお兄ちゃんが居(お)らんくて待ってた……。どこ行ってたんよ!!」
大神「どこって!?昨日、晩御飯の時言うたやろ。兄ちゃん、補習に引っかかって3日間、朝から学校行かなあかんって!」
小真莉「言うてない〜っ!?ホンマは学校行かんと、女の人の家行ったんやろ!!」
大神「はぁ!?何でそうなるんや。訳が分からん!!お前朝から変な昼ドラでも観とったんか?」
小真莉「観てへんわ!韓国ドラマやし!」
大神「一緒や!!」
大神小真莉(おおがみこまり)、10コ下の妹。極度のブラコンで母親と赤ん坊以外の若い女性は全て敵だと思っている。夏休みに入ったので毎日兄と遊べると思っているようだ。
End
お題『逆さま』
夏季補習二日め萌香は朝早くに教室に来ていた。
昨日の課題が終わったのは深夜1時頃、それから今日の準備をしていたら寝る時間が深夜2時になってしまった。補習で遅刻するわけにもいかず1時限が始まるまで寝ようと思ったのだ。
しばらく寝ていると、チャイムの音が聞こえて来る。
萌香は寝ぼけたまま鞄から携帯を取り出し時刻を確認してみると、液晶画面に9時50分と表示され、1時限目はとうに終わっている。寝過ごしたことに気づいていたない萌香に隣の席にいる大神が小声で話しかけた。
大神「おはようさん。2時限目始まったで」
大神の声が耳に入り、運命の人から声を掛けてもらい萌香は嬉しさのあまり大きな声で大神に挨拶をしてしまった。
萌香「お、おはよう!!早いねっ」
すると同じ教室に居た生徒が一斉に萌香に注目した。大神は目を逸らしくすくすと笑を堪えている。
大神「ちゃう、ちゃう。早ないって((笑))。自分起きるん遅すぎやわ」
萌香の目の前に樺本(かばもと)がやって来た。
樺本「お早う。輪通(わづつ)さん。随分気持ちよさそうに寝ていたわね。昨晩は何をしていたのかしら?」
樺本は笑顔を見せているが、目が笑っていないので萌香の目には不気味に映っている。それが怖くて樺本から目を逸らし答えた。
萌香「き、昨日の課題の残りをしていました」
樺本「そう。終わっているの?」
萌香「は、はい」
樺本は萌香から課題を受け取ると本日の課題だと言って萌香に手渡した。
樺本「次からは1時限目始まる前にアラームをかけなさい。明日も同じことしたら賄賂……いえ。ペナルティーだから」
萌香「は、はい」
萌香は、鞄から教科書を手に取り本日の課題プリントを進めていく。さっきからプリントの文字が逆さまに印刷されていることに気づきいた。これは誤字だろうか?萌香は大神に自分のプリントを見せて確かめてもらうことにした。
萌香「あの、えっと大神君。あたしの世界史の課題だけかな?文字が逆さまなんだけど……」
大神「ちゃう、ちゃう。輪通(自分)だけじゃないで俺も今、それやってるけど同(おんな)じやから」
萌香「そうなんだ。あたしてっきり樺本先生の嫌がらせかと思っちゃった」
大神「どうやろうな……あの先生(せんこう)性格曲がっとるからやりかねんわ」
樺本「大神君、輪通さん。二人とも静かにしなさい。次話たらペナルティーで課題増やすわよ」
大神と輪通は互いにごめんとアイコンタクトと手で交わし、課題に集中することにしたのだった。
End
お題『眠れないほど』
萌香は昼食を食べ終えてリビングから私服に着替える為2階にある自室へ向かった。
着替え終えるとベットの上に転がり––––。
萌香「少しだけ休憩したら……課題の残りしよう……」
1日目の補習で出された課題が終わらなくて、宿題になってしまったのだ。
ドアをノックする音と共に母親が御飯ができたわよと呼びに来てくれた。萌香はそれに答え、眠い目を擦りながら1階へ降りてリビングで夕食を食べている。
萌香の父親「萌香。随分眠そうだな」
萌香「……うん。あれ?今日パパ休みだっけ?」
萌香の父親「やだなぁ。パパ朝から居ただろう。見えてなかったのかい?」
萌香「えっ??えぇ……っと」
朝は、仕事に行くマミィと朝食を食べて、それから……最寄りの駅まで車で送ってくれて、その時パパはまだ……仕事で会社に、ん?家に居た?萌香は、朝の出来事を思い出しながらパパの存在を探したが会っていない。萌香の頭の中はパニックでオーバーヒート状態だ。母親は混乱しきっている萌香の様子を見て困った顔で萌香の父親を諌めた。
萌香の母親「パパ、冗談はその辺にしてあげて」
萌香の父親「悪かったよ。久しぶりに帰って来れて、一緒に食事することなかったからつい。萌香、ごめん。本当はパパさっき帰ってきたばかりなんだ」
萌香「もぅ!!パパァ〜!?」
父親の話が嘘だと知った萌香は幼い子供のように頬を膨らませた。小さい頃から父親は冗談ばかり言って困っている萌香の姿を見るのを楽しんでいた。
萌香の父親「お詫びに、面白い話をしてあげよう」
萌香「なになに?どんな話?」
萌香の父親「パパが中学生の時電車のホームにある公衆電話で実際に起きた話を……って萌香どこに行くんだ!?」
萌香は手を合わせてご馳走様と言って食べ終わった食器をキッチンの流し台へ持っていきリビングから出ようとしていた。
萌香「その話、前に聞いた。怖いお話でしょ!萌香、自分の部屋に帰る」
萌香の父親「ありゃぁ。怒らせちゃった。もぅ高校生だから平気だと思ったんだけどなぁ」
萌香の母親「無理よ。萌香、お化けや怪談話すっごく苦手なまま変わらないわ。旦那(あなた)の所為で」
萌香の父親は都市伝説や怪談話が好きで会社の人や友人、時には家族にも話ていた。そのせいで萌香は父親が苦手である。幼い頃に聞かされた怪談話で布団に入ってもなかな眠れないほど怯えたことがある。
萌香「パパの怪談話本当にヤダ。ちょっと思い出しっちゃたよぉ。明日も学校あるのに今日眠れるかな。……ん?学校!?あぁぁーーーっ!忘れてた〜!?」
萌香は課題の宿題を思い出しベットから慌てて起き上がり机に向かい、必死に宿題をするのだった。
End