よつば666

Open App

お題『ありがとう、ごめんね』

 3月上旬。兄、源星(りげる)の中学校卒業式が終わった翌日の夕方。当時小学4年生だった真珠星(すぴか)は学校から帰って来ると赤いランドセルを家の玄関に近い廊下に置いたまま遊びに行く癖があった。
真珠星と入れ違いにパートから帰って来た母親がそのランドセルを見て腹を立たせた。

母親「あの子は!何度言えばわかるの!?」

数年前から夫の転勤が多く幾度となく繰り返される引っ越し、近所からの冷めた眼差し、そしてワンオペ状態の子育てに長男の反抗期が重なり精神的に病んで泣いてばかりいた母親の姿は今、見る影もないくらい本来の活発な性格を取り戻している。
何故、精神的に病んでいた母親(彼女)が看護のパートに就けたのか。それは真珠星が小学2年生の頃、夫の転勤がようやく落ち着いた半年まで遡る。夫が彼女(妻)の姿を見かねて上司に相談したところ、会社の役員が長期在籍を承諾してくれたのだ。

上司「今まで会社の為を思って勤務に励んでくれてありがとう。そして君の家族を巻き込んでしまって申しない」

上司は部下である夫(父親)に頭を下げた。
それから半年後つまり1年経った頃今のパートに就職が決まり現在に至る。
___________________

真珠星は午後18時頃家に帰って来た。玄関を開けると腕を組んで仁王立ちで待っている母親が居る。怒られる気配を感じた真珠星は、そっと玄関のドアを閉めようとしたが、逆におもいっきりドアが開らかれ逃げ出さないよう真珠星の腕を掴み引っ張り上げて部屋の中へ押し込んだ。そして––––。
低く唸るような声で話す。

母親「何処へ行(ゆ)く」

リビングで正座させられ説教の時間が始まった。一方的に喋る言葉の数々。時折聞き慣れない四文字熟語が飛び交う。真珠星は反論したくてもその隙がないので、下を向いたままうん、うんと頷くだけである。
最後に母親は言った。

母親「廊下に置かない!!誰かが怪我をするでしょ。ランドセルは机の横に付いているフックにかける。それくらいやってから遊びに行きなさい!」

真珠星「…………。」

母親「返事は?」

真珠星「……はい」

母親「他にもいうことあるでしょ」

真珠星は部屋の隅に置かれた勉強机に目をやった。するとランドセルが机の上に置かれていた。

真珠星「ランドセル、ありがとう。そしてごめんなさい」

母親「はい。……次からはしないでよ」

と言ってキッチンに向かい夕食の調理に戻った。

End

12/9/2024, 4:25:08 AM