お題『距離』
夏季補習は午前中で終わる。教科時間にして3時限程度だ。一人の教師が一つの教室を監視する。
補習の課題は赤点(40点以下)を取った教科よって違う為個別で配られる。余談だが、萌香達がいる空き教室の振り分けは総合計点数で決まれられた順位である。
萌香達がいる補習A組は大神と樺本(かばもと)との会話、それに伴って急遽教師の変更により他の補習組と比べて大幅に時間が削られた。
萌香は代わりの教師より本日分の補習用紙を受け取る。
萌香「多い……これ今日中ですか?」
代わりの教師「そうだ。終わるまで帰れんぞ」
萌香「そう、ですか」
萌香の隣から声が聞こえる。どうやら萌香を呼んでいるらしい。
大神「なぁ、なぁ。子猫ちゃん」
萌香「あ、あたし?」
大神「そうや。自分や、あのさ日本史の教科書持ってへん?」
萌香は驚いて思わず大声を出しかけたが、すぐに自分の口を塞いだ。まさか隣の席に運命の人がいるなんて、思わなかった。あまりにも近い距離だったから気づかなかったのだ。萌香は鞄の中を探してみた。すると日本史の教科書が入っていた。しかし萌香は日本史は赤点を取っていないのだ、どうやら別の教科書と間違えて持って来てしまった。
萌香「はい。どうぞ」
萌香は大神に日本史の教科書を貸した。
大神「ありがとう。助かったわ。子猫ちゃんは俺に教科書かして大丈夫なん?」
萌香「に、日本史は大丈夫。あたし別の教科と間違っって持ってきたみたいだから」
大神「そうなんや。もし課題の中に忘れた教科書あったら言うてな、休み時間に取りに行くから」
萌香「ありがとう。その時はよろしくね」
大神「おぅ。任しとき〜」
萌香は心の中で––––。
『今、運命の人と会話して少しだけ心の距離が近づいた気がする』
と思うのだった。
End
お題『泣かないで』
夏休みの始まりはどうしても思い出してしまう。
中学生の頃に抱いた淡く涙の味がした初恋の想い出を–––––。
兄、源星(りげる)の友達、白鳥(しらとり)に夏祭りに誘われた日、真珠星(すぴか)は白鳥に自分の想いを伝える為に気合いを入れたが、履き慣れない下駄の所為で怪我をしてしまい告白どころではなかった。
あれから数日、リビングでT Vを観ながらカップのバニラアイスを食べている真珠星のスプーンを奪い、源星はそのスプーンでアイスをひとすくいして食べる。
源星「うん。美味い!」
真珠星は手に持ったアイスを食べようとしたが、手に違和感を覚えた。
真珠星「あれ!?スプーンがない?」
源星「スプーンってこれか?」
真珠星「……ぁ!?お兄ぃ。食べてたでしょ!?スプーン返してよ」
源星「食べたさそのアイス美味いな!もう一口くれたら返してやる!」
真珠星はカップを兄に手渡した。
真珠星「……はい」
源星「なんだよ今日は素直じゃねぇか」
断れると思った源星はいつもと違う真珠星に拍子抜けしてしまった。夏祭りの後家に両親がいるところでは心配かけまいと気丈に振る舞っているのを源星は知っていた。だから源星も普段通り真珠星にちょっかいを出す。一口、二口食べた後カップとスプーンを真珠星に返し、源星は真珠星に明後日白鳥の家に行くことを告げた。それに反応した真珠星は、源星の顔を見て一言放った。
真珠星「私も行きたい!連れてけ!」
ー明後日の夜ー
真珠星は源星と一緒に白鳥家に訪れた。そして屋上へ上がる。話を聞くに大学の課題で星の観察日誌を提出する為らしい。望遠鏡を覗くと無数の星が輝いていた。
真珠星「すごい綺麗ですね」
白鳥「そうだよね。都会と思えないくらい綺麗に見えるよね(笑)」
真珠星「はいっ!」
真珠星は感動していた。その様子を見て微笑む白鳥。
白鳥「真珠星ちゃん。元気になって良かったね。お兄ちゃん」
源星「お前の兄貴じゃねぇ。白(しら)の名前出したら途端に元気になったんだよ。あいつ」
白鳥「そうなんだ。ねぇ、僕達の関係知ったら真珠星ちゃん驚くかな?」
源星「だろうな。あいつお前のこと……」
真珠星「白鳥さん!望遠鏡覗いて下さい!夏の大三角形が見えますよ」
白鳥「わぁ、本当だね。源星も覗いてみなよ」
源星は望遠鏡を覗き込もうとした瞬間ズボンのポケットから携帯電話が鳴った。画面を見るとバイト先の店長からだ。
源星「わりぃ、ちょっと電話に出るわ」
そう言って屋上から出て行った。白鳥は真剣な顔をして真珠星に聞いて欲しい事があると伝えると、真珠星も私もですと応えた。
真珠星「あの……私、白鳥さんが好きです」
白鳥「ありがとう。……でも真珠星の想いには応えられない」
真珠星「どうしてですか?歳の差ですか!?」
白鳥「違うよ。真珠星ちゃんは僕の事多分男の人だと思っているよね?」
真珠星「はい」
白鳥「ごめんね。違うんだ僕は……女なんだ」
真珠星の目からポタリポタリと涙が溢れた。
白鳥「ごめんね。泣かないで!?騙すつもりはなかったんだ。本当にごめんね」
真珠星は焦る白鳥の言葉が全く聞こえないほどショックだった。
End
お題『冬のはじまり』
一カ月経たないうちにまた双子の姉から手紙が届いた。前回の手紙の最後に殴り書きで書かれた。
【私(わたし)の代わりになって】
という文章を思い出し、手紙を読むことに躊躇する。
あの手紙以降姉に手紙の返信をしてない。
読まずに机の引き出しの奥へ閉まってしまいたい気持ちがある。けれどそうしないのは、もしかしたらおばあちゃん達に迷惑がかかる内容かも知れないと思うと途端にモヤモヤしてしまう。委員長は深呼吸して気持ちを少しばかり落ち着かせた。
手紙の内容は–––––––。
『双子の妹 可論(かろん)へ ねぇ、手紙届いてるよね?どうして手紙の返信してくれないの?忙しいの?やっぱり都会は楽しいのかな?羨ましいなぁ。可論だけずるいよ。“良い“思いばかりして……。ねぇ私(わたし)達双子だから、独り占めしちゃダメだよ。冬のはじまりに可論の家に遊び行くから待っててね。 優しいお姉ちゃんより』
冬の始まり……。今、7月の下旬夏休みが始まったばかりだ。となると11月の終わりもしくは12月の初めか……。どうしようかと考えているともう1枚小さな紙が封筒から落ちた。開いて見るとまた書き殴った文字で–––––。
【逃げちゃ駄目だよ】
と書かれていた。
End
お題『終わらせないで』
夏季補習で学校に登校してきた萌香。
これから三日間空き教室で補習授業が行われる。
教室の周りを見ると、ちらほら同じクラスの人でいれば、クラスの違う全く知らない人もいた。
萌香は空いている、窓際の方へ座った。
予鈴が鳴って、本鈴が鳴り始めた頃一人の男子生徒が教室に入ってきた。
大神「ま、間に合った」
男子生徒の背後に高身長で褐色のクレオパ◯ラに似た黒髪ストレートロングの女性教師が声を掛けた。
女性教師「大神君、遅刻ね。」
大神「カ、カバちゃん!?今日だけ多めに見てぇや。お願いやから」
大神にカバちゃんと呼ばれた女性教師こと樺本(かばもと)は萌香のクラスの副担任である。因みに担当教科は世界史だ。
樺本「ん〜。賄賂(わいろ)次第ね」
大神「はぁ?賄賂?それ教師がしたらアカンやろ」
樺本は鼻で笑う。
樺本「甘いわね。大神君、この学校は賄賂が罷(まか)り通る学校よ!!」
大神「アホくさっ。付き合ってらんねぇ」
そう言って大神は空いている席に座る。
樺本「ちょっとまだ、交渉中よ!勝手に会話を終わらせないで頂戴!!」
夏休み中の静かな廊下で樺本の声が響く。背後から樺本の右肩を誰かが叩いた。
樺本「なんですか!また遅刻者です……か」
後ろを振り向いた樺本の顔が青ざめていく、肩を叩いたのはヒ◯ラーに似た生活指導の教師だった。
彼は校長に夏期講習中、学校の廊下の見回りを頼まれていたのだ。
生活指導「樺本先生、その賄賂について詳しくお聞きしたいので今から、指導室までご同行願います」
樺本「……はい」
樺本は下を向いて生活指導に連れて行かれてしまった。数分後樺本先生の代わりにやってきたのは明日萌香達に補習を行う教師だったという。
End
お題『愛情』
夏季補習一日目の朝、萌香は母親と朝食を食べていた。
萌香「マミィのご飯ってどうして美味しいのぉ」
萌香の母「それはね。私の愛情がた〜っぷり入っているからよ」
萌香「そっか、だから美味しいんだね。でもパパがご飯作った時美味しくないのは愛情が入ってないから?」
萌香の母「それは、違うわよ!(笑)ちゃんと愛情が入ってるのよ。ただ……」
萌香「ただ?」
萌香の母「パパは料理が不得意なだけ。仕事で家族が揃って会う機会が少ないけど、いつも電話やメールで萌香の事が好き過ぎて心配しているのよ。たまにはパパにメールしてあげてね」
萌香の母は、食べ終わった食器をキッチンの流し台へ持っていき、洗い始めた。少ししてから萌香も食器を流し台へ持っていく。その後洗面所で歯を磨き、2階にある自分の部屋へ通学カバンを撮りに行った。
この後、母の車で最寄駅まで送ってもらうのだ。
萌香の母親が玄関先で萌香の名前を呼んでいる。
萌香の母「萌香〜!そろそろ、出ないと遅刻するわよ」
萌香「は〜い」
この時萌香は母の言われた通りパパの携帯へ愛情の証❤️マークだらけのメールを送るのだった。
End