《誰そ彼。逢魔が時》
(刀剣乱舞/江雪左文字)
昼から夜に移り変わる頃。
所謂《黄昏時》という時間は、1人で出るのは危ないと誰かが言っていた。
逢魔が時。誰そ彼。
相手の顔がよく見えない時間だからこそ、良くない物と遭うかもしれない。
そんな事を言っていたのは誰だったか。
本丸の《彼岸花》の景趣の向こうに誰かの姿が見えたのは、この時間帯だったからなのか。
近侍の江雪は直ぐに気づいたが、審神者には見えていないようだった。
(彼岸が、此岸に繋がってしまったのでしょうか...)
そんなことを考えながら、審神者の見えぬところで静かに手を合わせ、あの者が本丸内に来ないことを祈っていた。
《明日も変わらず》
(刀剣乱舞/小竜景光)
敵を倒し、歴史を守る。
それが刀剣男士の本能であり、宿命。
けれど時々考えることがある。
「この戦いに、終わりはあるのかな」
戦場で思わず口走り、ハッとして口を塞ぐ。
隣にいた燭台切光忠は小竜の呟きが聞こえたらしく、にごりと笑う。
「どうだろうねぇ。まぁ、歴史修正主義者を殲滅するまで終わらないからね」
「終わるのかな。ずっと戦ってきてるけど、一向に減る気配がない」
「敵も知恵を出せば、戦も難航するだろうしね?」
「きっと明日も、その明日も。戦ってるんだろうね」
終わりのない戦など、人なら気が狂うだろう。
でも自分たちは刀剣で、人の形をした付喪神だ。
けれども人の姿を得てしまえば、心を持ち、喜怒哀楽を浮かべる。
「気の遠くなる話だよ、戦の終わりなんて」
数多の主を転々としてきたからこそ、変わらない日々を過ごすことの苦痛には敏感なのかもしれない。
きっと明日も、来年も、何年先も戦っている。
終わりのない戦いに気が狂うのはいつだろうか。
《夜の時間》
(刀剣乱舞/大般若長光)
これは大般若が審神者によって励起される前。
現世の博物館に居た頃の話。
日中は騒がしくも賑やかで、様々な人々の声が絶え間なく聞こえる館内。
しかし閉館時間になり、職員も居なくなると、シンと静まり返る。
付喪神達も眠ったり、長くこの世にあるモノは少しばかり本体から離れて歩いていたり。
大般若もそれなりに長く居る刀ではあるので、多少なりとは動けるが、限度があるためあまり動くことは無い。
展示されていない時期ともなれば尚更だ。
「静かな時間だなぁ....」
「おや、大般若は静かなのは苦手かい?」
「苦手では無いが、暇ではあるだろう?小竜はどうなんだい?」
「まぁ俺も退屈って点には同意するけどさ」
同じ長船派の景光作の太刀・小竜景光とは仲も良く、共に起きていればたわいない会話を交わす。
沢山の古いモノたちで溢れるこの場所は、いつも騒がしくて飽きないが、毎晩訪れる静かな時間も、暇ではあれど嫌では無いのだ。
《思い出す日々》
(刀剣乱舞/燭台切光忠)
時々夢を見る。
あの日。揺れる地面と迫り来る火。
そして開かれた扉から一瞬見えた人の顔と、眩いほどの光。そして熱。
気がつくと身体中が真っ黒で、「これはダメだな」と終わりを察したこと。
そして思い浮かぶのは伊達家や水戸徳川家で出会った刀や人々の事。
これを人は《走馬灯》と呼ぶのだろう。
別れの言葉も言えず去ることの悔しさや悲しさを感じながら、朦朧とする意識の中。
炎とは違う熱を感じながら、意識を失ったこと。
気が付くと、あの日の傷を抱えたまま生き長らえていた。
最早日本刀とも呼べぬ、鉄屑同然の己を愛おしむ人々へ
別れの言葉はまだ言わなくて済んでいる事を。
そして今。
審神者の手によって励起され、その手に抱える自身は在りし日の己自身。
「僕はまだ、刀として戦えるんだね」
長船派が祖・光忠が1振り、燭台切光忠。
刀としての自身に別れはまだ来ない。
《時雨》
(刀剣乱舞/亀甲貞宗)
冬の寒さが見えそうな晩秋の日。
突然雨が降り出し、低い気温なこともあり、一気に寒さを感じた。
「通り雨。いや、この時期だと時雨か....」
部屋の中にいても感じる冷たさに、思わず羽織を纏う。
静かな部屋に響く雨音と冷たくする空気は、晩秋ならではであった。
「こういう経験も、ご主人様に呼ばれたからこそだね」