《秋の匂い》
(刀剣乱舞/太鼓鐘貞宗)
「なんか、すげぇ甘い香りしねぇか?」
「甘い香りするね」
遠征に出ていた太鼓鐘と燭台切は、ふと甘い香りが漂う事に気が付いた。
「なんだっけこの香り?」
「うーん....」
2振りが首を傾げていると、その前を歩いていた鶴丸国永が「貞坊と光坊は分からないのかい?」と笑った。
「金木犀の香りじゃないか!ほら、そこを見てみろ。金木犀の木が植えられている」
鶴丸が指を指す先には1本の金木犀が植えられた民家が見える。
「金木犀か!そういや景趣であったよなー!」
「秋の香りだよね」
「秋は美味しい食べ物も多いしな!」
甘く香る金木犀
艶やかに実る葡萄や林檎
鮮やかに染まる紅葉
秋の足音はすぐそばまで聞こえる。
《外の世界の自由をもう一度》
(刀剣乱舞/物吉貞宗)
戦の折に、腰に帯びると必ず勝てた事から付いたとされる号。
幸運を運び、勝利を運ぶ刀。
かつての主と共に見た外の景色は、時に美しく、時に残酷なものだった。
しかしそれも随分と昔の話。
戦の世は、その元の主によって閉じられ、泰平の世と成った。
そして時代が進むにつれ、刀の時代は終わり、今となれば美術館に収められている。
「外の世界が恋しいなぁ...」
窓から見える景色は、何十年もすれば代わり映えのないもとなった。
「家康公の刀の皆さんにもお会いしたいですねぇ....」
窓から見える青空は遠く、今はこの手を伸ばしても届かない世界。
いつかまた、あの頃のように外の空気に触れ、景色をこの目に映せる日は来るのだろうか。
物吉はそんなことを思いながら、今日も狭い世界の中に居る。
《形なきものを形に》
(刀剣乱舞/蜻蛉切)
想いというのは形がないもので、どうにか伝えたいから言葉を綴り、行動に移すのだという。
「人はそれを"愛"だと呼ぶのでしょうな」
話の発端は、先日修行より帰還した千子村正の事だった。
妖刀伝説に惑わされる話を、本人も手紙に綴っていた事から、「なぜそんな噂が生まれるのか」から話が変わり、
言葉や想いという形の無いものの話になったのだ。
蜻蛉切にも梵字が彫られており、それもまた形の無い"願い"や"想い"といった心を、形にしたものだと。
「自分を形作るのは人の想いであり、元の主の生き様もありましょう。そのようなものも、形の無いものであると思います」
勇ましい体と強き精神を持つ蜻蛉切という刀剣男士もまた、かつての主・本多忠勝の生き様が反映されているのだと。
《子供の心は何処へ》
(刀剣乱舞/千子村正)
その本丸の審神者は十にも満たない子供だった。
けれども随分と大人びており、精神年齢だけで言えば大人にも思える人間だった。
だからこそ、遊びをする姿は見ることがなかった。
ある日、千子村正は審神者が現世へ赴く用事が出来た際に伴をした。
道中の公園から聞こえた子供の笑い声にふと目をやると、
ブランコやジャングルジムなどの遊具で遊ぶ子供たちの姿が見えた。
「主はあのように遊びたいと思うことは無いのデスか?」
村正の問いに審神者は一瞬子供たちの方へ目線を送るが、直ぐに戻し、
「子供で居られなくなったからね」と答えた。
「審神者になった事を悔いているのデスか?」
「そんなことは無いよ。でも、同じような年齢の子達と遊びたいと思うのは嘘じゃないよ」
「ジャングルジムに登って、そこから見える景色の綺麗さは1度だけ知ってる。秘密基地みたいで楽しかった思い出も」
「主といえどまだ子供なのデス。遊ぶ事も仕事と言うでショウ?」
村正の言葉に審神者は微笑むだけで、応じることは無かった。
《呼ぶ声》
(刀剣乱舞/愛染国俊)
真っ暗闇の中。
誰かの声が聞こえる。
「愛染国俊様。どうか起きて下さい」
「我らの為にお力添えいただきたい」
その声に喚ばれ、目覚めた日を覚えている。
自分が何者で、何のために励起されたのか。
自身を振るう理由も、守るものも。倒すものも。
誰かを守るためならば、敵を倒し、守って見せよう。
「愛染明王の加護がついてんだ。任せとけって」
これは、刀剣男士・愛染国俊の《本霊》が目覚めた時の話である。