《思い出の欠片が足りない》
(刀剣乱舞/今剣)
源義経の守り刀。それが今剣である。
彼自身も義経公の守り刀であったことを誇りに思っている。
けれども今剣には義経と弁慶の事しか無い。
《義経記》に記された短刀。現物はない。
いわば朧げで、不完全な存在。
三条小鍛冶宗近の作刀というのも、
磨り上げられて小さくなったということも、
五條天神社での回顧や清水寺での義経と弁慶の戦いの記憶も。
全てが不確かな要素で成り立つ存在。
故に義経記こそが今剣、ひいては岩融が顕現出来る唯一の依代とも言える。
いや。もしかすると、義経記だけではなく
謡曲や御伽草子の【橋弁慶】なども彼を構成する要素なのかもしれない。
いずれにせよ、万人に愛された源義経という存在を語り継ぐ存在の今剣が、語り継がれる為の軍記物によって存在を語り継がれるというのも、また皮肉なのかもしれない。
《元主の代わりの××の香り》
(刀剣乱舞/薬研藤四郎)
ある夏の日の事だった。
宗三左文字が薬研藤四郎に用があり、部屋を尋ねた。
「薬研、明日の出陣の事ですが....」
彼の部屋の戸を開けた時、ふわりと何かが香った。
部屋の主の薬研は「ん?どうかしたか?」と、読んでいた本から顔を上げて返事をする。
「薬研。何か香でも焚いていたんです?」
「ん?あぁ、さっき大将から沈木の香水とやらを貰ってな。まぁ俺らからしたら沈木自体の方が馴染み深いけどな」
その答えを聞き、宗三は「あぁ、なるほど」と頷いた。
そして同時に、審神者が彼に沈木の香水を贈った事は偶然か、はたまたわざとなのかとも思ったのだ。
「信長の葬式に、遺体の代わりに沈木の仏像を入れたとか」
「そんな話もあるらしいな。俺からすりゃ、蘭奢待を切り取った話の方が好きだけどな」
「好きも嫌いもあるものですか」
この短刀は、かつての主の葬式で、骨すら残らなかったが故に、代わりに焼かれた物と同じものをその身から香らせるのだ。
(焼失した刀に、その香りを纏わせるとは、今世の主もまた変わった人間ですね....)
長谷部や不動が知ればどんな顔するか、想像するだけで困ったものだと嘆くばかりだ。
《ただ居てくれれば》
(刀剣乱舞/泛塵)
泛塵には真田の物語がある。
刻まれた銘が泛塵たらしめる何よりの証。
けれども共に戦場に立つ大千鳥には物語しかない。
語り継がれた物語の中の存在。
しかし泛塵にとってはそれは些細な事。
言葉がなくとも通じ合える存在。
側に居てさえくれればそれで十分だ。
足りない真田の物語は己が与えよう。
交わす言葉も書き記された物語も塵芥のようにいずれ消えてしまう儚いものだろう。
だから言葉などいらない。
この瞳に映る己の姿が、大千鳥を真田の槍として在れるようにする。
それが、《真田左衛門佐信繁の脇差・泛塵》の役割だ。
《来訪者は青を纏う》
(刀剣乱舞/南泉一文字)
「少し、君の部屋を貸してくれ」
本丸中が寝静まる夜中。南泉一文字の部屋を一振の刀が訪ねた。
「....勝手に使え...にゃ」
「すまないな」
旧知の仲である山姥切長義だった。
寝間着を纏う彼の瞳は、いつもより青く見える。
それは夜よりも深い。いや、寧ろ彼の青さは空の青ではなく、海の青のような深い青に見える。
顔色も悪いが怪我はない。
(心の方の傷、ってとこかにゃ...)
南泉は彼の手を引き、何も言わず布団に座った。
その手は氷のように冷たく、先程の声も覇気が無かった。
(何があったんだか....)
いつもの威勢の良さが失われると調子が狂う。
けれども、山姥切が自身の弱ってる姿を見せられる相手が自分だけだと思うと、どれだけ嫌味を言われても嫌いになれないのだ。
(いっそ、苦しんでるなら泣き叫んででも吐き出しちまえば楽になれるのに。そうしないのが"山姥切長義"のプライドなのかにゃ....)
南泉は何も話さず、その手を握り続け、彼の心が晴れるのを待つことにした。
《天泣、又の名を》
(刀剣乱舞/小狐丸)
空に雲がないのにも関わらず、雨粒が頬に当たった。
万屋に審神者と共に訪れていた小狐丸は、審神者の手を引いて屋根の下へ逃げ込んだ。
間もなく大粒の雨が降り始めた。
しかし空はやはり晴れている。
「天泣...天気雨...狐の嫁入り、ってやつだね」
と、審神者がケラケラと笑うので、小狐丸は悪戯をしかけたような笑みで、
「狐に嫁入り、されますかな?」と返すと、審神者は「しないよ」と返す。
けれども、佇む審神者の姿を見れば《欲しくなる》のが、この小狐丸だと言うことを審神者は知らない。
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100人を超える「♡」誠にありがとうございます。
拙い文章となりますが、可能な限り全振りのメイン作品を書けるよう努めて参ります。
これからも応援の程、よろしくお願いします
瑠璃