「さいたー、さいたー」
楽しげな声を聞きながら目を閉じる。
心地いいなあ。
太陽の下で、君は楽しそうにくるりと回転した。
足首まで覆い隠すスカートがふわりと跳ねて、草花がかすかに揺れる。
「きれいだねえ」
腕に抱いた大切なものに話しかける君。
優しさと。
暖かさと。
そう、これはひだまり。
彼女はひだまりの化身。
花畑で踊るあの子は、色とりどりの花に囲まれて楽しそう。
「なんて名前だろう、ああ!食べちゃダメよ」
しゃがみこんだ彼女に、これ幸いと手を伸ばした腕の中の宝物は、どうやらむんずと花をむしりとって口に運んだらしい。
慌てる彼女の声が聞こえて、俺は忍び笑いを漏らす。
くるり。振り返った彼女が母子そっくりな顔で笑った。
「 」
俺の名を呼んで手を振るあの子に、日傘をさしむける。
綺麗な新緑の葉に似た瞳を瞬かせて、そっと触れる赤子の頬に分かりやすくびっくりした様子。
「まあ!こんなに熱くなって…、ごめんね」
そういうつもりじゃなかったんだけど。
いつだって我が子を優先する彼女を笑って、彼女がそうしたように頬に触れた。
「君だって熱いじゃないか。俺に心配させておくれ」
「あ……ありがとうございます」
本当は。
やっぱり君は陽の光の下でくるくる笑っている方が好ましいのだけれど。
太陽は人を焼いてしまうから。
すこやかに、おだやかに、笑っていて。
俺の手の届く範囲で。
強風にあおられて飛び上がる花びらに、母そっくりの赤子が手を伸ばした。
お題「花畑」
「泣いてるの?」
真っ青な空を見上げていた私を覗き込んで彼女は言った。
何を言われているのかわからなくて首を傾げたら、頬を指先でなぞられる。
ペロリ。
あんまりにも自然な動作で指先を舐める彼女に、目を瞬く私は驚くだけ。
なんで舐めた?
「あれ、しょっぱくない。じゃあ涙じゃないのかな」
「……涙って感情で味変わるらしいよ」
「じゃあ泣いてたの?」
「泣いてないよ」
私も、何言ってるんだろう。
今大事なのは涙の味じゃない。
「なんで舐めるの」
「直接は舐めてないよ」
「そーゆーことじゃないかなあ」
どうして私の方がおかしいみたいな顔するの。
どう考えたって指で拭った水分舐める方がおかしいでしょ。
「汗かなあ……でも汗も塩分だよねえ」
ポツ。
首を傾げる彼女を呆れて見ていたら、彼女の鼻先に雫が落ちた。
パチリと目を瞬いて、空を見上げる彼女は、花開くような笑顔を空に向けた。
「君が泣いてたんだねえ」
雲ひとつない青空から、雫が落ちてくる。
ポツ。ポツ。ポツポツ。ザザザザザッ。
「わ!?早く屋根のあるとこ行こ!」
「わあ、ギャン泣きだあ。どうして泣いてるのー?」
ああもう。
目も開けていられないような降り方なのに泣いている空を見上げて動こうとしない彼女を引っ張る。
引っ張ったら動いてくれるから、急いで建物の中へ。
泣き虫な空は、まだ泣き続けている。
お題「空が泣く」
ピコン。
鳴った音に反応して、スマートフォンに手を伸ばす。
通知欄に出てきた君からのLINEにぱっと顔を輝かせて、そして冷静に深呼吸。
だって、すぐ既読がついたら変に思われちゃう。
何分待てばいい?
カチカチ鳴る時計の針の音を聴きながら、全然気にしてませんよって顔してSNSを開くの。
TLを流し見するけれど、全然頭に入ってこない。
もういいかな。
もういいよね。
開いたLINE画面に、目を通して、文字を打ち込む。
誤字脱字を注意しなきゃ。
間違えてしまったら、話題が一つ増えていっぱい話ができる気もするけれど、やっぱりみっともないところは見せたくないでしょ?
ぐっと『届け』って願いながら君へ送る私のLINE。
一秒。
二秒。
ぱっとついた既読の文字に、君が私とのLINEを待っていてくれた気がした。
宙をふわふわ浮いてる気分。
ただの明日の連絡だったけど。
お題「君からのLINE」
「帰ってこなくていいよ」
その人は笑いながらそう言った。
「前だけ見て進め」
その人はオレの背中にそう言った。
「オレを、省みなくていいよ」
その人は目を瞑ってそう言った。
だから、ただ只管に、前へ進んだ。
心臓を鳴らし、息を吐いて、常に死と隣り合わせに道を行く。
頂点に辿り着いた時、てっぺんの青空に人知れず肩の力を抜いた。
ここがオレの、生きる道。
こういう生き方がオレなわけで。
こういう生き方しかできないわけで。
命が燃え尽きるまで、燃え尽きても、ここから離れられないんだ。
*
「燃え尽きたら、ここにいていいですか?」
ぐったりした身体を投げ出して、隣に座ってるあなたに問い掛ける。
持ち帰りの仕事をしていたブルーライトカットメガネ越しにあなたが目を瞬いて。
「燃え尽きたの?おまえが?」
「…………」
「……?」
「なんでもないです」
「えー、なんだよ」
なんだか恥ずかしくなって、ごろりとうつ伏せになる。
そうだよ。
どうして訊こうなんて思ったんだろう。
今までだってそうだった。
この人はいつも、拒否しないけど求めもしない。
心臓が震えるくらい真っ直ぐオレを見てるのに。
それを表に出さないんだから。
だから。
全てを出し切って、燃え尽きて、そしたら怒られるまでべったりくっついてやる。
だからさ。
オレの命が燃え尽きるまでオレを見てて。
今と同じくらいの熱量で。
お題「命が燃え尽きるまで」
女好き。
来る者拒まず。
人でなし。
多くの罵倒を聞きながら、へらりと笑みを浮かべる。
そうはいっても、である。
みんな、俺のそういう軽さが楽で俺を選ぶのに最後はいつも怒られる。
割り切った関係でいいって。
一夜の関係だって。
そう言ってたのにね。
「俺が悪いの?」
「悪くは……無いのよねえ」
「でしょ?」
「でも…ううん……」
「なぁに?」
最初から伝えてる。
本気の子を遊びの相手に使うやつよりよっぽどいいと思うんだけど。
何がダメなんだろう。
「優しい、のよ」
「優しい?」
「遊びならその時だけで良いのに、普通にデート行くし、気遣うし?」
「え、だってそれ、お詫びだよ?心はあげられませんって」
言ったら、彼女は呆れたように溜息を吐いた。
そんな顔されるようなことなのかな。
わかんないや。
「割り切らせて貰えないあの子たちがかわいそう」
「いつも叩かれる俺はかわいそうじゃないの?」
「はいはい。かわいそかわいそ」
「心がこもってないよお」
頭を撫でられて、慰められても、全然ダメだ。
でも、気持ちいいのは確かだからもっとって頭を押し付ける。
ふふ、って楽しそうな声が聞こえた。
「あなたはどんな子を好きになるんだろうねえ」
知らないよ、そんなの。
「本気の恋をしたら、何か気付けるかもね」
何も変わらなかったよ。
だって幼いあの頃からあなただけが本気の恋。
頭を撫でる左手の薬指。
見たくなくて、強く目を瞑った。
お題「本気の恋」