クレハ

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9/12/2023, 8:06:29 AM

月末に今月のカレンダーを破くのはオレの仕事。
とは言っても、オレがタイミングよく家にいるときだけだけど。

「あれ?」
「どうした?」

二人暮らしのマンションだけれど、オレがいる時間はそんなに多くない。
一年の大半を海外で過ごしているから。
それでも二人暮らしを選んだのは、この人と生きていくっていう証明が欲しかったから。
おかえりとただいまが常に存在する安穏に息を吐きたいから。

「この日何かありましたっけ」

指差した先、並んだ数字の半ばに、一つくるりと赤いペンで丸が書かれている。
何かあったっけ。
首をひねって考えてみても、何も思い出せない。
この雑な丸は間違いなくオレが書いたものなんだけど、書いた理由がさっぱりで。

「誕生日だけど」
「えっ」

呆れたような声がキッチンから聞こえて、ぐりんと振り返るオレ。
あなたは食べ納めの冷やし中華を具材を作りながら笑っている。 

「たん、じょーび」
「そ。カレンダー買い替えた時、二人の誕生日に記しつけるって騒いだじゃん」

そういえばそんなこともあった気がする。
誕生日。
誕生日だ。
オレの大切な人の。
謎が解けた喜びと、過去を振り返ってみても何もしていないことの絶望感。
こんなふうに誰かに何かをしてあげたいと思ったことも、忘れていた事実に膝を折りたくなる気持ちも、全部この人が教えてくれた。閑話休題。

「その日海外だったしなー」

ケラケラと、何も気にしていないような笑い声。
けど知ってる。
オレの誕生日は、オレの大好きなものだらけの食事を作ってお祝いしてくれたこと。
オレはそれが嬉しくて、お礼がしたくて。

「来年」
「……え?」
「来年はお祝いさせてください、絶対」
「…………来年も、一緒にいてくれんの?」
「っ当たり前でしょ!」

びっくりしたような、呆然としたような、そんな顔。
聞こえてきた言葉に反射で返して、ぎゅっと手を掴んだ。
にぎにぎと、包み込んだ手のひらをなぞってもんで、指先にキスした。

「……なっ」
「来年も、この先も、カレンダー新しくしたら書くし、今度こそ忘れないから。オレができる精一杯でお祝いします」
「あ、そお」

真っ赤になった顔を逸らしたら、真っ赤になった耳が丸見えた。
耳に顔を寄せたらもっと赤く染まりそう。

「おまえはそんな気持ちなかったんだろうけど、ちゃんとプレゼントもらってるよ」
「んん?そー、なんですか?」
「そうなんだよ」

何かあげたっけ。
この日は確か海外で試合の最中。
いや、最終日の表彰式だったかな。

「…………あ」

その日オレは一位をとって優勝して。
この人はスポーツトレーナーとしてオレが所属してるチームに入っていて。
自分のことみたいに喜ぶ笑顔を、今更思い出した。

オレ、あなたを喜ばせられてました?


お題「カレンダー」

9/9/2023, 1:18:20 AM

ドキドキ。
ドキドキ。
心臓の音が、耳の奥で鳴り響いている。
気道が狭まる感覚。
浅くなる呼吸に、勝手に上がる口角。
生涯回数が固定されていると噂の心臓の音は、死へ近付く道中の生を意識させる。

「あっは」

苦しくて、息もできないのに、どうしようもなく笑みが溢れる。
生きてる。こんなに、オレは生きてる。
速まる胸の鼓動が、生の実感。

****

「おかえり」

なんの約束もしていなくて、ふらりとどこかへ消えて帰ってくるオレに、その人はぐるりと寸胴鍋をかき回しながら言った。

トクン。
心臓が鳴る。

靴を脱いで近付いて、手を洗えと文句を言う背中に抱きつく。
息を吸って、吐いた。

「ただいま、て、言っていいんですか?」
「……ん?」
「オレ、何も言わずに出ていったのに」
「……まあ、帰ってくるし」
「―ッ」

ぎゅう、と腰に回した腕に力を入れる。
どうしよう、泣きそうだ。
こんなに甘やかして、どうしたいんだろう。

「ねえ、」
「んー?」
「オレの家になって」
「……」
「だめ、ですか?」
「仮宿じゃないならいーよ」

オレの腕に、あなたの手が触れる。
あなたの背中から、オレの心臓の音がバレてしまいそう。

トクトクと止まない胸の鼓動は、この暖かさを手放すなと告げている。

お題「胸の鼓動」

9/6/2023, 8:18:18 AM

「貝殻になりたい」
「なんて?」

何を言っているのかわからなかった。
よく考えても、やっぱり意味はわからない。

「貝になりたいーみたいな?」

漫画かなにかでそんな文言を見た気がする。
今貝殻になりたい彼女はついさっきカレシの浮気が発覚して、盛大にカレシも浮気相手も罵倒してきたところだ。
さもありなん。

放課後の教室は昼とはうってかわって静かで、夕焼けの熱が室内の温度を上げていく。
べったりと机に顔を伏せて唸っていた彼女はゆっくりと顔を起こし、教卓に背中を預けて文字を打っていた友人をむっと頬を膨らませて見上げる。

「貝になったって意味ないじゃん。貝殻になりたいの」
「どう違うのさ、それ」
「今日の日本史の授業を忘れてしまったのかね」

嘆かわしい、みたいな顔をして、身体をおこし、机の中から大事に使われてることがわかる擦り切れた日本史の資料集を取り出した。
パラパラめくって、平安時代の貴族の遊びのページを開く。

「貝合わせって言ってね。たくさんのハマグリの貝殻を並べて、対になる貝殻を見つける遊びなの。神経衰弱みたいなゲームだね。ハマグリみたいな二枚貝は対になる貝殻としか組み合わせることができないんだって」

貝殻の内側に描かれた綺麗な絵の写真。それをなぞりながら、彼女は小さく笑みを浮かべた。

「対になる貝殻はこの世に二つとなく、ぴったりとはまるの。夫婦和合の象徴として嫁入り道具にもなるのよ」
「嫁入り道具、ねえ」
「だから貝殻になりたいの」

たった一人。
決して違えない、私だけの対が欲しい。
寂しそうに呟いて、勢いよく資料集を閉じる。

「よし、帰ろうか」
「………ん」

立ち上がった姿を見て、通学カバンにスマートフォンを放り込む。
彼女とお揃いの、色違いのくまのストラップが揺れた。

(貝殻になりたいのは私の方だ)

私はいつも、彼女の隣にしか立てない。
バラバラに並べられた貝殻なら、彼女と試されることもあったのだろうか。


お題「貝殻」

9/4/2023, 7:02:30 PM

「パンッ?キラッ?……チカチカ?んー??」
「何一人で喋ってんだ、怖いわ」
「『きらめき』の音ってどんなだと思います?」

まーた変なこと言ってる。
不真面目な後輩は、与えられたレポートもそっちのけでしきりに首を傾げている。
こいつは、今目の前にあるレポートを提出しないと単位が貰えないという事実を忘れ去ってしまったんだろうか。
だがしかし、一度横道に逸れたらどんな結果であれ答えを見つけないと元の道に戻れない性質のこの後輩。
仕方なしとため息をついた。

「フツーにキラキラじゃねーの」
「えーそんな落っこちてるような音じゃなかったですよ」
「キラキラって落っこちてんの……?」
「キラキラキラァってスノードームみたいにゆっくり落ちてる感じします」
「んー……んー?うん……?」

いまいちわかんないわ。
うなずいたけれど、こいつの脳内では違う判定を出したのだろう。
間違いだと言われたみたいで少し腹立たしくて、テーブルに置いてあるマグカップを手に取って息を吐く。精神集中。

「もっとこう、ぐわっ!って感じの。心臓わし掴みするみたいな」
「おう…?」
「全神経持っていかれて、きらめいて見えたんですよ」
「あ、そぉ……」
「今もきらめいて見えるけど。でもあの瞬間の音だけは違うんですよねえ」

しきりに首をかしげる後輩をみながらシャーペンを回す。
答えは見つかったんだろうか。

「ぐわって感じだし、ドンッて感じだし……」

果たしてそれはきらめきの音なのだろうか。
相変わらず意味のわからない後輩だと思いつつ試験勉強に取り掛かる。要領はいい方だけど、努力しないと酷い結果になる運命を抱えているから、しっかり対策しないと。
握り直したシャーペンの向こう側で、何故か頬杖をついた後輩に見られている。

「なに」
「あなたを見つけた瞬間、オレの視界いっぱいにきらめきが広がったなあって」

好きだよ。
オレの家に今オレたちしかいないってのに、囁くようにそれを言った。
憎たらしい後輩は、そのお綺麗な顔に見惚れるような笑みを乗せて笑う。
それが腹立たしくて、恥ずかしくて。

「思ったんだけどさ」
「はい?」
「あの夏の日だったんだから、汗も蒸発して塩になるよな」
「そー…なんですか?」
「そーなんですよ。だからオレがきらめいて見えたってのもさ、太陽に塩の粒が当たって反射光できらめいて見えただけだよ」

オレみたいな凡人がきらめいてたまるか。
ぱちくり。
そんな効果音がぴったりの顔して、後輩はそのあとすぐにテーブルに突っ伏した。

「………ほんと、そういうとこキライ」

髪から覗く耳がほんのり赤く染まっていて。
人を振り回す問題児を逆に振り回している。
少しだけさっきの鬱憤もはらせたし、機嫌を良くするために手始めに頭を撫でてやろうと手を伸ばした。



お題「きらめき」

9/4/2023, 9:46:12 AM

今日ね。

軽やかな声で紡がれる言葉はいつだって些細なこと。
別に今話さなくてもいいだろって思うことでも、あの子は楽しそうに身体を揺らす。

歩幅を揃えた帰り道。
向かい合った食卓。
風呂上がりのソファ。

話すことはなぜか尽きなくて。
けどやっぱり今日じゃなくても全然問題なくて。

あ、そういえばこの前さ。

とうとう今日の出来事ですらなくなったあの子の話は、相変わらず終わる気配がない。

聞いてる?

合間に挟まれる不審になんとか返事をしながら、記憶力のいい僕は、一昨日の話と被ってるなあなんて一人思うわけで。
けれどそんなことを言ったら確実にむくれてしまうだろうし。
なにより僕は、君の声が好きだから。

だから。
どんな話でも聴くよ。
どんな些細なことでも、君の声で聴かせて。

そんな小さなことで、僕は幸せになるんだ。

お題「些細なことでも」

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