ドキドキ。
ドキドキ。
心臓の音が、耳の奥で鳴り響いている。
気道が狭まる感覚。
浅くなる呼吸に、勝手に上がる口角。
生涯回数が固定されていると噂の心臓の音は、死へ近付く道中の生を意識させる。
「あっは」
苦しくて、息もできないのに、どうしようもなく笑みが溢れる。
生きてる。こんなに、オレは生きてる。
速まる胸の鼓動が、生の実感。
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「おかえり」
なんの約束もしていなくて、ふらりとどこかへ消えて帰ってくるオレに、その人はぐるりと寸胴鍋をかき回しながら言った。
トクン。
心臓が鳴る。
靴を脱いで近付いて、手を洗えと文句を言う背中に抱きつく。
息を吸って、吐いた。
「ただいま、て、言っていいんですか?」
「……ん?」
「オレ、何も言わずに出ていったのに」
「……まあ、帰ってくるし」
「―ッ」
ぎゅう、と腰に回した腕に力を入れる。
どうしよう、泣きそうだ。
こんなに甘やかして、どうしたいんだろう。
「ねえ、」
「んー?」
「オレの家になって」
「……」
「だめ、ですか?」
「仮宿じゃないならいーよ」
オレの腕に、あなたの手が触れる。
あなたの背中から、オレの心臓の音がバレてしまいそう。
トクトクと止まない胸の鼓動は、この暖かさを手放すなと告げている。
お題「胸の鼓動」
9/9/2023, 1:18:20 AM