今から夜までバイトなので、
お題保存用の投稿、失礼いたします💦
2024/11/22【夫婦】
「――占いをしないか。オレの腕は百発百中だ」
「この状況でか?……笑わせるな」
拳銃を突きつけ合って、俺達は互いを鋭く睨んでいた。そんな切迫した中で、突然相棒は胸ポケットからタロットカードを出し、俺を占ってやると抜かしたのだ。
「生憎だが、俺の未来は占わずとも決まってる――お前をここで撃ち殺し、裏金を独占して、単身海外へ高飛びだ」
俺と相棒の出会いは、裏社会を牛耳るデカい組織の末端にあたる施設だった。同じような生い立ちで身寄りのない俺達は、すぐに打ち解けて寝食と「仕事」を共にした。
互いの背中を預け、初めて信頼という感情を知った。
殺されるならお前がいい、と冗談を言い合っていた。
互いの存在が、心の拠り所だった。
――それなのに。俺達は今まさに殺し合おうとしている。
「えー、オレの占いによると……」
俺に銃口を向けられているにもかかわらず、ぶつぶつと何呟きながら、相棒はカードを片手でめくり始めた。地面に奇妙な絵柄のタロットが散らばってゆく。
およそ占っているとは思えない、相棒の舐めた態度に俺は心底腹が立った。いよいよトリガーに指をかける。
「――オレ『ら』の運勢は最低最悪。ここで死ぬ」
「……そうか。そいつは残念だな」
俺達は、とある依頼をしくじった。なんとか掻き集めた金を明け渡そうとしても、組織は良い顔をしなかった。
相棒によって、丁重に葬られるか。
組織によって、惨い殺され方をされるか。
二人とも生き残る、あるいはどちらか片方が生き残るというマシな未来の可能性は一欠片も無い。
それならば、せめて相棒を弔った後に自分が囮となって相棒の墓を、臓器を、遺体を守り抜こう――そんな俺の勝手な願望を、俺の相棒は許さなかった。
ふと、地面に落ちているカードが目に止まった。
――確か、『審判』だったか。
占うと豪語したくせに、こいつは一枚も意味なんか知らないのだ。おおよそ、この状況を打開する方法が思いつかなくて、運任せにでもしようとしたのだろう。
どうしようもない相棒に、呆れた笑いが込み上げる。
最期に粋なことでも教えてやろうか。
そう思ってから、やめた。
こいつには、俺達には、希望的観測などもう無意味だ。
「どうすればいいの?……オレ達、どこから間違えた?」
今にも泣きそうな声で、相棒が俺に問う。
「――多分、初めから」
だから、やり直そう。
そう微笑んで、俺は餞(はなむけ)の弾丸を撃ち放った。
2024/11/21【どうすればいいの?】
生きてるだけで、儲けもの――そんなのは嘘だ。
生きていれば、金が減る。
生きていれば、心が削られる。
生きるとは、損失の連続だ。
「今月も安定のドン底生活……あー死にてえ」
ぼんやりと天井を眺めて、俺はため息をつく。
もういっそこのまま、なんて何度思ったことか。
引き籠もりの学生時代から始まり、やっとの思いで就職した会社は鬱で半年前に退職、頼れる親友人もおらず。
何のために生きているのか分からなくなる。
生きる意味を見つけることすら、億劫で。
空になったペットボトルやカップ麺を周りに退け、気持ち程度のホコリを払って寝転ぶ。最後に掃除機をかけたのなんて、一体何ヶ月前なんだろう。それすらもどうでも良くなって、目を閉じる――
「――うわ、きったねえ家」
「……は」
しばらく開けていなかったはずのベランダから、勢いよく風が吹き込みカーテンが膨らんでいた。そこから覗き込んでいたのは、全身真っ黒な服を身にまとった男。
……見るからに空き巣じゃねえか。
「え、まじ? 人居んじゃん会社は??」
「半年前に退職しましたけど……」
遮光カーテンを付けていたせいで昼夜が分からなかったが、どうやら今は昼時らしい。いや、真っ昼間にそんな格好してたら目立つだろ。夜に忍び込む用だろその服。
「うわーなるほどね? オーケー出直しますわ」
「いや、できるならもう来ないでください」
男は俺の話などまるで聞いてないようで、興味津々というふうに俺の散らかった部屋を見渡した。
「ふふん。おにーさんも人生失望したクチっすか?」
「……まぁ、はい」
じゃあコレあげます、と言って、男は俺に缶ビールを投げて寄越した。缶の表面がベコベコで、開封すれば今にも内容物が吹き出しそうな見た目をしている。
「あ! それは盗品じゃないんで安心してくださいネ」
イタズラっぽく笑って、男は手を振りそのまま消えた。
缶ビールに、めくられたままのカーテンから差し込む久々の日光。そして、どこか心配になる空き巣との出会い。
捕まるなよ、なんて呆れた笑いがこみ上げてきながら、俺は缶ビールのプルタブを押し倒した。
ぬるい上に炭酸も少し抜けているが、今まで飲んだビールのどれよりも格別な味がした。
「……これはとんだ『儲けもの』だな」
――ささいな宝物は、突然に。
2024/11/20【宝物】
「――私が死んだら、これに一本ずつ火を灯しなさい」
そう言って、生前父は僕に木製の小箱を持たせた。
見かけによらずかなり重たくて、父の手が離れた瞬間にズシリと腕全体に負荷がかかり、よろめいた。
そんな僕の様子を見て、父は薄く微笑んでいた。
近頃ずっと青白かった顔色が、この時ばかりはほんのり紅く色付いて、いつぞやの健康な父そのものに見えた。
「いいかい。私が死ぬまで、開けてはならないよ」
少し錆びて黒ずんだゴールドの、子供心をくすぐるアンティークな装飾が施された小さい鍵。まるで手品のように、父はどこからか出してみせると、そのまま大事そうに僕の洋服のポケットに鍵をしまった。
思いがけないプレゼントへの興奮のまま、ウンと深く頷くと、父はありがとうと僕の頭を撫でる。
――それから一週間も経たずして、父は他界した。
悲しみに暮れるより先に、僕はあの小箱と鍵を想った。涙で目を腫らす母と親戚を置いて、こっそり部屋に戻る。
テーブルの引き出しにしまった鍵を取り出して、恐る恐る小箱の鍵穴にさし込んだ。ゆっくり回してみると、カチリと気持ちのいい音がして――ついに、開いた。
楽しみを少しでも長く味わいたくて、もったいぶったようにゆっくり蓋を持ち上げる。
「……なんだ」
ガッカリのため息とともに、思わず落胆の声が漏れる。小箱には、ぴっちりと敷き詰められたキャンドル、そして蓋の裏側にライターが付いているだけだったのだ。
しかし、父との約束は一応守らねばとキャンドルを一本取り出して、初めて扱うタイプのライターに苦戦しながら、僕はキャンドルに火を灯した。
ぽぅ……と火が灯る。
揺らめく小さな熱を、じっと眺めていた。
そのうち、眠くなってきて――
「――どこに行ってたの。お父さんにお別れの挨拶は?」
「少し部屋に用事があってね。もう済んだよ」
既に懐かしい我が家。そして妻。
未練がましい限りだが、若くして死んだ私にはまだやりたいことが山程あるのだ。眠りこけた息子の体を借り、私は久方ぶりに健康な体でこの世界を歩いている。
魂を呼び戻し生者の体に入り込む、危険な代物。
火が灯っている間だけの、夢幻のような効果。
それは死者にとって、魅惑のキャンドル。
2024/11/19【キャンドル】
もし古びた記憶に、色彩を取り戻す方法があるのなら。
私は何の記憶に色を付けようか。
「モノクロ写真をカラー化する仕事、あるでしょう」
そう言って、無精髭を生やした男性が写真を二枚、目の前のテーブルに並べた。まー最近はAIだとかで誰でもカラー化できる時代だから、同業者は阿鼻叫喚ですわぁ……と男性は苦笑いを浮かべる。
モノクロ写真と、カラー写真。サンプルとはいえ、モデルの家族の笑顔はカラーの方がより輝かしく見えた。
「僕はこの素晴らしい技術を、記憶に応用したんです」
記憶屋。まだほとんどの人が知らない、新業態。
出先の街中で偶然見かけた看板に惹かれて、吸い寄せられるようにそのまま入店してしまったのだ。
「……あの、来店しておいて恐縮なんですけど……私、宗教とかスピリチュアルとかは、あんまり……」
なかなか失礼なことを申し訳なさそうに言い淀んでいる私に、男性はほのぼのとした笑顔で頷いた。
「大丈夫。うち、初回無料の成果報酬払いだから」
タダほど怖いものはない、と心得ているが――記憶のカラー化というのは、正直かなり気になる。
「じゃあ……お願いしてみようかな」
「本当ですか!」
まだ多少の迷いはありつつも恐る恐る返事をすると、男性の顔が驚きに変わった。まさか、こんなに渋っていた客が承諾するとは思わなかったのだろう。
「そ、それでは簡単なアンケートシートをお持ちしますので少々お待ちいただいて……」
どこにしまったっけな……と呟きながら、男性はガタガタと慌てて席を立った。そのあまりに不慣れな様子に、もしや私が初依頼の客なのではと勘ぐってしまう。
手つかずの冷えた緑茶をひと口飲み、ほっと息をつく。ふと時計を見ると、入店してから既に30分は経っていた。
世間一般でいう「大人」になるまで生きていれば、当然数えきれないほど記憶がある。いいことも、悪いことも、同じように頭の隅に積み重なって――色褪せていく。
何の記憶に色を付けたら、私はこの先も前を向けるか。
そう悩む時間は、これまで生きてきた時間と同じ長さ。
――それは、たくさんの想い出がある証。
2024/11/18【たくさんの想い出】