もし古びた記憶に、色彩を取り戻す方法があるのなら。
私は何の記憶に色を付けようか。
「モノクロ写真をカラー化する仕事、あるでしょう」
そう言って、無精髭を生やした男性が写真を二枚、目の前のテーブルに並べた。まー最近はAIだとかで誰でもカラー化できる時代だから、同業者は阿鼻叫喚ですわぁ……と男性は苦笑いを浮かべる。
モノクロ写真と、カラー写真。サンプルとはいえ、モデルの家族の笑顔はカラーの方がより輝かしく見えた。
「僕はこの素晴らしい技術を、記憶に応用したんです」
記憶屋。まだほとんどの人が知らない、新業態。
出先の街中で偶然見かけた看板に惹かれて、吸い寄せられるようにそのまま入店してしまったのだ。
「……あの、来店しておいて恐縮なんですけど……私、宗教とかスピリチュアルとかは、あんまり……」
なかなか失礼なことを申し訳なさそうに言い淀んでいる私に、男性はほのぼのとした笑顔で頷いた。
「大丈夫。うち、初回無料の成果報酬払いだから」
タダほど怖いものはない、と心得ているが――記憶のカラー化というのは、正直かなり気になる。
「じゃあ……お願いしてみようかな」
「本当ですか!」
まだ多少の迷いはありつつも恐る恐る返事をすると、男性の顔が驚きに変わった。まさか、こんなに渋っていた客が承諾するとは思わなかったのだろう。
「そ、それでは簡単なアンケートシートをお持ちしますので少々お待ちいただいて……」
どこにしまったっけな……と呟きながら、男性はガタガタと慌てて席を立った。そのあまりに不慣れな様子に、もしや私が初依頼の客なのではと勘ぐってしまう。
手つかずの冷えた緑茶をひと口飲み、ほっと息をつく。ふと時計を見ると、入店してから既に30分は経っていた。
世間一般でいう「大人」になるまで生きていれば、当然数えきれないほど記憶がある。いいことも、悪いことも、同じように頭の隅に積み重なって――色褪せていく。
何の記憶に色を付けたら、私はこの先も前を向けるか。
そう悩む時間は、これまで生きてきた時間と同じ長さ。
――それは、たくさんの想い出がある証。
2024/11/18【たくさんの想い出】
11/19/2024, 12:20:09 AM