Sweet Rain

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11/18/2024, 1:00:54 AM

「ねぇ、このバイトってやっぱ怪しいかな」

 昼休み、友人が教室の隅でスマホを見せてきた。

 よくあるバイト求人のアプリ画面に、デカデカと広告が掲載されている。クリスマスを意識したような、カラフルで装飾の多いポップなデザイン。

 友達の指先で、画面が求人情報までスクロールされる。

✧• ───── ✾ ───── •✧

 給料は廃棄予定のお好きなプレゼント5つ。
 休憩時にはオーナーからのホットココアを振る舞います。
 トナカイの多い職場ですが、人間も大歓迎!

✧• ───── ✾ ───── •✧

「……なにこれ」
「やばくない? 応募するの勇気いるよねぇ」

 闇バイト求人にしては分かりやすすぎる、ウケるよね、と友達はケラケラ笑って画面を閉じた。

 サンタのバイトみたい、と呟けば、友達は目を丸くして「ほんとだこれサンタか! ブラックだ!」とはしゃぐ。

 やっぱ大手の求人アプリにも普通に怪しい募集ってあるんだね、怖いね、とひと通りの会話を交わして、あっという間に5限のチャイムが鳴った。


――眠れない。

 いつもなら真っ先に船を漕いでしまう数学の授業で、私はノートもとらずに黒板をじっと眺めながら、サンタのバイトのことばかり考えている。

 ついに我慢ができなくなり、わざとらしくペンケースや教科書で隠すようにして、こっそりスマホを取り出した。

『冬 短期 トナカイ』

 着ぐるみとか、イベントスタッフの求人に埋もれて――何スクロールかして、ようやくさっきの求人を見つけた。

 馬鹿げている。危険かもしれない。
 それなのに。

✧• ───── ✾ ───── •✧

 気が早いですが、メリークリスマス!
 サンタのクリスマスはもう始まっております(最高だ!)

 冬になったら、お待ちしております!

✧• ───── ✾ ───── •✧

 冬になったら。
 トナカイに囲まれて仕事をするのもいいかもしれない。

  2024/11/17【冬になったら】

11/17/2024, 9:55:02 AM

「馴れ合いなんかやってられねえ。俺は部屋に戻る」
「……私も。付き合いきれない」

 不思議である。どうしてこうも、彼らは私のような殺人鬼に好都合な単独行動を取ってくれるのだろう。

 仲間割れして散り散りになり、そして順番に一人ずつ殺されていくという、ミステリのセオリー。

 全員でひとところに固まってさえいれば、これ以上事件は起きないし、自分も安全だというのに。犯人という立場ながら、呆れてものも言えない。

 次々と生存者たちが部屋から出ていく流れに便乗して、私も素知らぬ顔で仲間たちから離れた。犯人はその殺意を悟られぬよう、自然に単独行動を取る必要がある。

 さて次のターゲットは誰にしようか、と思った矢先――

「――誰か!! 人が……人が死んでる!!」

 ……は?
 
 嫌な予感に騒ぎ出す心臓を抑え、悲鳴の聞こえた現場に駆けつける。物陰に隠れて様子を窺うと、そこにはすすり泣く気弱そうな女性の傍らに、血みどろの人間が一人。

 そして、瞬く間に女性も殺された。助けを求める彼女の口を塞ぎ、大型カッターで首筋をザクリとひと裂き。

――予定外の死体が、二つ。
 
 目深に被ったフードから見えたのは、間違いなくさっき初めに出て行った男の顔だった。

「なんで別の奴の事件が被るんだよ……」

 ややこしいことしやがって、と小さく悪態をつく。
 男に見つからないよう気配を殺して後ずさった。

 ドンッ、と何かにぶつかる。

 振り返るとそこには、息を潜めてナイフを握る女。
 目が合う。ニィ、と女が笑った。

「お前も、まさか……」

 はなればなれ。
――目的は、皆同じ。

  2024/11/16【はなればなれ】

11/16/2024, 6:41:51 AM

【※エッセイ回】

 子猫と聞いて、書かずにはいられない。
 うちの可愛い猫様を……!

 今年の春に生まれて、梅雨に我が家へ。
 元野良猫の保護猫で、初めは本当に怖がりで。

 そんな猫様が、最近少しずつ歩み寄ってきてくれる。
 私も含め、家族一同、涙……。

 くんくん匂いを嗅いできたり、
 本当に直近だとくっ付いて寝そべってくれるように😭

 これからも末長く健康でいてほしい🍀︎

  2024/11/15【子猫】

11/14/2024, 11:20:37 PM


「――あれ、違法調査ですよね」
 
 昼下がりのカフェバーで待ち合わせよう、と一方的に約束を取り付けられた僕は、開口一番に上司を問い詰めた。

 とある探偵事務所の、事務バイト募集。
 将来司法の道に進みたい僕は、これからの実務経験に期待していたのだが――待ち合わせのカフェバーまでの道中、偶然見かけた上司の現行犯を目撃した。

「おぉ、新人ちゃん。初出勤から飛ばすねぇ」
 
 テーブルの上にはワインボトルとナポリタン。おまけに、彼の食べ方に問題でもあるのか、ワインの染みやケチャップが付着したペーパーナプキンが散乱していた。

 昼間から、仕事中であるにも関わらず飲酒を隠そうともしない上司に、この先が思いやられると頭を抱える。

「さっき、市の総合病院の医師にカルテらしきものを見せてもらってましたよね――しかも警察官を装って」

 まさに犯罪のオンパレード。彼の倫理の崩壊具合は、このテーブルの散らかりよりも酷いものだった。きつく睨む僕を見て、ニヤニヤとしながら彼はワイングラスを傾ける。
 
「いいねぇ、青いねぇ。まっすぐな新風が来たねぇ」
 
 不思議と通報する気は起きなかった。
 司法を志す者としては、不適切な犯罪の黙認。
 それでも僕は、彼の魅力に取り憑かれてしまったのだ。


――ひと夏の終わり、僕の母が轢き殺された。

 発見時は道路で一人流血して倒れていたのだと、目撃者の証言を警察から聞いた。轢き逃げ事件。犯人は行方知れずのまま、捜査は難航していた。


「……僕、自信がありません」

 普段はうざったいくらいお喋りなのに、彼は黙って僕の言葉を待っている。きっと彼が待つのは、ありふれた不安の吐露ではない。僕の「決意表明」だと、思った。

 腹を決めて、彼と向き合う。
 彼もまた、僕をまっすぐ見据えていた。
 
「――母の仇は、僕が討つ。手段は選ばない」

 季節が必ず移ろうように。
 僕の正義に固執した青い信念は、色を変えた。

「新人ちゃん、変わったねぇ――嫌いじゃないよ」
「……必ず犯人を見つけ出します」

 それは冷ややかな、秋風。

  2024/11/14【秋風】

11/14/2024, 5:00:32 AM

――ゴルディアスの結び目。
 誰も解決することが出来ないような、難題のたとえ。


 「彼女」との関係性は、まさにこの結び目である。毎晩のように、僕は彼女と『初めましての再会』を果たす。

「こんばんは、初めまして」
「初めまして。良い夜ですね」

 池のほとりに華奢な女性がひとり佇んでいたところへ、臆することなく僕は彼女に声を掛けた。ほんのり照れくさそうに微笑んで、彼女も挨拶をしてくれる。

「……ここ、私の一番好きな場所なんです」
「奇遇だなあ。僕も一番大切な場所です」

 顔を見合せて、少しはにかんで、また顔を逸らす。
 焦れったい両片想いの、それ。

「なんだか私たち、すごく気が合いますね。まるで初めましてじゃないみたい。――ふふ、私ったらおかしいわね」

 そう言って、彼女は溶けてしまいそうな笑顔を向けた。
 互いが恋に落ちた瞬間だった。


 認知症による徘徊。
 それが始まったのは、僕が定年退職をして、さあこれから君とのんびり余生を過ごそうという時だった。

「問題になる前に、早く施設にお世話になった方がいい」

 僕も若くないこと、子供などの頼れる親族がいないことから、周りにはずっと苦言を呈されてきた。

 この固い結び目が、自然に解けることはないのだろう。それでも僕は、このわずかな繋がりを、彼女との唯一の結び目を、乱暴に断ち切ってしまいたくなかった。

 これは、僕の弱さが生んだ『馴れ初め』なのだ。


 そう思いにふけっていると、彼女が何か伝えたい様子でこちらをチラチラと窺っていた。

 言葉を促す意思で首を傾(かし)げると、仄暗い月光でも分かるくらいに頬を染めて、彼女はおずおずと口を開いた。

「あの……また会えるかしら」

 ――残酷だ。
 僕が君をずっと愛し続けても、君が僕に繰り返し惚れてくれても、この想いが交わることはこの先ない。

 この寂しさを悟られぬよう、月明かりから顔を背けて。

 何度でも君と約束しよう。
 君が忘れてしまっても、返事は最初から変わらない。

「ええ――また会いましょう」

  2024/11/13【また会いましょう】

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