――ゴルディアスの結び目。
誰も解決することが出来ないような、難題のたとえ。
「彼女」との関係性は、まさにこの結び目である。毎晩のように、僕は彼女と『初めましての再会』を果たす。
「こんばんは、初めまして」
「初めまして。良い夜ですね」
池のほとりに華奢な女性がひとり佇んでいたところへ、臆することなく僕は彼女に声を掛けた。ほんのり照れくさそうに微笑んで、彼女も挨拶をしてくれる。
「……ここ、私の一番好きな場所なんです」
「奇遇だなあ。僕も一番大切な場所です」
顔を見合せて、少しはにかんで、また顔を逸らす。
焦れったい両片想いの、それ。
「なんだか私たち、すごく気が合いますね。まるで初めましてじゃないみたい。――ふふ、私ったらおかしいわね」
そう言って、彼女は溶けてしまいそうな笑顔を向けた。
互いが恋に落ちた瞬間だった。
認知症による徘徊。
それが始まったのは、僕が定年退職をして、さあこれから君とのんびり余生を過ごそうという時だった。
「問題になる前に、早く施設にお世話になった方がいい」
僕も若くないこと、子供などの頼れる親族がいないことから、周りにはずっと苦言を呈されてきた。
この固い結び目が、自然に解けることはないのだろう。それでも僕は、このわずかな繋がりを、彼女との唯一の結び目を、乱暴に断ち切ってしまいたくなかった。
これは、僕の弱さが生んだ『馴れ初め』なのだ。
そう思いにふけっていると、彼女が何か伝えたい様子でこちらをチラチラと窺っていた。
言葉を促す意思で首を傾(かし)げると、仄暗い月光でも分かるくらいに頬を染めて、彼女はおずおずと口を開いた。
「あの……また会えるかしら」
――残酷だ。
僕が君をずっと愛し続けても、君が僕に繰り返し惚れてくれても、この想いが交わることはこの先ない。
この寂しさを悟られぬよう、月明かりから顔を背けて。
何度でも君と約束しよう。
君が忘れてしまっても、返事は最初から変わらない。
「ええ――また会いましょう」
2024/11/13【また会いましょう】
11/14/2024, 5:00:32 AM