雨の匂い。
エアコンの効きすぎた寒い部屋。
毎日のようなフラッシュバック。
日記は書けない。
祖父からもらったきれいな日記帳。
開いて、書こうとしても手が止まる。
おかしいな。
スマホのメモアプリだったらなんでも吐き出せるのに。
フラッシュバックのことも、その日あった嫌なことも、書いて書いて書きなぐって、終わったらすぐに削除する。
ああそうか。
この日記帳は私が使うには綺麗すぎる。
私の醜い部分が浮いて出てしまう。だから書くことに躊躇いを覚えてしまうのだ。
それに紙だから書いたら跡形もなく削除することはできない。
消しゴムをかけても、私の醜いその日の過去は消えてはくれない。
破いて捨てようにも、紙自体はなくなってくれないのだし、こんな綺麗な日記帳を破くこともできない。
そうして、その日記帳をそっと机の奥にしまい込んだ。
もうあの日記帳が登場することはないだろう。
これからも私がそこに、後で見ても耐えられる文を書けるわけがないから。
─私の日記帳─ #45
きっと私もお前も死ぬんだろう。
それはどっちも分かっていた。
これは何も生まない。私たちはこんなこと望んではいない。
それでも私たちは向かい合わせになって、互いを睨み付ける。
ナイフを突き刺すのも同時だった。
きっとこれでいいんだ。これがいいんだ。
双子の私たちが愛し合っているとバレるくらいなら、バレて引き離されるくらいなら、
お互いずっと憎んでたってことにして、堂々と一緒に死のう。
人が集まったお城の裏庭。
姫たちの争いの結末を見に来る使用人ども。
幸い父様と母様はいない。
「「またね」」
そっと呟いて、同時にとどめである心臓にぐさり。ナイフを突き刺した。
─向かい合わせ─ #44
友人が、昨日死んだ。
もう二度と逢えない。
ああ、こうなるならちゃんと言っておけばよかった。
─やるせない気持ち─ #43
恋というのは、もっと楽しいものだと思っていた。
こんなにも苦しいのなら、恋なんてしなければよかった。
叶う希望なんか一ミリもない。
なら、お願いだから、
そんな屈託のない笑顔を向けないでくれ。
親友だよな、って微笑まれることがこんなにも苦しいなんて思いもしなかったんだ。
避けるような態度を取ればいいのかもしれないが、理由を知らないあいつはまた無邪気な傷ついた顔で仲直りしようって突っかかってくる。
好きなのにこれ以上進めやない。
離れられもしない。
こんな恋、いらなかった。
海へ、海へと進んでいく電車に揺られる。
この電車に自分の恋情を乗せて、無理やりあいつから引き離してくれればいいのに。
まあ、できないから海へと向かっているのだけど。
電車から下りて、ざくと砂浜に足跡を残して海へ海へと歩いていった。
きっとこれで終わりにできる。
じゃあな、死ねるくらいには好きだった。
死なないといけないくらいには好きだったんだよ。
届きやしない想いと共にからだを海に沈めた、最期のこと。
─海へ─ #42
「…すき」
息が止まった。
心臓がばくん、と音を立てる。それは心地よいものではない。
天邪鬼な恋人を抱きしめる両腕が冷えていく。
いつもなら、こうやって抱きしめてキスを落として「すき」を言うと必ず「きらい」が帰ってきた。
天邪鬼なそいつだから、きらいはすきの裏返しだと分かってたし、少し照れながら「きらい」を伝えてくるから、それでそれだけで幸せだった。
こいつのことは言葉はぜんぶ裏返しで、そこも含めてぜんぶぜんぶすきだ。
なのに、今こいつは…
「俺のこと、きらいになったの…?」
「……はあ?」
俺を払い除けるようにして、俺の腕から逃げたそいつ。
…ああ、よかった。これはいつも通り。
「なんで?なんできらいになった?さすがに毎回毎回うざかった?…ごめん。謝るし、もううざいと思われるようなことしない。嫌なとこぜんぶ直すから」
いつもの癖で、きみに触れようとしていて、はっと手を引っ込める。
…これだから、嫌われたんだろう。
俺がこいつにべたべたするのを嫌がってるのは、嬉しいの照れ隠しだと勝手に解釈していた。
本当に嫌がってるときも、あるよな、そりゃ。
…なに、やってんだろ。
「別れたいって思ってるほど、俺のこときらい?」
「……はあっ!?」
…え、なにその反応。
俺がそう出ると思っていなかったときの反応だ。
「お前っ、お前さあ…!あーもうざけんな!人が折角素直になってやったのに…!」
「……え」
素直に、って…?
もしかして、ツンデレってこと?
デレの部分がきて、俺はそれを誤解したと…?
「もう知らねっ。きらいだばか!」
「ね、お願い。もいっかいだけ、すきって言って」
「ぜってーやだ!つか離れろお前はっ」
「俺はめっちゃ好き。大好き。もう一生離してやんない」
「俺はっ、きらいだしっ。だいっきらいだしっ」
「うん、知ってる。かわいすぎか」
「……ほんとは、お前に嫌いって言いすぎてお前が俺に飽きてないか不安になって、すきってちゃんと言わなきゃと思って、それでだからっ。繋いどくためだけだしっ。別にお前のことなんかすきじゃねーしっ。馬鹿!」
「うん、かわいすぎだ」
─裏返し─ #41