「…ここからなら、私も飛べるかな」
少女は、そっと屋上から地面を見下ろした。
高い。暗い。怖い。
でも、少女はそれ以上に思ってしまうのだ。
ここから脱け出したい、と。
空を飛んでみたい、と。
少女は目をぎゅっとつむって屋上の縁から、一歩踏み出そうとした。
そのときだ。
「……え」
ぶわ、と風に頬を撫でられた。否、撫でられたなんてものではない。風でこちらの世界に押し戻されるようだ。
ふらついて後ろに手をついた少女は、つむっていた目をあけて、おどろく。
「……なに」
そこには、鳥のような人間のような生き物がいた。言ってみれば鳥人間、だろうか。
黒と白のグラデーションの翼。
よくわらかない布を無駄に使いすぎな衣装。
「あー、すいません。今ちょっと忙しくてですねー、死ぬのはまた今度にしてもらっていいっすか?」
鳥人間はノートをどこかからなのか取り出して忙しなくペンを走らせながら言った。
「あ、やば。次の仕事結構遠いじゃん。んじゃ、そゆことでー」
空いた口が塞がらない、とはこのことだろう。
鳥人間───命に関わる仕事っぽかったし、格好もぽいから、天使なのだろうか───は白と黒の羽を辺りに漂わせて、鳥のように暗い空の向こうに消えていった。
─鳥のように─ #40
消さなくてはいけないと、思った。
ちかくにいたら、依存して、ずるずると苦しむことになるって分かりきってた。
分かりきってたから、もっと早くさよならを言わなきゃいけなかったんだ。
「話って、なに?」
唇が震える。
これを言ったら、なにもなもぜんぶぜんぶ、おわり。
言わないで離れようと思った。離れるはずだった。
でも、自分から離れられないから。
離れなきゃいけない状況をつくるしかなくて。
それなのに、「好き」を言ったら嬉しそうに微笑むから
────…ああもう、離れられないじゃん。
─さよならを言う前に─ #39
いつも薄暗いそれが、一段と暗い今日。
明日の心模様は晴れてほしい。
そんなことすら思うことができない。
─空模様─ #38
「なあ、もう終わりにしよう」
「…お前いなくなっても、俺生きていけると思ってんの」
「生きていけるだろ。こうやって会話するのも結構きちーんだなこれが」
「頑張れよ。俺、お前いなくなったら生き方分かんねーんだけど」
「んなことないって。大丈夫大丈夫」
「おっまえな」
「それに最近はあんま壊さないじゃん。ストレス減ってるんじゃね?荒れてるときなんか手に負えないほどだったのに。ま、この世界のなかなら一回出れば修繕されるからどれほど壊してもよかったけどね」
「…その世界がなかったら俺潰れんだけど」
「あ、この世界が消えたら現実で暴れないようにしろよ?前にいたんだな、現実とここの区別がつかなくなって、現実で大暴れした奴」
「俺もそうなるけど」
「あーじゃあ、一ヶ月に一回くらいは出てきてやるよ。こっちの住人も結構忙しくてね」
「そうしろ。つかもっと出てこい。そっちの鏡の世界はお前出てこないと、ただの鏡で入ろうとしても入れねーんだから」
あー時間あったらね、と青年が背を向けたとたん、幻想だというきらびやかな都会は消え、ぐるりと鏡が歪んだと思ったら、鏡の向こうにはなんの変哲もない自分の姿が写っていた。
─鏡─ #37
「いつまでも捨てられないものなんてあったら、こんな暗いこと考えてない」
俺は数年前お前にそう言った。
そのときのお前があんな顔してた理由が今分かった気がする。
「ごめん。俺、お前への想い捨てられそうにない」
この答えをずっと待っていたんだろ、お前。
悔しいけど、いつまでも捨てられないものができたんだ。
そう言うと、そいつは泣きながら笑った。
─いつまでも捨てられないもの─ #36