学校終わりに君と一緒に商店街でコロッケとメンチカツを一つずつ買った。近くの公園のベンチに座って、コロッケとメンチカツをお互いに分け合いながら食べた。「見た目同じなのに全然違うね」「そりゃそうだよ。ジャガイモとお肉だもん」「私たちも同じ人間なのに、脳みそ違うだけで全然違う人間だもんね」「なにそれ、深っ」なんてことを駄弁りながら食べた。
食べ終わった後、今度はコンビニに寄って、期間限定のアイスを買った。SNSでものすごく好評だったけど、私的にはイマイチだった。でも、君がものすごく美味しそうに食べているところを見ているとだんだんと美味しく感じた。外でアイスを食べるには、まだ早くて手は悴んでしまった。腕を組みながらそれぞれコートのポケットへ手を突っ込んで引っ付きながら帰り道を歩いた。
「また明日ね」
いつもの分かれ道で、いつものように君から手を振られる。
家がすぐ隣だったらいいのに。
それならまだ一緒にいられるのに。
私はいつもここで同じことを思う。
そして、いつものように私は手を振ってくれる君の手を捕まえる。まだ君の手は冷たかった。
「あったか〜い」
「カイロ持ってたからね」
「え〜、いいな〜……私も持ってたんだけどなあ……」
「体育の時に一生懸命振ってたら破けちゃってたもんね」
「ねえ〜、言わないでよー! チョー恥ずかしかったんだから! あ〜あ、体操服が真っ黒になっちゃったからママに怒られちゃうかなあ……」
ため息をついて空を見上げる君に笑いが込み上げてくる。
「明日、教えてね」
また花が咲いてしまいそうになる会話をぐっとこらえた。
手を繋いで別れを告げると、君も少し寂しそうに笑ってくれるのが嬉しい。
「なんなら電話するよ」
名残惜しそうに緩く握り返してくれる君が愛おしくて、弾みで胸の内を明かしそうになった。
――手を繋いで
これから友達と遊びに行くらしい彼女を玄関まで見送る。
「じゃあ行ってくるね」
「ああ、気を付けろよ。話し込みすぎて、この前みたいに遅くならないように」
「うん、分かってるよ。早く帰ってこないと、誰かさんが寂しくて泣いちゃうもんね」
「誰が泣くか。終電なくなっても知らねえぞ」
「ちゃーんと、終電までには帰ってきますよー」
靴を履き終えた彼女が立ち上がり、にこにこと笑う。本当に分かってるのか、分かってないのか。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お互いに手を振り合いながら、彼女を送り出す。
バタン、と閉まった扉がすぐに開いた。
「忘れものしちゃった!」
笑いながら戻ってきた彼女は、アンクルストラップのパンプスを履いている。これを脱いで、また履くのはきっと割と手間だろう。
「しょうがねえなあ……俺が取ってくるよ。どこに何忘れたんだ」
にこりと口角を大きく上げた彼女は俺に近付いてくると、背伸びをした。
「ここに」
静かに触れ合った唇は、あっという間に離れる。
「行ってきまーす!」
彼女はしたり顔で、元気良い声と俺の頬の熱を残して春の光の中へ消えて行く。
バタン、と閉じた扉は妙に寂しく聞こえた。
早く帰ってきて欲しい、なんて思ってねえからな。
――どこに?
「ねえ、全部同じこと書いてない?」
「ん〜? なにが〜?」
狭い空間で身を寄せ合い、一緒にプリクラへらくがきをしている友人から生返事をされる。
「『なにが〜?』じゃなくて、これ全部同じこと書いてるじゃん。『大好き』って。もっとなにかないの? さっきクレープ食べたし、映画も見たのに」
「だって、大好きなんだも〜ん」
そう言いながら新たなプリクラへ『大好き』と書いていた。同じことを書くにしても場所を変えたり、大きさを変えたりすれば良いのに、ご親切にもすべて同じ大きさで同じ場所に書かれている。
「大丈夫! 書いてることはおんなじだけど、わたしたちの顔とポーズはぜ〜んぶ違うから!」
「そういう問題なの?」
「だって、ぜんぶ同じって言うから〜」
一度も画面から目を離さずに、のほほんとした口調だった。楽しそうに体をゆらゆら揺らしながら語尾にハートを書いており、お気に召さなかったのか、何度か書き直している。
「よしっ! これはハート書いて付加価値を付けました! ……って、そっちも同じこと書いてるじゃん!」
私の画面を見たあとに肩を手の甲で当てられ、ベタにツッコミをされた。
「……大好きなら良いんでしょ?」
「うん、そう!」
口を大きく開いて、嬉しそうに笑う顔は加工が施されているプリクラよりも断然可愛くてキラキラ輝いている。
「わたしも大好きだよ!」
「散々見ました、プリクラで」
ちょうどそこで落書き時間が終わり、ペンを置く。落書きスペースから出ると、不満そうに「え〜、大好きって言ってよ〜」と言いながら私の後をついてくる。
「さっき書いたじゃん」
「ボイスでおねが〜い」
「また今度ね」
「それっていつなの? 今がいい〜。まだ一回分しか返してもらってな〜い」
「返してって言われても、勝手に書いてたのそっちでしょ」
「『勝手に』とか言わないでよ、寂しくなっちゃう」
「ごめん、ごめん。大好きだよ」
「気持ちこもってないんだけど〜!」
そんな会話を交わしながら二人で並び、プリクラが印刷されるのを待った。
ああ、大好きだなあ。
――大好き
幼い頃の夢は、それはそれはとても大きかった。
サッカー選手だとか、野球選手だとか、警察官に消防士、医者。目につくものすべてに憧れて、夢焦がれた。夢の中では何にでもなれる自分が何よりも輝いて見えた。
身も心も大きくなるにつれて、その夢は小さくなった。「なりたいから」と言って、簡単になれるものではないと悟ったからではない。身近にある些細な幸せがなによりも輝いて見えるようになった。
少しでも永く、君とこの幸せの中で生きたい。
だが、これも俺には大きすぎる夢だったのかもしれない。
もう身体では君に愛を伝えることも、抱きしめることも、震える手を握ることも、頬を伝う涙も拭うこともできないのだから。
――叶わぬ夢
匂いは人の心を動かす。実態ある目に見えるものや、どんなに美しい音色よりも強く、強く人の心に語りかけるらしい。そして、人の記憶にも働きかけ、匂いを嗅いで関連する記憶が鮮明に蘇ることもある。
自分のことを強く印象付けられるし、何度も思い出してくれる。だから、香水は恋愛に効果的らしい。
偉そうに語ったけど、全部雑誌を読んで得た知識。
今日は彼とのデート。
この日のために買ってみた香水を、手首の内側に拭きかけてみる。ふわっと優しい花の香りが私を包み込んだ。
香水なんて自分の柄ではなかったかもしれない。
でも、彼にはずっと自分のことを覚えていて欲しい。そして、何度も何度も思い出して欲しい。いつか私と別れて、別の子を好きになったとしても、頭の中のどこかにずっと私がいれば良いと思う。
私以外の女の子と話しても、別の子を可愛いって思っても、無邪気な笑顔を向けても、連絡を取り合っても何も言わないから、これだけは許して欲しい。
さあ、花の香りと共に君に会いに行こう。