あなたはわたしの隣にいるのに、あなたの気持ちは私よりずっとずっと遠くの場所にある。
まるで遠くの空にかかっている大きな虹みたい。
綺麗な虹をくぐろうと思って、一生懸命走っても、絶対にそこへ辿り着くことはできない。
あなたを振り向かせようと努力しても、あなたの気持ちはこちらを振り返ってはくれないのと一緒だね。
遠くの空を眺めるみたいにあなたを見ているだけしかできない。
「ねえ、今日帰ったらそっちの家に行っても良いかな? お母さんとお父さんが今日いないから、夕飯なくてさ」
「おー」
「これ秘密なんだけど、お母さん料理よりおばさんの料理好きなんだよね!」
「おー」
「じゃあ私がおばさんに連絡しておくね!」
「おー」
「……ついでにおばさんにえっちな本を隠してる場所教えとくねー」
「おー…………って、はあ!? ま、待てッ! やめろッ! 言わなくて良いだろ、そんなこと!! というかなんでお前が知ってんだよ!?」
「知らないよ。前、遊びに行った時になんか焦って隠してたから適当に言っただけー。やっぱりえっちな本持ってるんだ……男の子だもんねえ」
「なんだよ、ブラフかよ……!!」
「だってわたしの話聞いてないし……どうせまたあの先輩のこと見てたんでしょ」
「……わ、悪いかよ」
「べっつに〜! 悪いとは言ってないけど、わたしの話もちゃんと聞いてよね!」
「分かった、分かった」
「すっごい棒読み〜」
空からしたら、わたしなんてちっぽけな存在。
それでもわたしは、今日も遠くの空へ想いをはせる。
――遠くの空へ
「パパ、おしごとなってかわいそだったね」
「そうだね」
「パパ、昨日すっごいたのしみしてたんだよ? 今日きるおようふくをまくらのとなりにおいて寝てたんだよ!」
「忘れ物もしないように荷物の準備もいっぱいしてたもんね」
「してたー!」
楽しそうに昨日のパパの様子を教えてくれていたけど、次第にうるうると瞳に涙が溜まっていく。
「……パパもいっしょに、来たかったな」
「パパがお仕事行くときに何て言ってたか覚えてる?」
「『たのしんできてね』」
「そう! だから、楽しいー!っていう写真たくさん撮ってパパに送ってみよう? 喜んでくれるよ?」
スマホのカメラを起動し、インカメラに切り替えたあとに画面を見せると両手でこぼれ落ちそうな涙を拭った。
「うんっ!」
遊園地を楽しんでいる私たちの写真をたくさん撮って、パパへ送るとすぐにメッセージは返ってきた。
かわいい!!!!!!!!!
今度パパもいっしょにいく!!!!!!!!!
ぜったいに!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「パパ、げんきだね!」
「ビックリマークいっぱいだね」
ニコニコと嬉しそう笑いながら、娘は辿々しくぽちぽちと返事を打っていた。
パパだいすき!!!!!!!!!!!!!!!!!!
――!マークじゃ足らない感情
「ねえ、特別な日ってどんな日だと思う?」
ソファに深く腰をかけ、雑誌を読みながら彼女は言った。
「……そりゃあ、……何か良いことがあった日だろ」
「抽象的〜。例えば?」
ぺらっと雑誌を捲りながら彼女にまた質問を投げかけられる。
どうやらお気に召す答えではなかったらしい。
「誕生日とか、記念日とか……」
「ありきたりだねえ」
雑誌から顔を上げたかと思えば、殴りたくなるような腹立つ顔をした彼女に鼻で笑いながらそんなことを言われる。
例をあげろと言われてあげたのにどんな仕打ちだ。
腹が立つ。
「わたしは毎日が特別な日なのに。『おはよう』って言ったら、『おはよう』って返してくれる人がずっとそばにいるから」
彼女は幸せそうにはにかんだ笑顔は一瞬で苛立ちを吹き飛ばした。
手招きすると彼女は余計に嬉しそうに俺のほうへ近付いてくる。何も言わずに俺の腕の中へ潜り込んでくる愛くるしい彼女に頬が緩んだ。
――special day
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
その言葉を友人と交わして、手を振りながら別れた。
家に帰って、
ご飯を作って、
ご飯を食べて、
お風呂に入る。
髪の毛をドライヤーで乾かして、
ヘアミルクやヘアオイルを塗る。
明日の準備をしているところで携帯が鳴った。
大急ぎで、準備を済ませて、
部屋に着信音を鳴り響かせている携帯を手に取った。
「もしもし!」
『今日は出るの遅かったね』
着信は数時間前に「またね」と言葉を交わして別れた友人。
「うん。今日、寒くてお風呂に浸かりすぎちゃったから時間まで終わらなかったの」
『急に暖かくなったかと思ったら、また冷え込んだもんね』
「ね、何着れば良いのか毎日悩んじゃう」
ベッドへ寝転がりながら、友人とたわいも無い言葉を投げかけ合う。
「……ふぁ」
『あ、もうこんな時間! 寝なきゃだね』
私の欠伸を聞いた友人は、通話の終わりを告げられる。
「うん、明日起きれなくなっちゃう」
『じゃあ、またね。おやすみ』
「うん、またね。おやすみ」
その言葉を交わして、通話を終えた。
「またね」って言葉を交わして別れたら、夢の中でもきみに会える気がしてる。
それを友人に伝えたら「何それー、私のことすっごい好きじゃーん」って笑ってたなあ。
あの時の友人の顔が頭に思い浮かんで、つい笑ってしまう。
私の笑い声は布団に隔たれて、くぐもっていたけど楽しそうに部屋に響いていた。
――またね!
料理だったり、洗濯だったり、掃除だったり。
彼女がいれば、"面倒くさい"が小さな幸せに変わる。
――小さな幸せ