「ねえ、特別な日ってどんな日だと思う?」
ソファに深く腰をかけ、雑誌を読みながら彼女は言った。
「……そりゃあ、……何か良いことがあった日だろ」
「抽象的〜。例えば?」
ぺらっと雑誌を捲りながら彼女にまた質問を投げかけられる。
どうやらお気に召す答えではなかったらしい。
「誕生日とか、記念日とか……」
「ありきたりだねえ」
雑誌から顔を上げたかと思えば、殴りたくなるような腹立つ顔をした彼女に鼻で笑いながらそんなことを言われる。
例をあげろと言われてあげたのにどんな仕打ちだ。
腹が立つ。
「わたしは毎日が特別な日なのに。『おはよう』って言ったら、『おはよう』って返してくれる人がずっとそばにいるから」
彼女は幸せそうにはにかんだ笑顔は一瞬で苛立ちを吹き飛ばした。
手招きすると彼女は余計に嬉しそうに俺のほうへ近付いてくる。何も言わずに俺の腕の中へ潜り込んでくる愛くるしい彼女に頬が緩んだ。
――special day
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
その言葉を友人と交わして、手を振りながら別れた。
家に帰って、
ご飯を作って、
ご飯を食べて、
お風呂に入る。
髪の毛をドライヤーで乾かして、
ヘアミルクやヘアオイルを塗る。
明日の準備をしているところで携帯が鳴った。
大急ぎで、準備を済ませて、
部屋に着信音を鳴り響かせている携帯を手に取った。
「もしもし!」
『今日は出るの遅かったね』
着信は数時間前に「またね」と言葉を交わして別れた友人。
「うん。今日、寒くてお風呂に浸かりすぎちゃったから時間まで終わらなかったの」
『急に暖かくなったかと思ったら、また冷え込んだもんね』
「ね、何着れば良いのか毎日悩んじゃう」
ベッドへ寝転がりながら、友人とたわいも無い言葉を投げかけ合う。
「……ふぁ」
『あ、もうこんな時間! 寝なきゃだね』
私の欠伸を聞いた友人は、通話の終わりを告げられる。
「うん、明日起きれなくなっちゃう」
『じゃあ、またね。おやすみ』
「うん、またね。おやすみ」
その言葉を交わして、通話を終えた。
「またね」って言葉を交わして別れたら、夢の中でもきみに会える気がしてる。
それを友人に伝えたら「何それー、私のことすっごい好きじゃーん」って笑ってたなあ。
あの時の友人の顔が頭に思い浮かんで、つい笑ってしまう。
私の笑い声は布団に隔たれて、くぐもっていたけど楽しそうに部屋に響いていた。
――またね!
料理だったり、洗濯だったり、掃除だったり。
彼女がいれば、"面倒くさい"が小さな幸せに変わる。
――小さな幸せ
「ねえねえ、お父さん。お空が曇でいっぱいになって太陽さんが隠れちゃった時、太陽さんはなにしてるの?」
せっかくの休日、どこかへ出かけようと思っていたが、窓の外に広がる暗い雲を見ていると妙に気分が下がってしまった。
そんな重い空を眺めながら、寝転がっていると娘が腹に乗りながら疑問をぶつけてきた。
「……何してんだろうなあ」
「えー、お父さん知らないのー?」
答えが返ってこなかったことが不満で、娘は俺の腹の上で跳ね始める。
(……さっき食べた美味い昼飯が、出ちまいそうだ)
娘の両脇に手を入れ、腹の上から退かせた。
「お父さん、お昼寝終わり?」
「腹の上で遊ばれたら寝るにも寝れないだろ」
「そっかー」
理解していなさそうな返事をしながら娘をあぐらの上に座らせる。
そこで皿洗いを終えた彼女がくすくすと笑いながら、こちらへやってきた。
「ふわふわな雲のお布団で今のお父さんみたいにお昼寝してるのかもしれないね」
「じゃあ、朝から見えないから太陽さんはお寝坊さんだね! お休みの日のお父さんと一緒!」
楽しそうに笑う娘を見て、彼女は幸せそうに笑っている。
彼女たちの笑顔に包まれていると、さっきまで暗く感じていた雲も、少しだけ明るく見えた。
――曇り
「だから! 『Hallo』じゃなくて、『Hello』って言ってるでしょ!」
「だって『ハロー』なんだもん……」
「英語には発音のルールがあって、音とスペルは一致しないの!」
両親の仕事の都合でアメリカに行くことになった友人に、英語を教えて欲しいと言われた。私は幼い頃にアメリカで過ごしていた。だから、適任だと思われたのだろう。
超が付くほど英語が苦手な友人。まずは簡単な会話ができれば上々だが、簡単な英語は書けた方がいいだろうと思って教えてみたが全然ダメ。英語の授業はあるからある程度は話せたり書けたりしても良いのに、壊滅的だ。
「む、難しいんだもん……」
「ったく……そんなのも書けないで、向こうに行って本当に大丈夫なの?」
「一緒だったら良かったのに……」
「ダメよ。私に頼ってばっかりじゃ、いつまで経っても英語できないでしょ」
図星に友人は唇を尖らせていた。
「……でもこれは、書けるよ」
友人はノートに英語のスペルを綴っていく。
「これだけは、私から伝えようと思って……」
「……っ、バカ」
「……学校卒業したら絶対こっちに帰ってくるから、泣かないで?」
「泣いてないわよ……」
昔、アメリカに住んでたいたからといって、簡単に会いに行けるわけではない。知っている土地だから親近感を感じるけど、友人が向こうに行ってしまうと思うと、ありえないほど遠く感じる。
「……その約束忘れたら絶対許さないから」
「うんっ」
もう「泣いてない」と言って、誤魔化せないほど濡れた頬を温かな春の風が撫でた。
――bye bye...