NoName

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3/15/2025, 5:38:56 PM

 飲みの席。
 てっきり、アイツは俺の隣に座るだろうと思い込んでいた。だが、別の男の隣に座っている。しかも俺から離れた場所で。
「──乙女心は秋の空って言うよね」
 突然、俺の隣に座っていた友人がそんなことを言った。
 目が合うと鼻で笑い、澄まし顔で笑う。
「……なんだよ、急に」
「あの子のことずっと見てたから」
「別に……見てないだろ……」
「そう? じゃあ気のせいだったか」
 アイツは俺の隣に座ると思い込んでいた理由。
 それは、アイツが好きだと告白してきたことがあるから。だから、アイツが自分の隣に座ると思い込んでいた。現に今までそうだった。こういった場では必ず俺の隣もしくは、向かい合うようにアイツは座ってた。
 アイツに想いを告げられたのは、数年前の出来事だ。
 友人や妹のようだと思っていたアイツに突然好意を向けられていることを知り、俺は戸惑ってしまったのだ。そして、結果的に断った。
「あの子、楽しそうにしてるね」
「……だから、見てないって言ってんだろ」
「君は楽しんでる?」
「うるせェな。美味い酒を飲んでんだから楽しいに決まってんだろ」
 自分で振ったくせに何でいつまでも俺のことを想ってくれると思い込んでだよ、俺は。
 並々注いだ酒を煽り、ざわつく心を眠らせた。


 ──心のざわめき

3/14/2025, 5:13:14 PM

 遠くに彼の小さな背中が見え、私は地面を蹴った。
 だんだんと近付いてくる私の足音に気が付いた彼はゆっくりこちらを振り返る。
 私の姿を視界にとらえた彼は表情を緩めて笑った。
「あ、いた」
 その言葉に私の胸がきゅっと小さく萎む。ゆっくり元に戻ったかと思うと、今度は大きく弾み始める。
 彼がふいにこぼした言葉は、愛を謳うものではなかったけれど飛び跳ねて喜びたくなった。
 だって、それは私を探していたってことだから。


 ──君を探して